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第9話「高台の声、灰の棚」

 市の高台は、怒りがよく響く。だから私は、音ではなく紙を持って行った。

 朝、荷車に積んだのは三色の薄冊子(白=事実、藍=提案、灰=懸念)と、面子預り所の預り札束、そして小さな鐘。鐘は昨日、王城の鐘守が貸してくれたもの。休む拍を量る鐘は、話す拍も量れる。


「今日は灰の棚を主役に」

 ミロが頷く。

「高台は声の“見せ場”です。並べる場へ変えると、音は薄まる」

「声は砂糖菓子。噛むと甘いけれど、すぐなくなる。紙は歯に残る」


 高台の周りには、もう人垣。昨夜から**「討論はいつだ」という張り紙が勝手に増えている。刻印札は、ない。

 私はまず、無言でそれらを剥がさない**。代わりに、横に白紙の額を掛ける。額の上には“刻印札なし”の小札。

「剥がすより、並べ替える」

 肩の数字が49.9%→49.7%。否定ではなく配列は−0.2%。


 高台の中央に、灰の棚を据える。見出しは——


『愚痴と懸念の陳列棚** —— 灰に書き、灰に置く』**

 右手に面子預り所。左手に意見陳列棚(白と藍)。喉で叫ぶ流れを、手で置く流れへ逸らす配置だ。


 最初に上ってきたのは、伯父ヴァレンの手の者。声はよく通り、舌はもっとよく通る。

「本日は“公開討論”の場と聞いたが!」

 私は鐘を一度鳴らす。四拍吸って、二拍黙り、三拍で話す——この町なりの拍を合図する。

「今日は陳列の日です。討論は年一の面子市に回します。喉の場ではなく、手の場へ。灰の冊子に“懸念”をお書きください」

「紙切れで怒りが収まるか!」

「収めない。預けるのです」

 面子預り所の棚から預り札を一枚取り、彼の掌に置く。

「名と行為を通して、返す方法を選ぶ。叫びは返らない」

 野次が薄く笑いに変わる。肩の数字が49.7%→49.4%。舞台言語→手続言語は−0.3%。


 高台の下では、商人たちが荷台の蓋を閉め始めていた。今日の騒ぎが商いを止めかねないからだ。私は藍の冊子を開いて一行。


『懸念の時間割:午前“灰”、正午“白”、午後“藍”』

 ——時間で仕分ける。

 ミロが小声で笑う。

「順番はやはり万能薬」

 肩の数字が49.4%→49.1%。時間の仕切りは−0.3%。


 午前は灰。

 「王家は弱腰だ」「見世物が足りん」「民意を見ろ」——喉の語彙が、手に移ると句点が生まれる。句点は熱を冷やす。

 灰の冊子には一頁目に署名欄と**“第三者が再現可能か?”のチェック欄がある。私怨はそこで止まる。

 伯父の手の者も、渋々ながら名を書いた。名と行為が一枚に乗る瞬間、怒りは重さを得る。

 肩の数字が49.1%→48.7%**。灰の通気は−0.4%。


 ——戻りは、高台の裏から来た。

 若い男が細い笛のような声で読み上げる。「『停 止』は骨抜き——『断 罪』を返せ」

 文字が棒読みで耳に刺さる。私はその紙を奪わず、灰の棚の最上段に置き、横に小さな札を差す。


『語彙の温度:停止=冷/断罪=熱』

 そして、白の冊子に移る時間を告げる。鐘が二度鳴り、灰の棚の前に列が途切れた。

 温度の札は言い争いを生まず、視線を作る。

 肩の数字が48.7%→48.5%。“熱語/冷語”の見える化は−0.2%。


 正午、白。

 侍従長が短く立ち、「定義B」を示して去る。事実は短いほど重い。

 続いて、王都報道局の書記官が壁に案内札を貼る。


『取材は明日、質問窓口にて』

 「今日は並べる日です」

 彼が報道の主語で言うと、検閲の影は消える。

 肩の数字が48.5%→48.1%。事実の釘×報道の主語は−0.4%。


 午後、藍。

 私は提案を並べる。“面子の返却”の候補を札から冊子へ。

 ——“喪の席の導線当番”を恒常化、“公開謝罪の縮減”と“見えない補助”の拡充、“面子市”での返却報告会**。

 そこで、未知が来た。

 高台の端で、誰かが『公開処刑ごっこ』の寸劇を始めたのだ。木剣と布の縄。観客が揺れる。見世物は習性だ。

 私は駆け寄らない。代わりに、鐘を三度鳴らす。“休務の拍”と同じ数。

「休む拍です。見世物の手を膝に」

 鐘守の少年が合図を真似る。習慣が別の場へ移ると、身体が思い出す。

 木剣が止まり、布の縄がほどけ、寸劇はほどけない笑いになった。

 肩の数字が48.1%→47.6%。“快楽の拍”→“休む拍”の移植は−0.5%。


 その隙に、私は朗報の楔を打つ。

「奨学基金、申請開始」

 侍従長が書記を伴って窓口を開き、用紙を並べる。今日という語が、未来へ穴を開ける。

 怒りは行き先を好む。用紙は行き先だ。

 肩の数字が47.6%→47.1%。**朗報の楔(実装)**は−0.5%。


 夕暮れ。面子預り所に、返却済の札が戻り始める。昼間に椅子磨きをした名、写本室の脚を直した名。

 それらを束ねた紐を、私は高台の梁に結んだ。

「返した名が風に鳴るように」

 細い木札が、小さく音を立てる。音は喉ではなく、木から出る。

 伯父ヴァレンが人波の外に立ち、しばしそれを見上げてから去った。去り方で人は学ぶ。

 肩の数字が47.1%→46.8%。返却名の可聴化は−0.3%。


 ——夜。高台の片付けを終え、荷車に棚を載せる。ミロが帳面を閉じる指が、少し黒ずんでいた。

「上昇0.8%(寸劇波)を含め、純減3.1%。49.9→46.8。灰の棚、拍の移植、楔の実装、返却名の可聴化。見世物の“習性”を“習慣”に変えるところまで来ました」

「習性は喉で学び、習慣は手で学ぶ。今日は手が勝った」


 屋敷に戻ると、父が玄関の鏡の前で立っていた。

「高台の梁に、名が鳴っていたな」

「返した音は、怒った声より長持ちするから」

 父は短く笑い、杯を持たずに言う。

「面子市、本当に年一でやるのか」

「年二でもいい。面子は貯めると濁る。こまめに返すのが、家計と同じ」

「お前はやはり家計で戦うな」

「勘定は刃より静かで、よく切れるから」


 自室。鏡に浮かぶ右肩の赤い目盛りは、もはや細い朱線。

 私はメモを一つだけ増やす。


・灰は声の冷却水。

・拍は快楽のハンドル。

・返した名の音は、次の人の勇気になる。


 破滅率は下がる。

 見世物は棚にし、怒りは札にし、声は拍にする。

 火の多い町で生きるなら、燃えない設計を持ち歩くしかない。


———

【破滅率:49.9%→46.8%】

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