第8話「弱点への贈り物」
贈り物は、強さのためにあるのではない。弱点に正しく置いてこそ、意味を持つ。
朝、私は机上に三つの紙を並べた。
一枚目は**「負担地図」——王太子の執務の重さの偏りを、週次で色分けした図。
二枚目は「委任の梯子」——決裁の段差を低くする手順書。
三枚目は「休む権利の儀式」**——休暇を“恩典”ではなく“手続き”に替える提案だ。
「今日は贈る日?」
ミロが湯を注ぎながら、帳面を閉じる。
「贈るけれど、人に贈らない。役目に贈るわ」
「良い角度です。私物化の刃を避けられる」
肩の数字が52.6%→52.4%。“私的贈与の回避”を宣言は−0.2%。
王城の侍従局。侍従長は短い会釈で私を迎えた。
「『停止』が歩き始めた。——きみの次の一手は?」
「王太子の弱点に贈り物をします。責任の抱え込み癖です」
私は一枚目を差し出す。
「『負担地図』。直近三か月の執務配分。赤は過密、青は過疎。赤が同じ曜日に偏っている。ここへ、儀式を置きます」
「儀式?」
「『休務の拍』。——一日四刻、誰も近づけない時間を固定する。“休む勇気”を個人の性格に頼らず、制度へ移す」
侍従長の眉がわずかに解ける。
「“勇気を制度に預ける”。気に入った」
肩の数字が52.4%→52.0%。**休暇の制度化(提案段階)**は−0.4%。
次に**「委任の梯子」。
「決裁の段差が高い書類ほど、王太子殿下の机に山ができる。“段差の削り方”を見本にしました。——表紙の色で決裁ラインを識別。藍=侍従長決裁/白=補佐連署で可/金=殿下直決裁。色は遠目でも見える。紙の言葉は近づかないと見えない**」
「色分けは単純で良い。“近寄らせない仕組み”は事故を減らす」
肩の数字が52.0%→51.6%。段差の可視化は−0.4%。
最後に**「休む権利の儀式」。
「“休む”を“請う”ではなく“記す”。殿下が自筆で『今日の拍はここに』と書き、鐘守に預ける。鐘は嘘をつかない。人は嘘をつく」
侍従長はふっと笑った。
「鐘なら、王太子にも勝てる」
肩の数字が51.6%→51.2%**。第三者(鐘)の介在は−0.4%。
——戻りはいつだって一足早い。
昼前、学園新聞が色刷りで踊った。
『極悪令嬢、王太子の“休み”を指図 ——“私的懐柔”か?』
肩の数字が51.2%→52.3%へ上昇。
「早いわね、色刷り」
「毒は彩度で売れるものです」
「色で来るなら、色で返す」
私は反論をしない。代わりに、王城の事務局へ文具箱を一つ納めた。
箱の中身は三種のインデックス札だけ。藍/白/金。
書き添えは一行。
『王城文具室より寄贈』(差出人:王城文具室)
私の名は無い。贈り物は人に向けない。部屋と役目へ置く。
侍従長から短い受領票が届く。
受領:文具室。運用責任:侍従長。寄贈主の記名なし可。
肩の数字が52.3%→51.5%。“公器への贈与”は−0.8%。
新聞の色は、文具の色へ吸われる。紙は紙で冷やす。
午後、私は王太子侍従長に付き添って**「休務の拍」の初運用を見た。
小間の鐘守が、砂時計と並べて拍を測る。
「この四拍、殿下の扉はどなたも通しません**」
鐘守は**“誰の命令でもない”顔で言った。顔に政治は出る。
王太子は扉の向こうで、音を立てずに湯を飲む。休むことに音は要らない。
肩の数字が51.5%→50.9%**。初運用は−0.6%。
——恋は計画の外で動くから、厄介だ。
夕刻、礼拝堂の脇。私が帰り支度の留め金を整えていると、王太子カミルが半歩だけこちらに寄った。
「今日の色は良い。机が遠目に“静か”になった」
「近づかない静けさは、良い静けさです」
「……礼を言う」
礼は短いほど重い。私が頷くと、肩の数字が50.9%→50.7%。短礼は−0.2%。
危ういのは、ここからだ。礼は橋にも罠にもなる。私は橋にし、罠にしない。
「殿下。『負担地図』は、殿下のためだけに作っていません。次の人のためです」
「次の?」
「誰かが倒れても、地図が残れば道は迷わない。贈り物は“未来の弱点”に置くものです」
王太子の視線が、わずかに遠くへ滑った。権力者の孤独は、背後に次を置くと軽くなる。
肩の数字が50.7%→50.4%。未来主語化は−0.3%。
——その夜。匿名の社交通信が撒かれた。
『“極悪令嬢、王太子に身内文具を納める”』
身内という語は、私物化の角を持っている。
私はすぐ、王城文具室の帳簿を侍従長に求め、公開の欄に新しい一行を加えさせた。
【寄贈一覧】
・王城文具室:市中同業者三店の連名提供(伝票番号付き)
・寄贈管理:侍従長室
市中の三店には小口発注を回す。寄贈=商機の形を作る。
善意は経済に繋げれば、陰口より強い。
肩の数字が50.4%→49.9%。寄贈の市場化+公開帳簿は−0.5%。
翌朝、負担地図の赤が一つ薄くなっていた。拍が一つ、鐘に守られたからだ。
侍従長から、短い紙。
第一日、成功。色分けは従者の動作を変える。
“近づかない勇気”が育つ。
私は返礼を出さない。借りは太くしておくに限る。
学園へ向かう馬車の中、ミロが帳面を閉じた。
「本日、上昇1.1%(色刷り・私物化波)を含め、純減2.7%。52.6→49.9。“人ではなく役目へ贈る”が決まって効いています」
「人に贈れば、礼は早い。役目に贈れば、習慣が残る」
「習慣は、破滅率の天敵ですから」
私は窓に映る自分の肩を見た。赤い目盛りは、もう細い針金みたいだ。
破滅率は下がる。
贈り物は、弱点に置く。
今日の贈り物は、鐘と色と、手続きだった。
机にメモを一つ残す。
・贈与は“人”を避け、“役目”に置く。
・色は遠目の言葉。
・休む勇気は個性ではなく、鐘に預ける。
———
【破滅率:52.6%→49.9%】