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第7話「面子の代替案」

 夜の王都は、怒りより噂のほうが長持ちする。

 “公開断罪を返せ”の投書は途切れ、代わりに**「気が済まない」**が増えた。気は済まない。済まない気は、どこかに置かせれば温度が下がる。


「置き場を作るわ」

 朝、私は青の間に木の札と細い紐を積んだ。札には穴が二つ。片方は名、もう片方は行為を通す。

「名と行為を一枚の札に通すと、面子は“言葉”ではなく“手続き”になる」


 ミロが札を手に取り、軽く鳴らした。

「名は刃。穴は鞘。今日は面子の鞘屋ですね」

「名付けは、角度を丸くする仕事よ」


 名は「面子預り所」。場所は王城の質問窓口の隣にする。見世物の代わりに、預ける。

 規約は三行だけ——


名を記すこと。匿名の面子は面子ではない。


面子は**“行為”で返す**こと(言葉では返せない)。


返す行為は**“公共”に効くこと(個人的仕返しは禁止)。

 札に「例:掃除一刻」「献血」「写本室の机の脚直し」など、返却方法の候補を刷る。借りた面子は、公共の一手間**で返すのだ。


 午前、王都広場に小さな屋台を出した。幕は生成り、看板は黒墨で面子預り所。

 最初に来たのは、あの商会連合の庶女だった。派手な羽飾りは影を少しだけ小さくし、昨日より声が低い。

「“断罪が足りない”の……気が、済まないのよ」

「預けますか」

「預けるって?」

「『面子を預ける』=『怒りを保管する』。代わりに『預り札』をお渡しします。返却は行為で。あなたの名で、椅子磨きを一刻。“喪の席の椅子”限定」

 女は札を見て、少し笑った。

「……名で掃除ね。悪くないわ」

 肩の数字が54.5%→54.2%。怒りの保管化は−0.3%。


 次いで、若い書記見習いが来て、札に震える字で名を書いた。

「『見えない補助』三刻……昨日、あなたが決めたやつ。ぼく、やる」

「ありがとう。あなたの名で、椅子が光る」

 名と行為がひとつの札に通った瞬間、肩の数字が54.2%→53.8%。名の可視化×公共化は−0.4%。


 戻りは早かった。

 昼前、伯父ヴァレンの使いが、“公開討論会”なる羊皮紙をひらつかせてやってきた。

「今夜、広場にて討論を。『王家の弱腰か、民意の尊重か』。ヴァレン卿の弁舌は不敗であらせられる」

 肩の数字が53.8%→54.6%へ上昇。“舞台”が喧嘩の形を与える。

 私は手短に返す。

「討論は公開の“判決”を生む。今日は判決箱は置かない。**“意見陳列棚”**を置くわ」


 午後。私は温室の机を運び出し、広場に長い棚を据えた。棚の上に、表紙だけの薄冊子を色別に積む。

 白=事実/藍=提案/灰=懸念。

 各冊子の一頁目には、署名欄と**“第三者が再現可能か?”**のチェック。独りよがりはそこで落ちる。

 見出しは「意見陳列棚——討論ではなく、並べる日」。

 ミロが小声で笑う。

「争うより並べる。今日の美学ですね」


 人が集まる。怒鳴り声は少ない。棚の前では、人は手を使う。手を使うと、口が短くなる。

 伯父の使いが歯噛みして帰るのを横目で見送り、私は藍の冊子に一行書いた。


『“断罪の見世物再開”の代案:“年一の面子市”——預り札の返却を祝う日』

 肩の数字が54.6%→54.0%。見世物→年中行事の置換は−0.6%。


 夕刻。王太子侍従長が棚の前に立ち、白の冊子を手にした。事実は短く、涼しい。

「“停止”の語は『法言語集』の定義Bに準ず」

 彼が法の言葉で釘を打つと、棚の周りの空気が固まる。

 肩の数字が54.0%→53.6%。定義の釘は−0.4%。


 その頃、面子預り所には札が少しずつ積まれていた。

 “王都北門の掃除 一刻”“写本室の机の脚直し 二本”“喪の席の導線確保 当番交代”……。

 札の木目はそれぞれ違う。面子の返却の仕方も違う。違いは善だ。同じ形に揃えようとすると、正義はすぐ飢える。


 夜気が下り、広場の灯が順にともるころ。

 匿名の少年が、棚の陰から顔を覗かせた。昨日、礼拝堂で椅子を拭いていた下級生だ。

「これ、母の分……預けに来ました」

 札には正しい字で「洗濯場の木箱清掃 三日」とあった。

「母が、怒ってて。討論で叫ぶって言ってた。でも箱があるなら、叫ばなくていい、って」

 肩の数字が53.6%→53.1%。怒り→行為の移送は−0.5%。

 私は少年の頭に手を置かない。置きたくなる手は、置かないで済むなら置かない。未接触の礼は、彼の自立を傷つけない。


 広場が静かに片付き、面子預り所の札束が紐で括られる頃。戻りがもう一度来た。

 伯父ヴァレンが自ら現れ、冷たい笑みを口に張り付ける。

「子供だましだな、札遊び。名と行為? お前の断頭台は、それで消えるのか」

 私は札束に指をかけ、その重さを見せた。

「私一人の断頭台は消えないかもしれない。けれど、他の誰かの断頭台は減る。“見せ物”の断頭台が」

「民は見たいのだ」

「見たいは買い物で満たしなさい。裁きは飢えでは満たさない」


 伯父の目が細くなる。

「言葉で勝つ気か」

「いえ。順番で勝ちます。今日は並べる日。討論の順番は年一の面子市に回します。あなたの弁舌は、その日の呼び物に」

 伯父は嗤い、踵を返した。嗤いは負けではない。次の舞台の約束だ。

 肩の数字が53.1%→52.9%。“敵の舞台”を未来に送るは−0.2%。


 屋敷に戻ると、父が短い紙片を渡してきた。

「城外からの風聞。『停戦に似た“停止”』を『腰抜け』と呼ぶ連中が少なからずいる。明日、市場の高台で愚痴を並べるそうだ」

「なら、高台に陳列棚をもう一つ。愚痴は灰で並べる。懸念の色よ」

 父は杯を回し、目だけで笑った。

「お前の面子はどこにある」

「預り所に預けたわ。返し方は**“働く”**で」

「よし。家の面子は今日、椅子磨きで返す」


 ミロが帳面を開いた。

「本日、上昇0.8%(討論会波)があり、純減1.9%。54.5→52.6。面子の保管化、討論の陳列化、名と行為の結束。——“見る快楽”から“やる納得”への橋が、ほぼ架かりました」

「橋は重さで折れる。渡る人数を調整して、年一の市に分散させましょう」


 鏡の前、右肩の赤い目盛りは細い糸になった。

 破滅率は下がる。

 面子は言葉でなく、手で返す。

 私は机にメモを残す。


・怒りは保管で冷える。

・討論は棚で薄まる。

・名+行為の札は、未来の通貨になる。


———

【破滅率:54.5%→52.6%】

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