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第6話「式次第の梯子」

 台本は、炎上の延長コードにも、避雷針にもなる。

 朝、私は青の間の長机に白紙を三枚並べた。「公衆儀礼」「私的合意」「記録処理」——婚約破棄という“大裁定”を、この三段に解体するつもりだ。


「梯子をかけるわ」

 ミロが頷く。

「宰相補佐ラウロ殿に“見本”を」

「見本は小さく、具体で」

「そして誰の顔も立てる」


 王城の執務棟は静脈のような廊下が続き、要所に“沈黙の心臓”が打っている。ラウロはその拍を知る人だ。

 私が差し出した白紙を、彼は一枚ずつ指の腹で撫でて確かめた。


「ほう。“式次第の梯子”」

「順番だけで炎上は冷えます。**“公開→私的合意→記録”の順を、“私的合意→記録→公開”に逆転したい」

「公開が最後?」

「ええ。公開時の“語る中身”を、先に合意してから“映す”。映すだけにする。“断罪の見せ場”を“合意の報告”**に置換します」


 ラウロの目尻がわずかに笑った。

「君は“語りの刃”を鞘ごと差し替えると言う。具体の段を見よう」


 私は一枚目に、短い箇条を書き込む。


【私的合意(密室)】


当事者三名の“謝り合い”(面子の折り目は相互に)


婚約関係の停止を確認(破棄ではなく停止。再契約可能性を残す言葉)


将来の政治的損害を双方で相殺(名誉の賠償ではなく行為の交換)


「“破棄”は燃える語です。“停止”にすると火が走りにくい。『再契約可』の余白が、面子の避難路になります」

 肩の数字が58.0%→57.6%。語彙の冷却は−0.4%。


 二枚目には、記録処理の段。


【記録処理】


公的記録は“非公開の合意書”(三名と立会のみ閲覧)


学園・社交界への掲示は“式次第の変更通知”(事実のみ、感情表現なし)


王都広場への掲出は無し。代替として“質問窓口”設置


「質問窓口?」

「公開の場で人は判決を求めがちです。判決は気持ちいい。けれど再発を産む。代わりに疑問を受け止める小部屋に圧を落とす。“怒りのやり場”を“疑問の置き場”へ」

 ラウロが指で机を二度叩く。承認の拍。

 肩の数字が57.6%→57.3%。圧力逃がしは−0.3%。


 三枚目は公開の段。


【公開(最小)】


王太子殿下の一言(“双方の将来に幸多からんことを”のみ)


直後に別件の朗報を挿入(奨学基金の拡充など。感情の焦点を未来へ移す)


当日の取材不可(記者は翌日、質問窓口で)


 ラウロは唇を押し結び、低くつぶやいた。

「“朗報の楔”か。炎上の拍をずらす楔」

「“良いニュースを、悪いニュースの後ろへ”は危険です。今日は逆です。“悪い報告は、良い未来の影で”」

 ラウロは紙を揃え、私を見た。

「——“誰の面子が立つか”を最後に確認しよう」

「三人とも。王太子は“守る者”として、私は“譲る者”として、第三者は“共に未来へ”として」

「反対者は?」

「“断罪を見たい人”は不満でしょう。でも、見世物は政治を壊します。“見る権利”は裁きの権利ではない」


 ラウロが短く笑った。

「よろしい。君は王太子侍従長へ、私は宰相へ。二線で押す」


 ——が、押せば必ず戻りが来る。

 昼過ぎ、侍従長の部屋に“祝辞担当官”が割り込んできた。

「公開の場で“祝辞”が必要です。式は華がなければ」

 私は華の文字の角を指で示した。

「角が立ってます。華は刃になります」

「しかし国民は期待している」

「国民の顔は多面です。今日は“喪の顔”を含みます。婚約破棄は誰かにとって喪です」


 侍従長が静かに口を開いた。

「祝辞担当官。華は奨学基金に回せ。金は拍を整える」

 担当官の眉がひとつ跳ね、諦めの角度で下りた。

 肩の数字が57.3%→56.9%。利害の横滑りは−0.4%。


 すぐに次の戻り。王都報道局の書記官が、取材不可に難色を示す。

「“翌日窓口”は検閲の疑いを招きます」

「疑いを避けるために、窓口の運営責任者を報道側から出してください。王家側は場所と時間の提供のみ」

 “検閲”の主語を報道に戻す。

 書記官の口角が上がる。責任が手に入ると、人は快くなる。

 肩の数字が56.9%→56.6%。共同責任化は−0.3%。


 準備は進む。だが未知イベントは、静かに靴音で近づく。

 夕刻前、王太子カミルから、封の厚い短書。


“公開断罪を望む声は否定しない。だが、断罪の快楽に国家を渡したくはない。

君の“停止”案で行く。

ただし、一つ条件。『彼女の言葉』の場所を、私が作る。”

 ——“彼女”。私か、もう一人か。

 私は筆を取らない。窓辺で四拍吸い、二拍黙り、三拍で考える。

 “彼女の言葉”。公開で一言だけ、私が自分の意思を置く場所を——王太子が与えるということだ。


 ミロが低く囁く。

「危険もあります。『言質』は燃料にもなる」

「ええ。でも、喪の言葉は短いほど強い。一文にする。謝罪でも弁明でもない、“距離の宣言”」


 式の当日。王城の小礼拝堂は、外光が穏やかに落ちる。

 私的合意は先に済ませた。三名——王太子、私、そして第三者(王家側立会)で**“停止”に署名。賠償の語は無い。代わりに、“この一年の共同企画”が一行。奨学基金拡充の枠組みだ。負債の代わりに未来を置く。

 肩の数字が56.6%→55.8%**。密室合意の完了は−0.8%。


 直後、記録処理。合意書は封をされ、鍵は二本。一本は侍従長、一本は宰相補佐。学園への通知は事務文のみ。王都広場は空のまま、質問窓口に案内板。

 肩の数字が55.8%→55.5%。手続の二重鍵は−0.3%。


 そして、最小の公開。

 礼拝堂の前室で、王太子が私に目で合図する。

「——『彼女の言葉』を」

 私は壇に立たない。壇の手前、半歩低い段に立つ。

 声は張らない。届く範囲だけに置く。

「距離を置きます。敵意ではなく、****礼儀として」

 ——それだけ。短い。

 王太子が続ける。

「双方の将来に幸多からんことを」

 次の瞬間、朗報の楔が差し込まれる。

 侍従長が一歩進み、奨学基金の拡充を告げる。「明日から申請を受け付ける」と。

 視線の焦点が未来に移り、拍が変わる。


 後方にざわめき。——戻りが来た。

 報道席の端で、若い記者が小声で漏らす。

「“断罪の一言”は?」

 書記官が肩をすくめ、窓口の案内札を掲げる。

「明日だ」

 怒りの拍は一日ずれる。その一日で、熱は落ちる。


 礼拝堂の外に出たとき、肩の数字が55.5%→54.2%まで一段落ちた。順番の逆転は大削減だ。

 ミロが滅多に見せない笑みをこぼす。

「“断罪の快楽”を“合意の報告”に置換。成功です」

「快楽は砂糖菓子。政治の歯は虫歯になりやすい」


 ——ところが、王城の日陰は甘くない。

 夕刻、匿名の投書が侍従長に届く。「“停止”は骨抜き」「王家の弱腰」「公開処刑を返せ」。

 肩の数字が54.2%→54.9%へ上昇。“見せ場が奪われた”者たちの喪失が、怒りに言い換えられる。


「来ると思ってた」

 私は窓口に最初の張り紙を足した。


『質問は“事実”に限ります。“願望”は受け付けません。

願望は、投票の日にお願いします。**

 ——ここは投票箱ではありません。

 “質問箱”です。』

 人はどの箱に声を入れているのか、箱の名で自覚する。

 肩の数字が54.9%→54.5%。箱の名付けは−0.4%。


 その夜。父は杯を持ち上げ、ただ一言。

「——梯子は掛かった。外すのは敵の役目だ」

「外されないように、釘も打っておいたわ。二本」

「二本?」

「合意の鍵が二本、窓口の責任も二者。どちらか一方が倒れても、梯子は落ちない」


 鏡の前。赤い目盛りは、細い川になっていた。

 破滅率は下がる。

 順番は、世界の体温計。

 私は帳面に一行、書き足す。


・“見る権利”は“裁く権利”ではない。

・“語る中身”は公開の前に作る。

・朗報の楔は未来へ刺す。


———

【破滅率:58.0%→54.5%】

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