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極悪令嬢、破滅率82%からの逆算  作者: 妙原奇天


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3/11

第3話「聞き役の椅子」

 父の執務室は、朝よりも夕の光が似合う。書棚の背が影を落とし、羽根ペンの先で時間が細かく削られていく。

 扉の前で一つ息を吸い、私はノックを二度。**“私情ではなく要件”**の合図だ。


「入れ」

 短い声。私は入室し、三歩で止まる。父は顔を上げない。紙の上に戦場があるとき、将の顔は上がらない。

「父上。次回の派閥会合に、同席だけお許しください。発言権は不要です」

 父の筆先が止まらない。止まらないまま、言葉が落ちた。

「何のために」

「聞き役のために。王都は今、言葉で怪我をする季節です。負傷者を増やさぬよう、**“折り目”**だけ見ます」


 沈黙。沈黙は否定ではない。交渉では、沈黙は**“未決”を意味する。私は合わせて沈黙を置く。肩の数字が68.0%→67.7%**。拙速回避は−0.3%。


 ペン先が小さく鳴り、やがて父が顔を上げた。

「——同席だけだ。席は末座。退出の合図はミロから出る。逆らうな」

「承知しました」

 肩の数字が67.7%→67.1%。権限付き許可は−0.6%。


 執務室を辞すと、廊下の角で宰相補佐ラウロと鉢合わせた。あの薄い色の目は、たいてい人の“意図の縫い目”を見ている。

「ヴァルデン嬢。君は今日、どの椅子に座る?」

「聞き役の椅子です。肘掛けは要りません」

「いい。肘掛けは発言の取っ手だ。君にはまだ重い」


 会合は、屋敷の青の間で行われた。青い壁紙は落ち着いて見えるが、実は顔色を悪く見せる。怒りの紅潮を冷やす効果がある。父が選ぶ色は、戦術寄りだ。

 列席者は八名。父の側近、商会頭、地方代官、そして伯父のヴァレン。伯父の性格は簡単で、面子にガソリンを注ぐのが趣味だ。


 私は末座に座り、膝の上に小さな板を置いた。今日のために用意した、“無音の議事録”。紙に線が引いてある。横線は時間、縦線は人物。喋った人の線を鉛筆でなぞるだけ。

 最初の議題は“穀物運搬の遅延”。商会頭が声を粗くする。

「湿地路の補修が遅れてましてな」

 伯父ヴァレンがすかさず嗤う。

「補修? 聞こえのいい言い訳だ。要は遊び歩いとるんだろう、商人の足は軽い」

 悪い笑いは、良い敵になる。私は鉛筆を走らせる。ヴァレンの線に赤い点を打つ。“挑発”の印。肩の数字が67.1%→66.9%。記録開始は−0.2%。

 ミロが私の後方に立ち、時間を切るように時計の鎖を指で弾いた。拍が部屋に入る。


 父は即答しない。放っておけば、商会頭は自尊を燃料に大声で返す。火が欲しいのは伯父だ。

 私は鉛筆の角で、ラウロの名が記された縦線へ小さく合図をつける。視線だけの通信。“落としどころを教えて”。

 ラウロが咳払いを一つ。

「湿地路の補修は、兵站に属す。責を問うなら、商人ではなく我らだ。指揮の不備と見るべきだ」

 伯父の眉が動く。“我ら”と言われると、誰の面子が折れるのか、急に曖昧になる。

 父がようやく口を開く。

「——補修予算を八割まで前倒しで出す。残り二割は結果連動で払う。遅延が減れば払う。減らなければ次季に繰り越す。それで良いな」

 商会頭がほっと息を漏らし、伯父が舌打ちを飲み込んだ。

 肩の数字が66.9%→66.1%。面子を宙に浮かせるのは−0.8%。


 第二議題。“王太子主催の狩猟祭”への供出割り当て。

 伯父がすぐ噛みつく。

「王家への供出を減らすなどと、誰が言い出した? 不敬だぞ」

 ラウロが目で私に小首を振る。“ここで動け”の合図。

 私は末座から、半起立の姿勢で口を開く。発言ではなく、確認の形にする。

「確認です。王太子殿下は臨席の人命優先を先に掲げられました。本年は狩猟祭の狩場交代があり、負傷が例年より増加すると予測されます。供出は獣肉より包帯と薬へ振り替えたく」

 伯父が嘲る。

「女が医者気取りを——」

「医者は女でも男でも血は赤です。王家の威信=人命の保護が筋だと、私は学園規律局の掲示で学びました」

 今朝の貼り紙“公式化”が、ここで効く。別の話題で作った前提を持ち込む。

 肩の数字が66.1%→65.7%。外部前提の転用は−0.4%。


 父が短く頷く。

「供出は包帯・薬・上質な布へ。獣肉は後日に回し、狩猟祭の残滓を買い上げる。王家への体面は金で補う」

 ヴァレンの口が歪んだまま閉じる。金は面子を包む紙だ。

 私は鉛筆の紙面に**“完”の小さな印を打つ。議題を終わらせる所作。

 肩の数字が65.7%→65.4%**。収束は−0.3%。


 会合は続く。私は喋らない。代わりに、“沈黙の合図”をそこかしこに置く。議論が熱を帯びたところに水差しを滑らせる。時計の鎖が拍を刻む。

 ——そのとき。扉が乱暴に叩かれた。

 従僕が駆け込み、父に封書を差し出す。

「急報にございます」

 父の眉が動く。封蝋を割る音が、青の間に冷たく落ちた。


 封書の一枚目を見た父の顔が石になる。二枚目を見た瞬間、私の肩が焼けるように熱を帯び、数字が65.4%→66.3%へ上昇。

「……誰が流した」

 父の声は低い。ラウロが封書を受け取り、目だけで内容を走らせる。

「本日、学園掲示板の“規律局名義”の文面が、王都広場に貼り出された。署名は“規律局/コルヴィナ”。偽造の疑い」

 喉が乾き、私は水差しに手を伸ばす。上手くやったことは、すぐに真似される。真似は称賛ではない。模倣は凶器になることがある。


「私がやりました、とは言いませんが——私の“手法”です」

 ラウロが頷く。

「君が“公式化”の価値を見せた。誰かが、君の作った道具を盗んだ。さて、どうする」

 部屋の空気が硬貨のように冷たくなる。伯父ヴァレンが、待ってましたとばかりに毒を流す。

「規律局の権威を私用した娘の末路は、明らかだ。王都の石段は今もある」

 私は伯父に顔を向けず、父を見る。父の目は炎ではない。秤だ。

「——回収します。偽の“名”を。名の汚れは“名”でしか拭えない」


 私はその場で二本の矢を取る。一本は規律局へ、一本は王都広場へ。

 規律局には、**“名の管理”**の提案を書いた。


公的掲示に**“刻印札”**を導入(簡易の木札に規律局の刻印)。


刻印札が無い掲示は破棄。偽造は一目で判別可能。


既掲示に遡って刻印確認。

 最後に一行。「提案者:ヴァルデン家」。責任の表札を出す。

 肩の数字が66.3%→65.9%。**“名を晒す”**は−0.4%。怖いが、早い。


 王都広場へは人の手を。私は洗濯場の木箱から**“赤”**の紙を二枚借り、そこに大きく書いた。


『規律局の掲示は刻印札を伴います。札の無い掲示は“私物”です』

 そして下に小さく、矢印。

『刻印札の見本は、こちら』

 ——矢印の先に、何も無い。

 私は空白の場所に立ち、刻印札を掲げて**“初見本”にした。

 人は物よりも人を見て**覚える。見本が人だと、記憶は早い。


 広場に集まった人波の前で、私は声を張らない。張らない声の方が、近くの人間が繰り返す。繰り返しは拡声器だ。

 そこへ、コルヴィナ教官が息を切らして現れた。

「ヴァルデン! 勝手に——」

「“勝手”ではありません、教官。“規律局の名”を守るためです。札を導入してください。教官の名を、守りたい」

 “守る”の主語を彼女に置く。

 コルヴィナの顎が僅かに上がり、彼女は私から札を受け取った。

「……導入する。今、この場から」

 肩の数字が65.9%→64.8%。制度の即時実装は−1.1%。

 偽の掲示は、人々の手で剥がされ、足で踏まれ、風で散った。


 夕刻、青の間に戻る。父は椅子に座り、ラウロが壁にもたれている。伯父ヴァレンは不機嫌に爪を見ていた。

 私は末座に戻り、板の上に横線を一本引く。今日の会合に終止符を。

 父が口を開いた。

「ヴァルデン」

「はい」

「次回も、末座で座れ」

「光栄です」

 肩の数字が64.8%→64.0%。継続の席は−0.8%。


 伯父が舌打ちし、椅子を引いた。

「女の座る席が増えて、王都が良くなるかね」

 私は答えない。答えないことは、燃料を抜く行為だ。

 ラウロが代わりに笑う。

「良くはならん。——静かになるだけだ。静かさは敵を困らせる」


 廊下に出ると、ミロが帳面を開いた。

「本日の上昇0.9%を含め、純減4.0%。68.0→64.0。同席権の獲得、議事の収束、刻印制度の導入。“名の管理”を手に入れたのが大きい」

「名は刃物。鞘が要る。今日は鞘を作った」


 屋敷の窓に夕映えが差し、鏡に肩の目盛りが沈む。

 私は自室に戻り、膝の上の板を撫でた。鉛筆の黒が指に移る。

 聞き役の椅子は、座り心地がいい。肘掛けがないぶん、背筋で座るしかない。背筋は、癖になる。


 机に向かい、短い覚え書きを残す。


・面子は主語で動く。

・制度は即日に限る。

・“名”は鞘から抜かない限り、人を傷つけない。

・末座は最前列。音はそこに落ちる。


 肩の赤は、今日も少し薄くなっていた。

 まだ道のりは長い。けれど、道の方を少しずつ、こちらに曲げている。


———

【破滅率:68.0%→64.0%】

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