転生したら猫耳生えた。
思い付いたら書きたくなったので、久しぶりに文章を書いてみました。
私はミルル。令和日本に生きていたヒトの記憶を持つ、生後6カ月のネッコ人である。
社畜OLだった私は深夜に及ぶハードワークからの帰宅途中、ご多分にもれず異世界転生トラックに大当たりした。
一瞬のことだったので、それほど苦痛はなかったと思う。よく覚えてないけど。
深夜で雨が降っていたから、見通しはかなり悪かった。トラックのドライバーさんも夜間の仕事で疲れていたのだろう。ハードワークはお互い様だ。
私はうまく転生できたので、ドライバーさんがあまり重い罪に問われないことを祈っている。
で、気づいたら、もぞもぞ動く毛玉の中に埋もれていた。
目がよく見えていなかったけれど、自分の周り全部がなんかあったかくてやわらかくてみゃーみゃー鳴いているのはわかった。
体の周りの毛玉がうごうご動いて私の上に乗り上げようとするので、こちらも負けずにうごうごして毛玉の上を目指した。
毛玉の海の中から頭を引っこ抜くと、大きな濡れた舌で顔をざりっと舐められた。続けて体をざりっざりっと舐められる。お母さんが毛づくろいしてくれたのだ。無条件で気持ちよかった。
しかし、たくさんの毛玉の上なので足場が悪い。毛玉と毛玉の間に足がずるっとはまってこけてしまった。
足の下からぶみゃっと声がした。一個の毛玉を踏んだらしい。ごめんにゃ。
取りあえずうごうごして平地らしき場所に移動した。すると、首の後ろを掴まれて身体が浮き、毛玉の中に戻された。
後でわかったのだけど、掴まれたというのは間違いだった。ざりざり舐めていたお母さんが私の首根っこを口でくわえて持ち上げたのだ。ネッコだけに。
そして元の場所に戻されると、頭の上で声がした。
「まだ離れちゃ駄目よ。大人しくミルクを飲みなさい」
確かにミルクのいい匂いがする。スンスンと嗅いで匂いの元を探ると、目の前にお母さんの乳首があった。
私は遠慮なく吸い付いた。ミルクうまい。うみゃい。
このとき、私は完全に子ネッコになっていた。パーフェクト・子ネッコである。
人だった頃の記憶もぼんやりあったような気がするけれど、あまりものを考えていなかった。
生まれたばかりだから仕方ない。
ミルクうみゃい。毛玉あったかい。ざりざり嬉しい。
これだけで世界は回っていたにゃん。
* * *
で、半年後。
私は順調に成長し、人間年齢で約10歳のちょっと大きい子ネッコ人になっていた。
この世界は人間もいるけど、私は獣人のうちのネッコ人だった。
ネッコ人は三角形の大きな耳と細いヒゲと優美なしっぽを持ち、敏捷さと瞬発力に恵まれた体で、森の動物を狩って生活する。
全身は毛皮に覆われていて、私の柄は三毛である。三毛なので、当然ながら女子である。
動物のネッコとは違い、手には人間に似た指がちゃんとあって物を掴めるし、後ろ足だけで二足歩行もできる。
最初に二足歩行をしたとき、思わず近所の岩山の前で両手を広げ、
「ヨネザアド・アタゴオル」
と言ってしまった。
前世の私は古い猫漫画のファンだった。
前世の記憶は、子ネッコの私と断絶なく同化していた。
私は私。前世の私もちゃんと私。でも、今はやんちゃざかりの子ネッコであった。
岩山はうんともすんとも言わなかった。
* * *
ネッコ人の朝は早い。
薄明薄暮性なので、早朝と夕方が一番の活動時間になる。
人間年齢約10歳の私は、兄弟たちと一緒に狩りを教わっていた。離乳はとっくに済ませている。
ネッコ人たちは独立心が強く、一人ずつ個別に巣・・・じゃなかった、住居を持っている。広い森の中の一定の距離に幾つかの住居が集まっていて、それが集落を作っている。
一人前に狩りができて、自分の食べる分を自分で調達できるようになったら、親元を離れて自分の巣・・・じゃなかった、住居を構える。
狩りができ、住居を持つことは、ネッコ人にとって成人の証だ。
早く一人前になりたくて、子ネッコたちはみんな頑張って狩りを覚えるのだ。サバイバルだ。
今日の獲物は鳥だった。
私は内心、超ラッキー! と叫んでいた。
ネッコ人の子どもは小動物を狩る。
離乳と並行して少しずつ狩りを教わり、狩った獲物は、当然、自分たちの食べ物になる。
ちなみに、今までに狩った小動物は、
・カエル
・ネズミ
・モグラ
・虫
だった。
頑張って狩った獲物を新鮮なうちにおいしく食べ・・・食べ・・・食べ・・・られなかったよ!!!
特に虫。
大きめで、触覚と羽があって、背中が黒光りして、カサカサ走ったりときどき宙を飛ぶ甲虫を「狩れ」と言われたときは、本気で集落を逃亡しようかと思いました。
でも、3人いる兄弟たちはみんな普通に狩って、普通にパリパリ食べてたんだよね。一応、焚き火で焼いてたけど。
前世がヒトだったことをこれほど恨んだことはない。
あれは食えないわー。無理だわー。飢えてへろへろになってもごめんしたいわー。触るのもパスだわー。
ヒトの頃の私が恐怖心をにじませながらそう言っていた。
まあ、ネッコ人は本当の猫より大型だから虫だけでお腹がいっぱいになるわけでもないし、そのときは狩りに失敗したふりをして、大人のネッコ人が狩った獣のお肉を分けてもらった。
ちなみに、ネッコ人もちゃんと調理をする。
ぶつ切りにして焼いたり、焙ったり、たまに煮たりする程度だけど。
この間は初めて魚を獲って、焼き魚にありついた。
泣くほどおいしかった。
とにかく、今は鳥だ。
鳥さんには悪いけれど、私もごはんを食べなきゃいけない。
「これをクリアしたら、少し大きい獣を狩ってみるぞ。それがうまくいったら、まあまあ一人前だ」
狩りの監督をしてくれているパパネッコがそう言った。
パパネッコは体の大きな黒いネッコで、私たちのお父さんだ。でも正直なところ、三毛の私やブチの兄弟たちとはあまり似ていない。
ママネッコは茶白のブチなので、私や兄弟たちにはそっちの血が濃く出ているのだろう。そもそもネッコ人の毛皮は、家族でもけっこう違ったりする。
それはともかく、鳥は大人の階段の重要ステップだったらしい。
私は兄弟たちと顔を見合わせ、全員で成功を誓った。
頑張るぞ、にゃー。
というわけで、私たちは獲物の鳥を求めて、森の奥まで身をひそめながら進んでいった。
鳥といってもいろいろな鳥がいる。大きさもそれぞれだ。パパネッコはどんな鳥をターゲットにするつもりだろうか。
ハトかな。スズメかな。いや、この辺にいるのはヤマドリかな。何でもいいけどおいしいといいな。焼き鳥を食べるのは転生以来だにゃん。
森には大型の鳥もたくさんいるけど、さすがにそれはないだろう。修行とはいえ、まだまだ初心者の子ネッコに、いきなり猛禽類を当てるような無茶ぶりはしないはず。
・・・と思っていた時期が私にもありました。
「いたぞ。あれだ」
とある場所で、茂みの中に体を隠しつつパパネッコが指したのは、水辺の地面をくちばしでつついている白い鳥。
「1羽だけだな。ちょうどいい、兄弟4人でかかれば難なく狩れるだろう。じゃあ、行ってこい」
子ネッコたちはどよめいた。
びびった顔を突き合わせて、毛玉会議が始まった。
「あの鳥、なんかでっかいにゃん」
「僕らの10倍ぐらいあるにゃん」
「どうやって狩るにゃん。必勝ルートが見えないにゃん」
「ウロコがあるにゃん。本当に鳥なのかにゃん?」
よく見ると、胴体を覆っているのは間違いなくウロコだったし、閉じたり開いたりしている羽には羽毛がなくて、でかいコウモリみたいな羽だった。
子ネッコ兄弟の合議の末、長男ネッコ(兄1)が抗議を申し立てた。
「パッパ、あれはちょっとでかすぎにゃんよ」
「何を言う」
抗議は即却下された。
「ハーピーでもロック鳥でもワイバーンでもない、普通の鳥だ。お前たち、この程度の鳥も狩れなくてどうするんだ」
「で、でもほら、初めて鳥を狩るんだし、もうちょっと小型の鳥で練習したいにゃあ・・・」
「小型の鳥なんてたいして食うところがないぞ? 小型でも空を飛ぶ鳥を狩るのは重労働なんだ。労力に見合わん」
コスパで獲物を決めたらしい。
点目になった兄弟たちは再度こしょこしょ会議を開いた。
「ダメにゃん。聞く耳持たないにゃん」
「パッパ厳しいにゃん」
「先に練習させてほしいにゃん」
「でも昼になったら眠くなるにゃん。そんなにゆっくりできないにゃん」
「確かに昼寝は大事にゃん」
「早く終わらせて寝たいにゃん」
「スピード勝負ってことにゃんか?」
「もしかして、スピードで押せば勝てそうにゃん?」
4匹・・・じゃなかった、4人で一気に襲い掛かって急所を狙えば、ワンチャンいけるのではないだろうか。
「急所ってどこにゃん」
「大体首とか心臓にゃん」
「爪で狙うにゃんか?」
「羽と尻尾に気を付けるにゃん」
「クチバシもヤバそうにゃん」
「足のかぎ爪も危険にゃん」
「あの足、ぶっといにゃんね・・・」
「蹴りも強そうにゃん」
「ちょこまか動いて攪乱するとよさそうにゃん」
攪乱担当とアタック担当に分かれ、2・2でタッグを組むということで、大体作戦がまとまった。
全員、しっぽのあたりにまだびびりが残っていたけど、仕方がない。
やるしかないならやるだけにゃん。
兄弟たちは四方に分かれ、それぞれ鳥に忍び寄った。
丈の高い草陰を利用して、音を立てないよう、四つ足で慎重に進んでいく。
しばらくして、私の右手にいた一人が戦闘態勢に入った。鳥の背後を担当した弟ネッコだ。体を一段と低くして四肢に力を溜め、お尻だけ浮かせてふりふりしている。鳥はまだ気付いていない。
行くか。行けるか。
弟ネッコが大地を蹴った。
行った!
ほとんど同時に私も駆けた。同時にかかれば鳥の攻撃も逸れやすい。弟よ、援護するにゃん!
「二ャアーッ!」
「シャアアーッ!」
「ギギャッ!?」
鳥が奇声を上げて振り返った。羽を広げてギャーッと威嚇する。振り下ろされた尾を弟は身軽なジャンプで避けた。
尾羽ではなく、その下にあった太い尾っぽだ。尾っぽのある鳥って何よ?
足の間にもぐりこんだタイミングで、兄二人が鳥に飛びかかった。アタック部隊だ。
鋭い爪で左右から首に切りつける。硬そうな皮膚を切り裂く音が聞こえて、数枚の羽毛と血しぶきが飛んだ。すごいぞお兄ちゃんズ!
私は高くジャンプして鳥の背中に乗った。尾羽の付け根に噛みついて兄たちから注意を逸らす。私の攻撃は一瞬だけで、すぐに地面に降りて林の中に走り込んだ。兄1も同じ木の陰に逃げ込んできた。
「やったね、お兄ちゃん!」
「いや、浅かった。硬いぞ、あいつ」
「この調子で削っていけばいいよ!」
「おう!」
私たちは再度鳥に向かって走った。途中で二手に分かれ、別々に鳥に飛びかかる。
入れ違いで兄2と弟が引いた。引くついでに足元でシャーッ!フーッ!と鳴いて鳥の注意を散らせていった。どこから来るか分からない攻撃で、鳥は混乱しているようだ。
兄1と私はジグザグに走り、逆方向から同時に鳥に飛びかかった。
兄は首を狙う。私は今度は腹を狙った。
「ギャッ、グゲーッ!!」
腹を引っかいた爪はウロコに弾かれた。兄はうまく首を裂いたらしい。
私たちは足元を走り回り、再度のチャンスを狙う。そうしている間に体勢を整えた兄2と弟が戻って、また参戦する。
それを何度か繰り返し、さすがにバテてきたなと思ったころ、何度目かの離脱をした弟が駆け戻ってきた。
「次、上から!」
弟は鳥の正面から走り込み、クチバシの攻撃を誘っている。危険! それ危険!!
「ギャアーッ!!!」
鳥がひときわ大きな声で鳴き、クチバシから白い煙を吐いた。
「ニャッ?!」
弟はもろに煙をかぶった。足がもつれたようによろめく。
方向転換して弟のカバーに入ろうとしたとき、上空から弾丸のような勢いで1個の毛玉が飛び込んできた。兄2だ。木の上に登って、飛び降りたのだ。
鳥はちょうど弟に向かって首を伸ばしていた。その首の、兄ズが切り付けて削った箇所ぴったりを、弾丸と化した兄2の爪がさらに切り裂いた。激しい血しぶきが上がった。
「グゲエエ―――――ッ!!!」
断末魔の声を上げて鳥が動きを止めた。
弟を確保して離脱する。兄たちも鳥から離れた。
鳥は首から血を吹き出しながら、ゆっくりと地面に倒れた。
鳥の体はしばらくピクピク動いていたが、やがてそれもおさまった。
「や・・・やった?」
「やった。やった!」
「お兄ちゃんたちすごいにゃー!!」
「弟、平気か? おい、弟!」
「目を開けろ、弟ーっ!!!」
「うにゃうにゃ。ふすー、ぷすー、ふすー」
弟は寝ていた。
「あー、催眠ガスをくらったな。ハクガンかと思ってたんだが、違ったらしい。いやあ、すまんすまん」
パパネッコが頭を掻いて謝ってきた。
もっと弱い鳥だと鳥違いしていたそうだ。
すまんですますな。
弟は単に寝ているだけだが、このままだと体力が削られるかもしれないというので、急いで集落に戻って治療をすることになった。
鳥は後からパパネッコが運んでくれるという。
そうだね、それくらいはしてくれてもいいよね。それだけでは許さないけどね。
というわけで、私たち3人で弟を担いで集落に戻った。
「あれ、何の鳥だったんだろうにゃ」
「知らにゃい。後で大人に聞いてみればいいにゃ」
弟を運びながら兄たちはそんなことを言っていたが、私は何となくわかっていた。
少し違うところはあったけど、多分、あれは・・・
ヒプノック(希少種)だ。
私たちは頑張った。
本当にすごく頑張ったと思う。
でも、頑張ったかいはある。
今夜は焼き鳥祭りだにゃん。
半分は竜だけど、半分は鳥だから大丈夫!
* * *
そんな感じで私は新しい人生・・・じゃなかった、ネッコ生を歩み始めた。
パッパはときどきやらかすけど、包容力のあるママと頼りになる兄弟に恵まれて、自然豊かな森の中で、ちょっぴりハードなナチュラルライフを送っている。
日本での生活ほど便利じゃないし、ごはんに虫が出てきたときは家出しかけたりするけれど、私は元気です!
お読みいただいてありがとうございます。
兄弟全員の名前もあったのですけど、出なかったですね。
まあいっか。