第8話 決意
「俺の家で住んでくれ。」
そう言った瞬間、湊斗は赤面をしてそっぽに顔を向けた。
「ご、ごめん!こんなバカげた話しちゃって…」
「いいよ。」
「うんうんだよねだよね…流石に無理だよな…」
「って、え?」
湊斗は詩羽が来たあの日のことを思いだした。
薄々気づいていたのだろう。
詩羽のことが好きだということ。
だから、あの日のようにまた笑ってほしくて、隣にいてほしくて…そう思ったのだろう。
ずっと湊斗の家に住めば、姉の深雪も、母の萌花も、ちょっと怖いかもだけど、父の広見も、そして湊斗自身も、みんなで守ってあげられる。
彼女にとってここが、安心して笑える場所になるはずだと。
そう湊斗は考え、詩羽に提案したのだ。
あの日、詩羽が普通に湊斗の家に行った日、詩羽は少し怖がっていた。
普通にここで一夜を過ごすなら、湊斗の家に行った方がいいと考えていたのだが、やっぱり知らない人の家に泊まるのは怖いと思ったのだろう。
でも、湊斗の家庭は本当に温かいものだった。
湊斗のことは認識があった。周りが湊斗の良い噂をするのは日常茶飯事だから。
でも詩羽はそんな噂話を信じなかった。
信じられなかったのだろう。
「流石にそんなに優しいわけないでしょ」と心の中で突っ込みながら、蹴られて、暴力を振られる毎日だったのだ。
そして親にも追い出され、そこで出会った湊斗。
最初は湊斗だと気づいてはなかったが、家に入った瞬間に萌花が「湊斗」と呼んだ時に気づいた。
それからは、深雪のおかげでちょっと湊斗と話すようになり、みんなが噂する理由が少しわかったのだろう。
そして今、詩羽はもう迷わず答えていた。
「いいよ。」
自分でも驚くくらい、すぐに口から出た言葉だった。
湊斗の家にいれば安心できる。そんな確信が胸の奥に芽生えていたから。
湊斗は一瞬きょとんとした顔をして、すぐに真っ赤になってうつむいた。
「……ほ、ほんとに?」
「うん。」
「べ、別に無理しなくても…」
「無理なんてしてないよ。」
詩羽がそう答えると、沈黙が続いた。
けれどそれは重苦しいものではなく、むしろ心地よい静けさだった。
そして、この日、湊斗は決めた。
この子を守ると。
◇ ◇ ◇
「た、ただいまー…」
その日の夜。
湊斗はできるだけ声を殺して、誰もわからないように帰ってきたことを報告した。
「あっ、湊斗。おかえりー」
「げっ…姉さん……」
湊斗が帰るのを待っていたかのように、深雪がリビングから飛び出してきた。
深雪は湊斗の隣に詩羽がいることを確認し、手で「こっち来て」と仰ぐ。
詩羽は警戒するが、
それを悟ったかのように、湊斗は詩羽の手を握った。
その行動に少し驚いたが、あまり何も考えずに湊斗の手を握り返した。
そんなこんなで、湊斗も詩羽も少し警戒しながらも、手をつないでリビングに向かった。
リビングに入った瞬間、広見と萌花と深雪が暖かく出迎えてくれた。
「おかえりー!詩羽ちゃんの席はあそこね!」
萌花はいつものごとく、柔らかい声で席を指差した。
ダイニングテーブルには、いつもより一つ多い皿が並んでいた。
「……え?」
詩羽は思わず足を止める。
煮物も、味噌汁も、取り皿も、どれも“5人分”きっちり用意されている。
「詩羽ちゃんの分だよ。」
そう言ったのは深雪だった。何でもないような顔で、当たり前のように。
「お父さんもお母さんも、もう話はしてあるから安心して。」
「えっ?」
「……っ」
胸の奥がじんと熱くなる。
周りに怯えて暮らす日々、居場所を失って夜をさまよった記憶。
そんな自分に用意された、ひとつの皿。
椅子を引こうとした瞬間、詩羽の視界が涙で滲んだ。
「……や、やだ……こんなの……っ」
声にならない声をもらし、その場にしゃがみ込んでしまう。
慌てて駆け寄る萌花が、背を優しくさすった。
「泣いていいよ。大丈夫だから。」
広見は不器用に腕を組みながらも、静かに目を伏せていた。
そして深雪は、ただそっと隣に寄り添う。まるで最初から、そうなることを知っていたみたいに。
詩羽は、初めて感じた。
自分は“居ていい”んだ、と。
この席に座って、笑って、泣いてもいいんだ、と。
震える声でようやく言葉を紡ぐ。
「……いただきます……」
その小さな声に、テーブルを囲んだ5人の笑みが重なった。
◇ ◇ ◇
食事が一段落した後、湊斗は自室に戻る前、廊下で深雪を呼び止めた。
「……姉さん。なんで、あんな準備してたんだ?」
「ん?何のこと?」
深雪は振り返り、すっと目を細めて笑った。
「とぼけるなよ。父さんも母さんも、もう知ってたみたいだったし……詩羽が来るって、なんでわかったんだよ」
深雪は少しだけ顎に手を当て、わざとらしく考える仕草を見せる。
「うーん、そうだなぁ……“弟が困ってる顔をして帰ってくる”って、わかってたから?」
「は?」
「あと、詩羽ちゃんのことも。気づいてたんだよ、痣とか、目の奥の怯えとか。言葉じゃ隠せても、体は嘘つかないからね」
その声音は、普段の軽さを失っていた。真剣で、柔らかくて、
けれどどこか冷静で。
湊斗は言葉を失った。
深雪は続ける。
「放っておけるわけないでしょ。あの子、ほんとはずっと泣きたかったんだよ。でも、泣く場所も許されなかった。だったら、ここで泣けるようにしてあげればいいだけ。」
「…」
深雪は湊斗の肩を軽く叩いた。
「だからね、湊斗。あんたは難しいこと考えなくていい。詩羽ちゃんが笑ってたら隣で笑えばいいし、泣いてたら一緒に泣けばいい。それで十分。」
「……俺にできるかな」
「できるよ。だって、あんたは“湊斗”だから」
深雪はそう言って、あっけらかんと笑った。
その笑顔に、湊斗は胸の奥が熱くなるのを感じた。
夏休みが終了いたしました。(8月24日が最終日でした…泣)
夏休み後のテスト勉強とかが忙しくて書けてませんでした。申し訳ありません。
ですが、多分今日みたく、また投稿が遅れる可能性が大にあります。(本当に申し訳ありません…)
また遅れても、読んでくださると嬉しいです!
そして、絶対に完結まで書くと決めたので、このまま走り切っていきます!
よろしくお願いします!




