第4話 ヒーロー
(――あれ、いない…)
朝日がカーテンから漏れていて、その光で起きた湊斗は、目を擦り、ベッドを見た。
そこには、昨日の夜までいた詩羽の姿がなかった。
寝ぼけていたのか、何も思わずに敷布団を片づけていると、湊斗のスマホが鳴った。
(……ん、誰だ…こんな朝っぱらから……)
湊斗は充電器をスマホから外し、ロック画面を見た。
詩羽だった。
「昨日は、ありがとう。」
(いや、どうやって俺の連絡先知ったんだよ…)
湊斗はそう呆れつつも、少し安心を見せるようにため息をついた。
敷布団を片づけ、口に手を当ててあくびをしながらも、リビングに向かった。
「あら湊斗、おはよ~」
「おはよ。母さん。」
湊斗はあくびをしながら、美味しそうな朝ごはんが乗っているテーブルを前に、椅子に座る。
「いただきます」と一言言い、箸を取った。
その瞬間、萌花は思い出したように湊斗に尋ねた。
「あれ?彼女ちゃんは?」
「いやだから、彼女じゃねぇって…」
湊斗は、寝起きだからか否定する力もなく、箸で目玉焼きの白身の部分を丁寧に割った。
そしてそれを食べながら、少し寂しく言った。
「詩羽は、もう帰ったらしい」
「あらそうなの?」
萌花は「だから玄関空いてたのか〜」と思い出したように言った瞬間、テレビのニュースが流れた。
「――年々、中学生、高校生の自殺が増えており、その原因は”いじめ”が多いとされております。」
湊斗はそのニュースを見ながら、白米を口の中に放り込んだ。
「”いじめ”、ねぇ…」
ニュースに目を取られながらもご飯を食べる湊斗に、一発の片手チョップがヒットした。
湊斗は箸をおき、頭を押さえながら「痛ってぇ…」とぽつりと言い、涙目になった。
「母さんの料理はちゃんと味わって食えよー」
「ちょっ父さん、痛い…」
「はい、お弁当!行ってらっしゃい、広見さん♡」
「あ、あぁ…いってきます…」
湊斗の言葉を無視するかのように、広見と萌花がイチャラブし出した。
(なんなんだよこいつら……)
湊斗は広見の一言で、しっかり味わって食べ、急いで学校へ行く準備を始めた。
バッグを持ち、部屋から急ぎ足で玄関へ行く。
だが、テレビがついていることに気づき、洗面台にいる萌花に聞く。
「母さーん?テレビ消すよー?」
「あぁ湊斗!ごめんお願ーい!」
湊斗はリモコンをテレビに向け、電源ボタンを押した。
「いじめられていると判断した場合は、しっかり助けを求めてくだ――」
いじめに関してのニュースがぷつりと途切れた。
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「ぼーー」
「うわっ、湊斗が『ぼー』って言いながらぼーっとしてるよ…」
湊斗は、今朝のニュースで引っかかっていることがあった。
中高生の自殺、その多くの原因が“いじめ”であるとニュースで報道されていた。
何の気なしに聞いたその言葉が、頭から離れない。
昨日の詩羽のことが、どうしても気になっていた。
詩羽は「家を追い出された」と言っていたけれど、それだけじゃないんじゃないか…そんな気がしてならなかった。
(親に追い出された?……でも、それって理由がひとつじゃない可能性もあるよな)
(もしかして、学校でも何か……)
「ねぇ湊斗?次移動教室だけど…」
「あっ?あぁ、ごめん蓮…」
幼馴染の神崎蓮に肩をポンと叩かれた瞬間、湊斗は意識を取り戻した。
「さっきからぼーっとして…なにかあったの?」
蓮はさっきの湊斗の言動を見て誰も声をかけない中、幼馴染だからなのか、普通になにかあったのかと聞く。
湊斗は「はぁ」とため息をつき、蓮に話し始める。
「いやさぁ、蓮?」
「なに?」
「同じ高校の制服を着ている女子が、公園に一人寂しくいたらどうする?」
蓮はその一言に「はぁ?」と返し、目を丸くした。
「まぁそういう反応するわな…」と湊斗は言い、次の授業の教科書類を持ち、歩き始める。
「ちょっと待ってよ〜」
蓮は湊斗の後ろにつき、少し笑うように言い始める。
「なに?そんな子に会ったの?」
「いや、会ったっていうか…」
湊斗は言うのを躊躇うが、蓮は顎に手をやり、真剣に考え始める。
「うーん、ボクならなにもしないなぁ…」
「え?なんでよ」
「だって湊斗はいつもバンド練習で帰りが遅いでしょ?だから、そんな時間に公園で一人寂しく女子がいたら、流石にスルーする。」
「いや、俺まだ遅い時間とか言ってないんだが…」
蓮は「幼馴染舐めるな」と笑いながら湊斗に言った。
「まぁでも、湊斗的にそういう子は放っておけないでしょ?昔からさ」
「いやまぁそうなんだよなぁ…」
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湊斗と蓮がまだ小学生だったときのころ。
蓮はいじめられていた。
「ね、ねぇ…やめてよ……ボク、なにもしてないじゃん…」
一人称は「ボク」。
周りの男子がこぞって「俺」や「オレ」と名乗る中、浮いていたのは明らかだった。
そして、
「いやマジで気持ち悪い。何その髪と服。キモ」
銀色で、肩まであるさらさらの髪。
母親に選んでもらったという、白いニットとベージュのワイドパンツ。
どこか中性的で、柔らかい印象の蓮の姿は、周囲の男子から「男子らしくない」と煙たがられた。
「もっとやれ!」
「服、汚しちまえよ!」
笑いながら、数人の男子が砂をかき集める。
それを蓮に浴びせようと、1人が大きく手を振りかぶった。
「やめろよ、お前ら!」
そのとき、一人の少年が蓮の前に立ちはだかった。
湊斗だった。
「っく…いてぇ……」
浴びせられた砂が、湊斗の顔に当たった。
けれど湊斗は怯まずに、両手を広げ、蓮の前に立ち続けた。
「なんだよこいつ…ヒーロー気取りか?」
「おら、やっちまえ!」
男たちが一斉に湊斗へ向かう。
殴る、蹴る、押し倒す。
それでも湊斗は、蓮の前から動かなかった。
「やめなさい!」
その時、鋭い声が校庭に響いた。
声を出したのは、深雪だった。
「ひっ……お、覚えてろよ!」
男子たちは高学年におびえたのか、顔をひきつらせながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「大丈夫?」
深雪は湊斗に手をやり、起き上がらせた。
「大丈夫だよ姉さん。それより、この子、俺が家まで送ってく。」
「わかった。気をつけてね。」
蓮は、声を出せずにいた。
今にも泣き出しそうな顔で、湊斗の背中を、じっと見つめていた。
湊斗は頭を掻き、そっぽを向き、一言言った。
「だい、じょうぶか?」
蓮はその一言に安心したのか、湊斗に泣きながら抱き着いた。
「怖かったよぉ!うわぁぁぁぁん!!!」
「ちょっ!…泣くなよな……」
湊斗は蓮を振りほどき、ポッケからティッシュを取り出し、蓮の涙と鼻水を拭いた。
「あんなやつら、もう関わるなよ」
「で、でも…」
湊斗は立ち上がり、蓮に手をやる。
「俺が、守ってやるからさ」
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それから湊斗と蓮は、こうやってずっと一緒にいる。
「ボクのこと助けてくれたし…」
「おい思い出させんな」
湊斗は、あの日と同じように、詩羽を守りたいと思っていた。
あんまりしっくりこない話だったんですけどね…3000文字が越えちゃって(笑)
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