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第2話 名前は詩羽

「結城、詩羽…です……」


 湊斗は事情をすべて話した。

 帰る途中の公園のベンチで少女、詩羽が一人寂しく座っていたこと。そんな詩羽を放って置けなくて、自分も付き合ったこと。缶コーラを奢ったこと等々。

 テーブルを湊斗、詩羽、父の広見、母の萌花で囲み、いつもの穏やかな高城家の空気は、すでになくなっていた。



「詩羽さんね。これからどうするんだい?親に連絡は?」


 広見は詩羽に圧をかけるように問いかけた。


「親には……」


 圧をかけられていることで少し怖がっているのか、詩羽は顔を下へ向ける。


 湊斗は詩羽の状況を察し、「言いたくないのだろう」と解釈した。


「なぁ父さん、流石に今日くらいなら良くないか?もう時間も遅いし、疲れてるみたいだから休ませてあげようぜ。」


 湊斗は広見に「察してくれ」と顔で訴えた。

 広見は湊斗の頼みを断れず、でも泊まらせるわけにはいかなかった。


 思春期の男子と女子が一つ屋根の下で眠ることは、広見にとってはありえないことだった。

 広見にとっては不愉快でしかない。

 仕事も今現在、忙しくなってきたころだって言うのに、トラブルに巻き込まれたりされたらたまったもんじゃない。

 ボサボサの髪、湊斗と同じ高校の制服で、結構きっぱりしているのに、だらしない着こなし方…

 明らかにこの少女はある問題に突っかかっている。

 そして、我が息子にそんなことはないと思うが、()()な関係なのかも知れない。


 あらゆる思考が広見の頭を駆け巡る。



 その瞬間、リビングのドアがガチャリと開いた。


「んー、なにやってるん?」


 そこには、目を擦り眠そうにしている姉、深雪が立っていた。


「深雪ちゃん?また寝てたの?」


 深雪は萌花が質問しているのを、軽く返す感じでキッチンに向かった。


「うん。だって眠くなっちゃったから、明日1限からあるし。」


 深雪はこう見えて大学生だ。

 湊斗の2歳年上で、電車で数分の大学に通っている。

 母譲りの美貌を受け継いで、小学、中学、高校、そして大学と、すべての学校でモテた。

 そのせいで湊斗は、深雪に寄ってたかっている男子たちの駆除をしなくてはならなかったのだが、湊斗も湊斗で案外モテていたので、深雪の近くに居れば、男子避けの効果は抜群だった。


 だが、外と家の中とでは全然違う。

 服装からしてまず違う。

 外出するときはモデルさんが着るような服を着用し、お嬢様のような振舞い方で周りを魅了する。

 だが家では、ダボっと着る少しでかめのTシャツ、そしてボクサーパンツを着用。それだけ。

 本人が言うには「大きめなTシャツでパンツは隠れるだろう」という理由でズボンは履かないらしい。実際、結構見えている。



 深雪はコップに水を注ぎ、うがいを始めた。


「――んで、なんで知らない女子がうちの家にいるのー?」


 深雪はキッチンのシンクに口に含んでいた水を吐き出し、そうテーブルを囲んでいたみんなに問いかけた。


「湊斗の彼女さん!詩羽ちゃんって言うんだ~」


 萌花はさっきまで重かった空気を破壊するような、柔らかい声で深雪にそう伝えた。

 だが、湊斗は萌花のことを必死に否定する。


「さっきちゃんと話したよね母さん…?彼女じゃないって!」

「あらあらまたそう言って~」


 萌花と湊斗が仲良く話している隙に、深雪は詩羽に近づき、耳打ちをした。


「詩羽ちゃん、だっけ?ごめんね。うちの弟の彼女設定になっちゃって。」


 詩羽は深雪の言葉を必死に否定するようにぶんぶんと顔を左右に振る。


「…いや……少しだけ…嬉しい…」


 詩羽は湊斗と萌花のやり取りを見ながら、少し儚げな笑顔を見せた。

 その瞬間、深雪はなにかを察した。


「ごめん湊斗。彼女ちゃん借りるね。」

「ちょっ深雪!まだ話は終わって…」


 深雪は両手を合わせながら湊斗に謝った。

 広見もそれに対して止めようとしたが、深雪は詩羽の手を取り、すぐにお風呂場に連れて行った。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「詩羽ちゃん、なんで湊斗と一緒にうちに来たの?」


 深雪も大体は察していた。

 ボサボサな髪、制服はきっちりとされていない、おまけに公園に一人寂しくいる。

 ここまでそろえば流石に誰でもわかる。



「…親に捨てられたんでしょ?」



 でも深雪は「家族喧嘩」とかそのような小さなことではなく、「親に捨てられた」と解釈した。

 普通なら、家族喧嘩をして、親に「家を出てけ!」的なことを言われ、本当に出て行った。そう思うだろう。だけど深雪にはそれとは違うなにかを感じた。


 その理由は二つ。

 まず言葉数が少ないこと。

 言葉数が少なければ家族と喧嘩することもできないだろう。まぁ家族の前だけ言葉数が増えるのであれば話は別だが。

 だけど、ここまでボロボロだったら、家族の前でも言葉数が少ないのも頷ける。

 親に暴力を振るわれて何も言えなくなったと結び付けれるからだ。


 そして、


 深雪は詩羽の制服の胸元にあるリボンを、強引に緩めた。


 そこには、500円玉くらいの大きさもある痣があった。


「…ほらね。」


 湊斗達以外には見えなかった、というより、詩羽は隠していた。

 深雪は突然リビングに来たから、その時にちらりと見えてしまっていたのだ。

 その時点で、大体のことは察した。


「湊斗には黙っておくけど、自分がつらいと感じたら自ら言うことだね。」


 深雪が言ったところで何も変わらない。そのことに関しては深雪自身もわかっていた。

 大学生だし、そしてモテてしまう。影響力はあるだろうけど、周りにはそんな現状をそらすような存在がいっぱいいる。

 深雪が頑張って何か言ったところでこの問題が解決するわけではない。

 時間が何もかもを流し、何事もなかったかのように普段の生活に戻る。

 深雪自身が言うより、詩羽自身が行動を取らないと、この状況は打開できない。そう判断した。


「私…親に捨てられてない…です……」



 深雪は「そう来るか」と頭を悩ませる。

「どうしてそんなこと思うの?」と聞こうとしたが、流石にこれ以上は首を突っ込む訳にはいかないと、深雪は悟った。


「んー、自分がそう思うならいいんじゃない?私がどうこう言う権利はないし…」


 深雪は詩羽に背を向けながら手をあげ、お風呂場を出ようとした。


「流石に今の状態じゃあれだし、お風呂入りな。シャンプーとかは私の使っていいから。」


 詩羽は深雪の行動に憧れを持ちながらも、少し戸惑い、お風呂にゆっくり入った。




「…さて、私も寝よっかな。」


 深雪は階段をのぼりながら、ぽつりとつぶやく。


「私もブラコンなんだなぁ。」

文字の間違いがあったら言ってくださると嬉しいです。

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