第12話 取り戻す
湊斗は詩羽と初めて会った公園のベンチに、一人寂しく座っていた。
「――はぁ…」
街灯がぽつりぽつりと、夜の街を柔らかく照らしている。
9月に入り、日暮れも早くなった。吹き抜ける風は思った以上に冷たく、半袖のシャツでは肌に突き刺さる。
湊斗は膝を抱えて、街路樹の影に小さくうずくまった。
(俺……なにやってんだろ)
頭の中に浮かぶのは、あのみんなとの衝突。
声が出なかったこと。比べてしまったこと。詩羽の歌声が頭から離れなかったこと。
すべてが絡まって、抜け出せない。
その姿は街灯よりも弱々しく、それでいて、どこか儚い光を放っていた。
かつて自分が救ったはずの少女と同じような、そんな感じだった。
トットッ、と足音が近づいてくる。
湊斗は気にしないふりをした。どうせ通り過ぎるだろうと、顔を伏せたまま肩をすくめる。
だが、その足音は、彼の目の前で止まった。
「……やっぱり、ここにいた」
聞き慣れた声。
湊斗はゆっくり顔を上げる。
そこには詩羽が立っていた。肩で小さく息をして、でもどこか安心したような笑みを浮かべている。
「どうして……」
「なんとなく、わかった。湊斗が落ち込んでるんじゃないかって」
詩羽はそう言って、ベンチに腰を下ろした。
二人の肩が、ほんのわずかに触れる。
その温もりが、冷え切った心にじんわりと広がっていく。
けれど湊斗は、言葉を飲み込んだ。
原因を素直に打ち明けられない。詩羽がきっかけでバンドが崩壊しかけているなんて、詩羽に背負わせるわけにはいかなかった。
勿論、詩羽だけのせいではない。
けれど、どうしても口にできなかった。
沈黙が続く。
風が街路樹を揺らす音と、遠くを走る車のエンジン音だけが耳に残った。
そんな中、詩羽は小さく息を吸い込み、不意に立ち上がった。
そして、すぐ近くの自動販売機の前で立ち止まる。
「……ねぇ」
「……」
「お金、持ってる?」
「ん……ぷっ!」
湊斗は思わず吹き出した。必死にこらえようとしても、もう無理だった。
「あははははは!」
「わ、笑わないでよ……!」
「わかってる、わかってる……でも……んはははは!」
笑いながら立ち上がり、湊斗は財布を取り出した。
詩羽の隣に立ち、ボタンを押して缶コーラを買う。
「はい」
「……あったかいのがよかった」
「贅沢言うな」
軽く片手チョップを入れると、詩羽は「いたっ」と小さく口を尖らせた。
でもその顔に、湊斗も自然と笑みを浮かべる。
ふたりは並んで缶を開け、炭酸の弾ける音が夜に小さく響いた。
「俺……バンド、うまくいかなくてさ」
「みんなとも喧嘩して……なんか、全部どうでもよくなった」
缶を唇に当てながら、詩羽は真剣な表情で彼を見つめる。
言葉は挟まなかった。ただ、耳を傾けてくれていることが伝わってきた。
「俺、やっぱり怖いんだよ。詩羽みたいに歌えない自分が……。」
「歌声が詩羽の足元にも及ばないって、そう思った瞬間に、喉が塞がるんだ」
吐き出すように言った湊斗の声は、震えていた。
沈黙。だけどその沈黙は、拒絶ではなく優しさを含んでいた。
「……私は」
詩羽が小さく口を開く。
「私は、湊斗の歌声が好きだよ。」
「…?」
湊斗は少し疑問に思い、首を傾げる。
「まだ少ししか聞いてないけど、たまに聞こえてたんだ。」
「学校の教室から、湊斗の歌声が。」
湊斗は少しきょとんと驚いたが、すぐに辻妻が合い、納得ができた。
「そういえばあのときは学校で練習してたわ」
「まだこの歌声が湊斗だっていうのがわからなかったけど、湊斗助けてもらって、全部わかった」
湊斗の胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
それでも照れ隠しのように、苦笑いを浮かべた。
「……お前、ほんと変わってるな」
「変わってるのはお互いさま」
ふたりは小さく笑い合った。
湊斗は深く息を吸い込み、夜空を仰いだ。
「まぁでも、また少しだけ頑張ってみようと思う」
「どうして?」
詩羽は首を傾げて湊斗に聞いた。
そんな詩羽を見ながら、湊斗は真剣な眼差しで詩羽を見た。
「俺の傍には、詩羽がいるからさ」
言葉に嘘はなかった。
湊斗の傍に、詩羽がいる。
詩羽がいる限り、湊斗のことを助けてくれる。
だから、湊斗も詩羽を助けよう。ただそんな単純な考えだった。
詩羽は少し頬を赤らめながら、小さく「うん」と答えた。
その返事に、湊斗は「ありがとな」と呟く。
照れ隠しのような言葉だったけれど、心からのものだった。
詩羽は缶を置き、そっと湊斗の肩に頭を預けた。
湊斗も驚きながらも、その重みを受け止める。
街灯の光が二人を包み込む。
冷え切った心に、確かな温もりが届いていた。
そして、ほんの少しだけ未来を信じられる気がした。
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ふたりは並んで2本目の缶を開け、炭酸の弾ける音が夜に小さく響いた。
「流石に寒い」と、2本目は缶コーラではなく、温かいココアを選んだ。
手元に広がる温もりと、はたまた隣にもそのような温もりはあり、湊斗も詩羽も心底安心できた。
「…ねぇ、もし湊斗が歌えなくなったら」
「…ん?」
「そのときは、私が一番近くで、聞いてあげる。一番下手でも、一番かっこよくても、全部」
「……なんだよ、それ」
「だから安心して歌って。私は湊斗の一番のファンだから」
その言葉に、湊斗は一瞬言葉を失った。
喉の奥が熱くなるのを誤魔化すように、缶をもう一口あおる。
「……俺はもう歌えるようになったけどな」
「もしも。もしもの話ね」
二人は顔を見合わせ、また小さく笑った。
湊斗の心に小さな灯がともっていた。
どうもみなさんおはようございます。
1週間以上書けていませんでした!すみません!
そして昨日知ったのですが、9月24日水曜日に[日間] 現実世界〔恋愛〕ランキングの58位にランクインしました!(今はもう入ってないですけど…笑)
最初見たときは本当にびっくりして、本当にみなさんありがとうございます…!
これからも頑張って書いていきたいなと思っているので、ぜひブックマークや評価をしてくださると嬉しいです!制作の励みになります!