第10話 秘密の歌声
「……え?」
湊斗は愕然としてゆっくりと後ろを向いた。
不意に聞こえてきた詩羽の歌声が、頭の中で作っていた未完成のメロディとぴたりと重なったからだ。
そこには楽譜を手にして、小さく鼻歌を歌う詩羽の姿。
声は震えているはずなのに、妙に真っすぐで、胸にすっと入ってくる。
湊斗はしばらく呆然と聴いて、やっとのように言葉を出した。
「詩羽……歌、歌えたのか…?」
詩羽は一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を赤らめて俯いた。
「……ご、ごめん!部屋入っちゃって」
湊斗は首を横に振った。
「いや、謝ることじゃないけど……」
そう言いかけて、言葉が喉で止まる。
胸の奥がざわめいて、簡単に言葉にならなかった。
「詩羽の声、すごくいい。俺の曲に……、ぴったりだ」
詩羽は顔をさらに赤くし、両手にぎゅっと力を入れた。
「……そ、そう……?」
湊斗は真剣なまなざしで詩羽を見つめた。
「本当に……びっくりした。完成しないって思ってた曲が、お前の声で一気に完成したんだよ」
言葉にしながらも、自分でも信じられないような感覚だった。
まるで、最初からこの瞬間のために曲を書いていたかのように。
詩羽は照れくさそうに視線を逸らし、小さな声で返す。
「……でも、私……人前で歌ったことなんて、ほとんどないし……」
「いいんだよ」
湊斗はそう詩羽を安心させるようにギターを軽く鳴らした。
「俺の前だけでいい。試しに合わせてみるか?」
詩羽は一瞬戸惑ったが、湊斗のまっすぐな目に押され、こくりと頷いた。
湊斗がコードを鳴らし始める。
部屋に柔らかい音が広がり、そこに詩羽の歌声が乗った。
最初はおそるおそるだったが、数小節も経たないうちに、彼女の声はギターの音を包み込むように伸びていった。
湊斗の胸に、熱いものが込み上げる。
(……これだ)
やがて一曲分を歌い終え、静寂が訪れる。
詩羽は肩で小さく息をしながら、不安そうに湊斗を見た。
「……どう、だった?」
湊斗は一拍置いて、笑った。
「最高だよ。詩羽となら……きっと何か、すごいことができそうな気がする…」
詩羽は照れくさそうに目をそらした。
「……でも、すごいことって……私じゃ無理だよ」
「そんなことない」
湊斗はすぐに否定し、けれど少しだけ視線を落とした。
「……まぁ、俺には今、バンド仲間がいるからさ」
その言葉に、詩羽は小さく「そっか」と呟いた。
ほんの少しだけ寂しそうに見えた気がして、湊斗の胸がざわつく。
(何だよ……この気持ち)
湊斗はギターを置き、わざと明るく笑ってみせた。
「今のはマジで衝撃だった。ありがとな」
「……うん」
詩羽も小さく笑い返した。
それは、これまで見せた中で一番自然な笑顔だった。
湊斗はその笑顔を見て、胸の奥に小さな決意が芽生えるのを感じていた。
まだ言葉にはできない。
けれど確かに、何かが動き始めていた。
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「一人で留守番できるか?」
「…できるよ」
湊斗は少しだけ笑い、詩羽の頭にポンと手を置いた。
「すぐに帰ってくるから、暇だったら俺の部屋でも漁っててくれ」
「…わかった」
湊斗は微笑みながらもその手を離した。
今日は午後5時からバンド練習だ。
その理由としては、みんなの予定が埋まっていたから。
ギリギリ5時からならみんなで集まれるそうだ。
普段、そういう隙間時間があるときに湊斗は、作曲に手を出していた。
理由としては、これからバンドを続けていくにあたって、自分で曲を作ってそれを演奏しなければ売れることはさらさらないからだ。
だから、少しだけ手を出してみて、試行錯誤を繰り返し行い、最終的にバンドでその曲を披露しようと考えていた。
でも流石に文化祭までには間に合わないと悟ったから、こうしてゆったり時間ができたら作曲をしている。
(…詩羽の歌声……綺麗だったな)
湊斗はこれまで男性ボーカルのバンドしか聞いてこず、女性ボーカルはあまり好きではなかった。
低音が入っていて、でも全力で声を出して高い声を出していることから、力強い男性ボーカルの声が好きになった。
女性ボーカルは、なんとなく針のようなもので耳を刺すような、そんな感じに湊斗は捉えてしまったのだ。
そこからはずっと聞いていなく、たまに流行りの曲を聞くくらいになってしまった。
でも、詩羽の歌声は…
(柔らかくて、温かい声…)
湊斗はそう思ったのである。
そう考えながらも歩いていると、手を大きく上げて振っている人物を目にした。
「おーい!湊斗ー!!!」
「あっ、楓真ー!」
お互いに少しだけ走り、そして目の前に来た時に大きくハイタッチをした。
「よー!」
「よー楓真!あれバイトは?まだ4時くらいだけど…」
「あぁー、今日は早上がりできたんだ」
「そうなのか。良かったなー」
楓真はいつも通りの湊斗の姿を見て、少し安心しているように見えた。
そこでふと思いだしたことを湊斗に聞いてみた。
「あれ、そう言えば前言ってた”公園の子”はあれからどうなったの?」
湊斗はそう聞かれ、鼓動が激しくなり始めた。
(…流石に、隠したほうが良いよな……)
怪しくなりながらも、湊斗は隠すように話し始める。
「あ、あの子…?あぁー、最近見てないんだよ…!」
「…ふぅーん?」
そんな怪しい湊斗に楓真は察しがついていたが、これ以上深堀することはやめておいた。
そしてもう一つの疑問を湊斗にぶつけた。
「あっ!新曲はどう!?」
突然の問いに、湊斗の心臓がドクンと跳ねた。
頭に浮かんだのは、ギターじゃなく――詩羽の歌声。
「……まぁ、ぼちぼちだな」
苦笑いを浮かべて答える湊斗。
けれどその胸の内には、仲間にはまだ言えない秘密のメロディが、確かに残っていた。
よかった、一日おきに書けた…
ってことで安心している自分です(笑)
そう安心しているんですけど、この話は結構手抜きです(笑)
まぁでも、しっかりと読んでくださると嬉しいです!
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これまで宣伝などしていませんでしたが、やっぱりしてくれると嬉しいです(笑)
よろしくお願いします!