第二王女クシナ
「クソ……!
クソ! クソ! クソ!
クソアアアアアッ!」
――バン! バン! バン! バン!
床の新聞紙どもへ、さらなる怒りの蹴りを叩き込み続ける。
だが、薄っぺらな紙切れたちが、床に広がった状態となっているのだ。
使っているのが安物の紙とはいえ、打撃攻撃は効果が薄く、いまいち、ダメージが入らない。
「クソがあああっ!」
なおも怒りのまま、ギアを上げるわたし。
第一王女付きの侍女たちは、ブチギレたわたしの様子を見て、オロオロとうろたえるばかりであった。
そんな侍女たちの間を、かき分けて……。
わたしに声をかける者が、一人。
「お姉様。
第一王女ともあろうお方が、そんなにクソクソと連呼してはいけません」
「ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク!
ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク!」
「横文字にすればいいというわけでもありません。
というより、よけいに悪くなっています」
年頃のやわらかな声質でありながら、それ以上に硬質な気性が強く表れている声……。
それは、背後……わたしの頭より、いくらか低い所から発せられていた。
「ハァー……ハァー……。
そうね。
ひとしきり蹴りをぶちかまして、どうにか怒りを発散できたわ」
「むしろ、あれだけ怒りを持続できる執念深さに、このクシナは感嘆しております」
いまだ消え切らない怒りとわずかな疲労で肩を震わせながら振り返ったわたしへ、我が写し身のごとき少女が涼やかに答えた。
年齢は、12歳。
マグニシ美人として必須の長く艷やかな黒髪と、黄金の色をした瞳はわたしと同じ。
何より、もう数年すれば、甲乙つけがたき絶世の美人姉妹として並び立つことが約束された愛らしい造作の顔つきが、血の繋がりというものを物語っている。
大きな差異と言えるのが、そのまま真っ直ぐに髪を伸ばしているわたしと違い、何房かの渦巻き状に髪を巻き上げているところだろう。
あとは、洋装を好むわたしと異なり、今もそうしているように、華やかな色の着物姿でいることが多いことか。
あまり感情の抑揚を感じさせない彼女だが、やはり、女の子であるからには、着飾りたいもの……。
かつ、容姿の方向性が似ている姉との差別化も図りたいというのは、うなずける心理であった。
そう……彼女の名は、クシナ姫。
我が愛すべき妹であり、マグニシ王国の第二王女であった。
「フゥー……。
少し、みっともないところを見せてしまったわね」
「自走爆雷車輪爆発事件や、無線誘導弾女湯特攻事件に比べれば、なんということもありませんとも」
「あー、あー、聞こえなーい!」
両手で耳を塞ぎ、かつ、口もぽかりと開けるという爆発物にすら対応可能な聞こえないポーズとなって、空とぼける。
あれはな……黒歴史なんや。
前者は海岸線が多い我が国を防衛する上で有力な兵器になると思って開発したし、後者に至っては、そもそも基礎技術力を高める目的もあっての研究だから、可能な限りの軽量化など、考えられる限りの安全策を講じたのだ。
それが、砂浜での空転を始めとする失敗の連続に終わったり、無線誘導から外れたのはともかくとして、神風めいた突風に見舞われ女湯の壁へ突っ込んだりするとは……。
いずれも、死人が出なかったから笑い話にできている失敗談である。
だが、失敗は成功の母。
得られたデータを基に、もっと素晴らしい発明をしてみせるわ!
「それで、こんな朝からどうしたの?
別段、わたしの古傷へ塩をなすりつけに来たわけではないのでしょう?」
「もちろんです。
お姉様は、昨日せっかく帰国なされたというのに、記者会見後はすぐさま各企業の会長たちと話し合いに赴かれているのですから……」
「それは……不可抗力よ」
ちょっと寂しそうな様子を見せる妹に、若干の申し訳なさを感じつつもそう告げた。
何しろ、事態が風雲急を告げているのだから、各社トップとの会合は必要不可欠であり、事前に電報で呼びかけていたのだ。
実際に何を言われたかって? みんな、わたしがレオン皇子に何か粗相をしたのではないかと疑っていたとだけ言っておこう。
失礼しちゃうわ、本当。
さておき、可愛い妹の用件である。
彼女は、無表情にわたしをジッと見つめながら、こう言ったのだ。
「ですので、お父様が会いたいとおっしゃっています」
「ゲェー」
「お姉様、はしたないです」