表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

婚約破棄公式発表

 古代のそれを思わせる建築様式で造られた壁は、見上げた夜空のそれよりも深い黒色に染め上げられており……。

 六本の円柱が正面玄関を支え、その上に三角形のペディメントが戴かれた様は、帝国の威厳をそっと語っているかのようだ。

 エンパイア·グランド·ホテルも存在するブロードウェイ頂点部で、広大な緑地に佇みし漆黒の神殿がごとき巨大建築物……。

 その名は、ブラックハウスという。

 トラメリア皇族が住まう住居であり、かつ、トラメリア帝国における政治的中枢としての機能も備えた建築物であった。


 その正面玄関を全長四メートルサイズの人型マシーン二機が守護している様は、まさしくこの大蒸気時代を象徴しているかのような光景であり、トラメリア帝国の強さをも表している。

 当然、二機の人型蒸気は国産品。

 その名を、ガトラスという。


挿絵(By みてみん)


 人型蒸気であるからには、当然ながら二本の足と一対の両腕を備えているが、ガトラスという機体に特徴的なのは、ホモサピエンスというよりも、ゴリラのそれに近いシルエットをしていることだ。

 つまり、両腕部が全体的なボディバランスに比して、巨大であるということ……。


 これは、不整地における高い踏破性という人型蒸気に求められる要項を、販売元であるオルモビ社なりに追求した結果であった。

 そう……この機体は、ナックルウォークというゴリラ独自の歩行法を、超真空管にプログラミングされているのである。

 結果――二足ではなく四足歩行しているのだから当然だが――不整地における高い踏破性を獲得しただけでなく、平地においても思わぬ直線走行力を発揮。

 さらに、このブラックハウス警護任務へ当たっている機体たちは、ナックルウォーク時に武器が使えぬという課題を解消するため、右肩部に機関砲を増設するに至っていた。

 そのような改造が可能となったのも、トラメリア帝国内の企業が得意とするハイパワーな蒸気機関あってこそ。


「高トルク! 重装甲! デカさ!

 まさに、このガトラスこそは、トラメリア帝国の精神が形になったかのような機体であり、人型蒸気開発史に残る傑作であるといえるだろう!」


 正面玄関警護の任に就くガトラスらを見上げたレオン皇子は、いつも通りの舞台役者じみた大げさな動きを交えながらそう叫び、振り返る。

 振り返った先に居並ぶ者たち……。

 それは、トラメリア帝国内有力企業の歴々であったり、新聞記者たちであったりだ。

 彼らが、ここに集められた理由はただ一つ。

 マグニシ王国の新型機お披露目会で、突如宣言した婚約破棄について、正式な声明を行うためである。


 そう、声明だ。

 記者会見ではない。

 そのため、誰かに質問をされたりすることもなく、レオンはただ己の考えのみをつらつらと語った。


「見て分かる通り、圧倒的な格好良さすら備えたこの機体……!

 発表当時、販売元であるオルモビ社もボクたち皇族も、さぞかしバカ売れするだろうと思ったものだ。

 ……が」


 そこまで調子よく語った皇子が、不意に悲しげなそぶりを見せる。

 それには、中央トラメリア海溝よりも深い嘆きが宿っており……。

 存外、役者としての才能はなかなかであると思わされるものだ。


「……残念ながら、売れ行きはよくなかった!

 マグニシ王国の人型蒸気に、競争で負けた形だ!」


 ――Oh……!


 皇子へ同調するように嘆いてみせたのが。有力企業から参じた面々だ。

 マグニシの製品に押されている分野は、何も人型蒸気だけではない。

 自動車や時計はもとより、超真空管のような必須部品においても、かの島国が生み出す品々は世を席巻していた。

 世界最強国家を代表する企業の重役たちとして、そんな状況が面白いはずもない。


「だが! それはこれまでの話だ!

 ――時間だ!

 時間さえあれば、ここにいる諸君らの経営する企業は、必ずやマグニシ以上の製品を生み出すと確信している!」


 ――Yeah!


 今度は、歓声。

 のみならず、拳まで突き上げる重役の面々だ。

 果たして、本当にそれが可能なのか。

 つっこむ人間は誰もいない。

 ただ、可能であるという確信だけが彼らにはあった。


「ゆえに、ボクは婚約を解消し、マグニシ製品に重度の関税を課す!

 今日は、ボクが婚約解消した日ではない!

 我が国が、極東の島国との付き合い方を見直し、産業界リーダーとして返り咲く第一歩を歩んだ日だ!」


 ――Yeah!


 今回の歓声は、カメラのフラッシュというオマケ付きだ。

 かくして……。

 レオン皇子が発した言葉は、帝国内主要新聞社の手により、一言一句余すことなく世間へと届けられたのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ