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怒りのミヤビ

 ――エンパイア·グランド·ホテル。


 22階建て2,200室という文句無しに世界最大規模を誇る巨大さのホテルであり、その外観は、さながらレンガ建築の城がごとしである。

 だが、レンガを使っているように見えるのは、あくまで外観上のこと……。

 実態は、異なった。

 では、どうやって建てたのかといえば、これは鉄骨鉄筋コンクリートと呼ばれる最新式の工法だ。


 引っ張る力に強い鉄筋……。

 圧縮力に強いコンクリート……。

 特性が異なる二者を組み合わせることで、極めて高い耐久性のみならず、高い防火性や防音性すら備えているのである。


 しかも、この工法……工期が――早い。

 驚くべきことに、着工から開業に至るまでの工事期間は、およそ二年ほどであるという。

 これだけの大規模建築物を、帝都ブロードウェイのド真ん中へ建てたにも関わらず、であった。

 これがどれほどの偉業であるかを語り出したなら、余裕で本一冊はかけることであろう。

 確かなのは、我が愛すべきマグニシ王国では絶対に不可能だということ……。


 公表されている建設費は、およそ600万ドル。

 こういったものは一概に換算できるものではないが、我が国の主力駆逐艦が四……いや、五隻は建造できるであろう金額だ。


 何をするにもスケールが違う。

 人、物、金……あらゆる面において、極東の島国では到底太刀打ちできない巨人であることが、窓からの景色を見れば、実感できてしまう。

 エンパイア·グランド·ホテルのスイート……つまり、世界で最も高価で豪華な宿泊部屋の巨大な窓から、夜になっても消えることがないおびただしい街の光を眺めつつ、わたしは肩を震わせていた。


 左手で握り締めしは、鞘に収まった状態の刀。

 武士道とは、死ぬことと見つけたり……。

 修羅道とは、倒すことと見つけたり……。

 我、悪鬼羅刹となりて、目の前の敵すべてを――斬る!


 ――カチャリ!


 決意と共に鯉口を切ったわたしの右手首が、しかし、むんずと伸ばされた手によって掴まれる。


「姫様! ご乱心はいけませぬ!」


 齢70を超えようとも、スーツに包まれた体はピシリと背筋が伸びていて、わたしの手首を掴んだ手にこもる力も万力のよう。

 平均寿命をとっくにオーバーしているが、あと十年は長生きするだろうと確信させる老人……。

 我が腹心であり、ジイと呼べる人物……シムラが、唯一老いの反映されている後退した頭を光らせながら、わたしに叫んだ。


「シムラ! 止めるな!

 レオン·トラメリア……。

 あの邪智暴虐の化身は、わたしが斬らねばならぬ!」


「お気持ちは分かります!

 ですが、どうか! どうか!

 我が国のためを思うのならば、怒りをお鎮めください!」


「怒りを鎮める……?

 あのトンチキは、わたしが三年かけて開発した新型機のお披露目を台無しにしたばかりか、婚約の破棄まで一方的に告げてきたのですよ!」


 あれから……。

 シムラに今告げた通り、セントラルボールパークを借り切っての新型お披露目会は、冷ややかな空気となって解散になった。


「そんな高い税金がかかっちゃうんじゃな……」


「最初から手が届かない物のお披露目を見たって、仕方がないよな」


 会場内で案内係などを務めていた手の者によると、帰っていくお客たちはそんなことを漏らしていたという。

 いや、それだけではない。


「自動車、人型蒸気、ラジオに時計……。

 今まではマグニシ製品を買っていたけど、もうそれもおしまいかあ」


「税金が十倍以上に跳ね上がるんじゃなあ」


 ……なんてことも、言っていたらしいのだ。

 ことはすでに、新人型蒸気のお披露目云々だけではない。

 我が国とトラメリアとの貿易全体にまで及んでいるのである。


「思い返すだけで、腹立たしい!

 やはり、あのタコ皇子は斬らねば!」


「姫様! 後生ですからおやめください!」


「そうです! 国交を断絶させるおつもりか!」


「こういう時は、六秒間数えるのです!」


 シムラだけでなく、他の家臣たちも口々にわたしを止めようとしてきたが、もはやわたしの怒りは有頂天! 時すでに時間切れだ。


「誰が止まるものですか!

 一方的に、関税を平均十倍にするなどと……!

 十倍……! 十倍……!」


 怒りのまま、シムラを振りほどこうとする。

 そうだ! 絶対に許してはならない!

 関税を、そんなに引き上げるなどと……!

 関税を……!

 関税……。

 関……。

 ……。


「……そういえば、関税ってなんだったかしら?」


「「「「「――だあっ!」」」」」


 わたしの言葉に、家臣一同がズッコケてみせた。

 それはそれはもう、美しさすら感じられるコケ方であり……。

 ズッコケる動作とは、かくあるべしというものであったと思う。


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