009 - しゃこたーん -
009 - しゃこたーん -
ぱぁっ!
「これで5個、まだ足りないなぁ」
ベネットおじさんが帰って2日経った、僕は朝から作業場で魔石に魔力を注入している。
この魔石には魔法陣が描かれていて魔力を大量に保存できるのだ、勝手に魔力弾と名付けているのだけど魔力の使用を首輪で制限されている僕が大掛かりな魔法を使う時に必要になる。
もちろんアルファ王国の王家には秘密にしている、こんなのがバレたら反逆の意思があると思われて捕まってしまうだろう。
「ちょっと遅くなったけどお店を開けようか・・・」
・・・
「ふぁぁぁ・・・」
僕は大きなあくびをして目の端に溜まった涙をローブの袖で拭う。
それにしてもベネットおじさんのせいで散々な目に遭ったなぁ、でもようやく平穏な日常が戻ってきた、馬に食べられてしまった裏庭の薬草は僕の魔力を浴びせたら新しい芽が出た。
高価な薬草だったからこれで一安心だ。
・・・
カラン・・・
「いらっしゃいませー」
「ファビオラお姉しゃん・・・」
お店に入ってきたお客さんはソアラちゃん、宿屋の娘さんで今年で9歳になる幼女だ。
「ソアラちゃんおつかいかな?」
「うん、お母しゃんがほおんのまほうじん?を30まい買って来てって・・・」
僕が作った保温魔法陣はこの街の住民に大人気だ、本業の薬草や薬よりよく売れている、ソアラちゃんのお家・・・「シャコターンの宿屋」でも食堂のお料理を保温する時に使っているらしく頻繁に注文が入る。
「しばらく姿を見てないけどニコイチおじさんは元気?」
「・・・」
返事がない・・・
「おじさんに何かあったの?」
「うりゅ・・・少し前にね、怖いお兄さんが家に来て・・・お父しゃんが・・・」
「え?」
泣いているソアラちゃんに詳しく話を聞いたところ何日か前にお父さんが2人組の男に襲われてお腹を刺されたらしい、多分この前僕が「処分」した悪党どもの生き残りだろう・・・まだ仲間が居たのか・・・。
ニコイチさんは病院に運ばれて治療してもらったのだけど重傷で今もベッドから起き上がれないらしい。
・・・
僕はお店の扉に「休憩中」の札を掛けてソアラちゃんと一緒に「シャコターンの宿屋」に向かっている、カバンの中には貴族向けじゃない「魔女の涙」が2本、ソアラちゃんと僕は手を繋いで細い路地を歩く。
ニコイチさんは入院費が高過ぎるからと昨日から自宅療養に切り替えたそうだ。
カラン・・・
「いらっしゃいませー・・・ってソアラ、それにファビオラちゃん?」
宿の受付から出てきた女性はニコイチさんの妻でグローリアさんだ。
「こんにちは!、ニコイチさんが怪我をされたと聞いてお見舞いに・・・それから保温の魔法陣30枚お買い上げありがとうございますっ!」
僕はカバンから魔法陣の描かれた紙の束をグローリアさんに手渡した。
「あらあら、それはありがとう、旦那は奥の部屋で寝てるわ、命に別状はないのだけど動けなくてねぇ」
「うん、お邪魔しまーす」
こけっ!
ごっ!
「あぐっ!・・・痛ったぁぁい!、柱の角ぉぉぉ!」
「わぁぁお姉しゃん!」
「大丈夫かい?、ファビオラちゃんいつもそこで躓いてるけど、段差を直した方がいいかねぇ・・・」
「あぅ・・・他の人は大丈夫だと・・・思うから気にしないで・・・」
派手に転んで強打した額を押さえながら僕はニコイチさんが寝ている部屋に入る。
「突然2人組の男に押し入られてね、店の売り上げはギルドの口座に預けた後だったから被害は少なかったんだけど、それに腹を立てたあいつらに刺されちまったんだ」
グローリアさんが状況を説明してくれた。
がさがさっ・・・
「ニコイチおじさん、これを飲んで」
僕はカバンの中から2本の薬瓶を取り出した。
「これは?」
「僕特製のお薬だよ、これは今、こっちの1本は明日の朝もう一回飲んでね・・・多分この2本で傷は塞がると思う」
「・・・まさか」
おじさんが戸惑ってる。
「貴族用じゃない魔女の涙、騒ぎになると困るから僕が渡した事は秘密だよ」
「その薬って1本150万ギル以上する高いやつじゃないか!、そんなの貰えないよ!」
グローリアさんが驚いて僕の手を掴み、差し出した薬瓶を押し返した。
「王室の手に渡った後で市場に流通するのは確かにそれくらいの額だけど、僕は1本5千ギルで納品してるから気にしないで、それに時間さえあればいくらでも作れるし」
「なん・・・だと・・・貴族の奴らそんなに値段釣り上げてんのか!、ファビオラちゃんもよく黙っていられるな!」
ニコイチさんも驚いている、心配してくれるのはありがたいけど・・・僕は首に嵌められている首輪を指で摘んだ。
チャリ・・・
「僕は首輪があるから理不尽な事をされてもこの国には逆らえないんだよ」
そう答えると2人とも黙ってしまった、魔女の首輪の事は貴族だけじゃなくて平民にも広く知られている。
「傷口に僕の魔力を当てると更に良く効くようになるからちょっと待ってね」
ぱぁぁぁっ!
僕はニコイチさんにお腹を出してもらい、傷に魔力を当てた。
「おっ、腹が暖かくなったな」
「これでお薬を飲んでみて」
「・・・じゃぁ、遠慮なく頂くよ」
きゅぽんっ!
ごっごっ!
「ぷはぁ・・・あれ、傷が痛くねぇ」
「まだ包帯は取らないで、明日もう一回お薬を飲んだ後に傷を確認してみてね・・・それから空の瓶は次にお店に来る事があれば持って来て欲しい」
「本当に助かった、宿の料理が出せなくて困ってたんだ」
ニコイチおじさんは宿の経営だけじゃなく食堂で料理も作ってるから人手が足りなかったのだろう、とても感謝された。
「無理言ってここに魔石を置かせてもらってるお礼だよ」
「あぁ、あの黒い魔石な、特に邪魔になってないから気にしないでくれ」
その後僕は宿でニコイチさんの弟子が作った夕食をご馳走になって、断ったのだけどグローリアさんに薬代1万ギルを渡された。
「お料理美味しかったぁ!、じゃぁグローリアさん、僕は帰るから」
「あぁ、本当にありがとうね、この事は絶対に秘密にするから」
「うん、バレたら王様に怒られるからお願いね」
とてとて・・・
「324・・・325・・・っと」
「・・・魔女様」
「ぴゃぁぁ!」
お店に戻り、休憩中の札を外して戸締りしようと思っていたら急に後ろから声をかけられた。
「ゲイリー様・・・」
僕に声をかけたのは王宮からの使者、ゲイリー・ヴェーン様だった。
「の・・・残りのお薬はギルドから送った筈だけど・・・もしかして届いてない・・・とか?」
「いえ、届いております、受け取り状を送っておりますので近日中にこちらへ届くかと」
「えと・・・」
「店の中でお話ししても?」
「あ、はい、どうぞ」
ゲイリーさんは僕のお薬を納品する時の窓口になってくれている人で、王室に近い所にいる偉い人だと聞いている、でもそれ以上の事はよく知らないのだ。
いつもは事務的な会話で淡々と仕事をする人なのに今日は少し雰囲気が違って怖い・・・僕何かやっちゃったのかな?。
「お茶は結構です」
「あ、はい」
お茶を淹れに行こうとしている僕をゲイリーさんが引き留めた。
「今日私がここに来たのは魔女様にお答え頂きたい事があるのですよ」
「はい、何でしょう?」
「率直にお聞きします、ブライアス王国に「魔女の涙」を渡しましたか?」
「・・・」
「答えて下さい!」
「はい、急に必要になったからと使いの人が取りに来て渡しました」
「・・・」
ゲイリーさん黙っちゃったよ・・・。
「なぜ渡したのですっ!」
「えと、僕がこちらに移住する時の条件がブライアス王国で困った事があれば協力を惜しまないという契約でしたので、それに従ったまでで・・・」
だんっ!
「ひぃっ!」
何でテーブル叩くんだよ!。
「次に使いの者が来ても渡さないように!、これは陛下からの命令です!」
「お断りします!」
読んでいただきありがとうございます。
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