001 - ふぁびおら -
001 - ふぁびおら -
「ふぁぁ・・・退屈」
僕は大きなあくびをして目の端に溜まった涙をローブの袖で拭う。
ここは王都の外れにある「ファビオラの薬草店」、置いている商品は魔法薬や薬草、あとは日用雑貨が少しだけ。
賑やかな大通りから脇道に入り、迷路のような細い路地を何度も折れ曲がってようやく辿り着くこのお店には客が殆ど来ない、立地が絶望的なほど悪いのだ。
主な収入源は僕の作る魔法薬をお得意様が纏めて買い上げてくれる代金だ、それと国から定期的に僅かな額の賠償金が支払われている。
このお店は僕が所有している物件だから家賃の心配はしなくていい、税金も免除されているし貯金はギルドの口座にそれなりにある・・・一生遊んで暮らせる額ではないけれど生活に困窮している訳ではない。
僕としてはこのまま平穏な日々が続けば良いと思っている。
・・・
・・・
朝から結構な時間が経った、相変わらずお客は来ない・・・。
退屈過ぎるから僕は頭の中で妄想に耽る、かっこいい王子様に見初められて幸せを掴む貧しい女の子、魔王を倒す為に仲間と一緒に旅に出る勇者・・・もう何冊も本が書けるくらいのネタが出来た。
・・・
・・・
「ふぁぁ・・・」
今日何度目かのあくびをする、目の端に溜まった涙をローブの袖で拭いていると店の扉が開いた。
カラン・・・
2日ぶりのお客さんだ!。
「いらっしゃいませー」
乱暴な足音を立てて入って来た男性は僕の座っているカウンターの前を通り過ぎて更に奥、素材買い取り用のテーブルに歩いて行った。
男の身体からは汗と微かな血の匂いがする・・・僕はゆっくりと椅子から立ち上がりテーブルに向かった。
どさどさっ!
「買い取りですか?、ジョロキーさん」
「おぅ!、護衛の依頼を受けた帰り道でフレイムベアーに襲われてな」
フレイムベアー・・・火を吹く熊型の魔物だ。
「大丈夫だったの?・・・って聞くまでもないか、ジョロキーさん銀級のハンターだもんね」
さわさわ・・・
「えーと、角と牙、心臓と・・・これは肝臓かな?、ちゃんと規定の保存袋に入ってるね、こっちは目玉で・・・」
「ちゃんと処理してるから高く買ってくれよな」
「うん、どれも状態が良さそうだね、じゃぁ全部で18万5千ギルでどう?」
「おっ、なかなか良い値段じゃねぇか、それで頼む」
「ジョロキーさんはうちのお得意様だから大切にしないと・・・でも初めて持ち込む人なら14万ってとこかなぁ・・・お金持って来るからちょっと待ってて」
とてとて・・・
・・・
「はい、18万と5千ギル」
「ありがとよ、他に何か欲しい素材あるか?」
「そうだねー、星見草の新鮮なやつがもう無いかなぁ」
「おいおい!、あれは大森林の入り口まで行かねぇと無いだろ!」
「言ってみただけだよ、商業ギルドに頼んで仕入れて貰うから気にしないで」
「そうか・・・じゃぁな」
「また良い素材が手に入ったら高く買うから持って来てね」
「分かった・・・最近王都で物騒な事件が続いてるから気を付けろよ、知らない男に声かけられても付いて行ったりするな、それから・・・」
「ふふっ、大丈夫だよ僕だって自分の身くらいは守れるし・・・」
「・・・そうだったな」
カラン・・・バタン!
「・・・後で素材の加工処理しなきゃ」
僕はお店の奥にある保管室に向かい、冷蔵の魔道具にジョロキーさんが持ち込んだフレイムベアーの素材を詰め込んだ。
ここで処理をすると血や体液で身体が汚れるし臭くなるのだ、だから僕はいつも夜お風呂に入る前にやっている。
今の男性はジョロキア・スコピルさん、数年前から時々僕のお店に素材を売りに来るハンターだ。
ハンターというのは世界中に支部を展開する組織、ハンターギルドに所属する何でも屋・・・街の住民や貴族様から様々な依頼を受けて報酬を稼ぐ人達の事。
下級ハンターの中には粗暴な連中も居るのだけど最上位の白金級になるとお貴族様からも丁寧に扱われるのだ。
カーン・・・カーン・・・
お昼を告げる鐘は王都の中心にある教会が鳴らしている。
時を刻む魔道具が広く普及しているのに今でも何故か1日に3回鳴らされ続けている耳障りな音を聞きながら僕はお店の扉に休憩中の札を掛けて外に出た。
「お昼は何を食べようかなぁ」
とてとて・・・
外に出る時にはローブに付いているフードを目深に被る。
僕の持っている黒のローブは銀糸で緻密な刺繍が施されている高価なやつだ。
ローブの下にはブラウスとロングスカート、革のロングブーツ、他人にこの姿がどう見えているのか分からないけれど個人的には可愛いと思っている。
「439・・・440っと・・・到着しましたぁ!」
僕は通り慣れた路地を進み、脇道を曲がった先にある扉の前で足を止める。
ガチャッ・・・
カラン・・・
「おっ、ファビオラちゃんいらっしゃい」
ここは僕のお気に入りの店、レストラン・ロカ、今僕に声をかけてくれた渋いおじさんはマスターのディアズさんだ。
「ディアズさんこんにちは、今日のランチは何?」
「鳥のソテーとトマトパスタだ」
「じゃぁそれでお願い」
「おぅ!、ちょっと待ってろ」
かちゃ・・・かちゃっ・・・
もっもっ・・・
「・・・美味しい」
もっもっ・・・
「ママー、魔女様だー」
「エミリーちゃん!・・・すみません魔女様っ!」
食事をしていると隣席の子供が僕を見てローブの裾を引っ張る、一緒に居た母親が慌てて頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ」
・・・そう、僕は今年で783歳になる・・・絶滅に瀕している魔女だ。
読んでいただきありがとうございます。
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