ひみつのはなし
レイラはびっくりしたように二人を見比べている。演技なのか素なのかはわからないが、彼女はそういうことを知らない立場であったことはわかる。
「あら、そうでしたかしら」
「ええ、殿下に対して思い入れがとてもあって、思い余ってと言うところでしょうけど」
「そうです。殿下には女神みたいな女性が似合います」
シュリアが返答を吟味している間にレイラが厳かに断言した。
グレースは女神の範囲どころか正反対である。シュリアも茶色の髪でかの女神とは違う。ならば、誰がふさわしいと思っているのだろうか。
「ヴィオレッタ様ですか?」
もしやと思ってグレースはその名をあげた。ありえないが、あり得るのだろうか。
それは、事故死した王太子の婚約者だ。婚約相手が亡くなったのだから、婚約は解消されたとみなしてもいいが、引き継ぐとは考えにくい。
「ええ。王妃になるのは確定事項なのでしょう。
王が変わろうと変わりはございませんわ。そうでしょう?」
レイラは微笑む。王を選ぶのは、王妃となるべく育てられたヴィオレッタ。そういう考えもあるのかと感心する。
グレースはレイラに対する評価を変えた。意外と色々考えているかもしれない。
「王はしかるべきものがなりましてよ。
王妃も選ばれしものがなるもの。そうでしょう? グレース様」
「それならば、ヴィオレッタ様が当然ですわね。
私も安心して退けます。私は家を継ぐ身なので、他国に嫁ぐことは難しいんですの」
二人の令嬢は息をのんだ。グレースは他国には行きたくないという程度ならば今までも言っていたがはっきり明言したことはない。
曖昧な態度をとらねばならないということを理解しないなら、はっきり言うしかない。
「まあ、そうでしたの。
それなら大変失礼なことを申し上げましたわ。グレース様なら新しい縁はすぐに見つかるでしょう」
にこにことレイラは笑う。現金なものだ。
グレースは微笑む。
「ですが、口のききようについては、ご両親に報告いたしますわね。
お住まいをちゃんと教えていただけます?」
「え」
「幼くとも単独行動が危ないとわからない年でもありませんでしょう?
きちんと教えてさしあげないと取り返しがつかなくなります。私、やさしいので、見逃すことはできませんわ」
「え、ええと……」
助けを求めるようにメイドへ視線を向けたが、彼女は冷ややかにレイラを見下ろしていた。隠し切れない激怒がある。さらに護衛に視線を向けていたが、そちらも首を横に振っていた。
かなりのお説教が見込まれる。それで済むだけありがたいと思ってもらわねば。
さて、とグレースは、シュリアへ視線を向けた。シュリアは喜色を隠しているようだった。憂いるような表情をしているが口元が笑っている。
グレースは婚約を解消するつもりがある。それは朗報であろう。
ただし、内々の話でしかない。さらに言えばグレースの希望で、家としての話でもなく、国家間の話もついてない。
そして、婚約者本人の考えは入っていない。まあ、解消することにごねることはないだろうとグレースは見込んでいる。事あるごとに好みじゃないと言われれば、好かれてないことくらいわかる。もし婚姻したとしても別居、別に恋人でも作って自由生活を提案したいと思っていたくらいだ。
この政略結婚は、事故死をしてしまったが王太子が王位を継ぎ、後継者を得るまで相手を預かることが目的だ。国内にいたままでは内乱まではいかないまでも面倒なことになるとわかっているからだ。そのため、この国としても隣国の王家の血を引く子が欲しいわけでもない。それならば別の相手を選んだほうが無難だ。
そんな難物を押し付けられたリターンは国境にある鉱山の採掘権とその隣にある山ひとつだ。水源として役に立つうえに、珍しい薬草もある。
婚約解消した場合、これもなくなるので、王太子となる手助けをした見返りにこれを要求するだろう。それに加えてなにを求めるのかはグレースは知らない。せいぜい良いものをぶんどってほしいものである。慰謝料として。
「シュリアさまとは別に、ほかにも同じようなお手紙をいただいてますの。本当に困っていますの。
彼女たちにもお伝えいただけるかしら。私は、婚約解消を望んでいます。ただし、それは来るべき時が来た時に、ということです。お判りでしょう? 私にも立場がありますし、彼にも望みを得た後でなければ」
都合が悪いのだ。
そこまではいわない。
「外に伝われば、上手くいかないことになりますわ。ご友人たちだけにお伝えし、外に漏らさないことです。失敗なんてしたくないでしょう?」
内側で、誰が新しい婚約者にふさわしいか争い合っていただきたい。
グレースは笑みを崩さずに毒を贈る。
外に漏れれば他にも候補者が増えて、面倒になるとは彼女たちも理解するだろう。一番打倒しなければいけない相手もちゃんといるのだ。
もしほかに伝わらず、情報を独り占めしたのならば、その時には他のご令嬢を釣り上げて、同じように告げればいい。シュリア嬢には教えたのですけどと付け加えて。
「承りましたわ。
煩わせてしまい申し訳ございませんでした」
シュリアはそう言って頭を下げた。グレースは意外に思った。詫びなど言わないと思ったのだ。周囲の慌てた雰囲気からも普通はそうしないことが察することができる。
「ええ、よろしくね。
さて、時間も過ぎましたしお開きに」
「え」
「ええっ」
見れば二人とも愕然とした顔をしてた。
「も、もう少し、味見を」
「これ、これ持ち帰る。シェフも持ち帰る」
ご令嬢二人が狼狽えている。さらに毒見をしていたメイドたちも、え、もっと食べたいとこぼしていた。それ毒見じゃないのかとツッコミ待ちだろうか。
グレースは残りのお菓子を平等に三等分することにした。
シェフを持ち帰るのは丁重にお断りし、代わりにレシピを渡すことにした。
店長が面倒と言っていたが、機嫌良さそうなので悪い気はしていないらしい。
二人の令嬢を外に送り出して、グレースはぐったりした。もちろんレイラの連絡先もきちんと聞き出した。あとで父である侯爵と相談の上、連絡を取ることになるだろう。
「店長を引き抜けないかしら」
「あ、ダメですよ。うちの先輩なんで」
「……は?」
思わずそんな声が出てきた。
「趣味なんですよ。材料費が経費と聞いて、喜んで徹夜してました」
「転職する気があったら連絡ちょうだい。店を任せるわ。いえ、レシピだけでも提携しましょう」
「話はしておきます。
ただ、利益はあまりないと思いますよ。趣味なんで」
「そこを利益が出るまで考えるのは別の人の仕事よ」
「まあ、いいですけど。
では我々も帰りましょう。閣下が心配されます」
「ええ、釣果は上々、かしらね」
少なくとも受け身でいたころよりは、動きがあるはずだ。
ご令嬢たちについていたメイドや護衛たちは雇い主に今回の話を報告するだろう。
グレースが婚約の継続に前向きではない、ということも。さすがに相手方の親族は裏の意図を勝手に読んでくれるだろう。
これで婚約者側のほうが静かになるといいと思うのだが。