おくりもの
フィデルの案内した店は書店から近い場所にあった小さい菓子店だった。いつもは席を置いてない店ということで、用意されていたのは1テーブルのみあるそうだ。
今日のために用意された場だ。
なにもなければグレースはここでお茶を飲みながら優雅に読書に耽ったことになる。
少しだけ惜しいとグレースはため息をつきそうになった。
フィデルは先に扉を叩き、少し待ってから開けた。
「いらっしゃーい。今日は特別に腕を……」
扉を開けるなりのんびりとした声が響く。かなり体格の良い男性だった。グレースは騎士団関係者と推測した。体格の良いシェフはいるが、今日に限ってはないだろう。
その男性は三人の令嬢にぎょっとしているようだった。
「お客さんが増えたので、よろしくお願いします」
「は? え? 客って」
どこのだれよ? と言いたげな表情にグレースは笑いそうになった。誰も彼もが表情を隠せるということでもないらしい。
「おいしいって聞いたの。よろしくね」
「お、おう」
グレースからの声掛けに戸惑った返答をしたあと、彼はフィデルを連れて隅にいく。ぼそぼそと言い合っているようだが、先輩の腕で和ませてください、なんて言葉も聞こえてきた。
「店長だ」
戻ってきた彼は堂々と名乗った。名前じゃないという雰囲気でもなかった。
ケーキや焼き菓子を用意しており、ワゴンに載せているので好きに選んでほしい、解説が欲しければ応じると説明した後に厨房に去っていった。
シュリアとレイラは少し怯えたように店長を見送っていた。彼女たちにしてみれば親族以外の男性に直接話しかけられることは少ない。それに、笑顔もないのも怖いだろう。
グレースは咳払いをしてから、彼女たちに席を勧めようとしたが、席には先客がいた。今からお茶会をするようにぬいぐるみたちが座っている。
「わぁ、かわいい」
レイラが目を輝かさせていた。先ほどまで、怒られるの私、とでも言いたげにうなだれていた様子が嘘のようだ。
「意外に趣味が良いのね」
シュリアがそういったのはテーブルのセッティングだろう。生成りの布のテーブルクロスに鳥が果物を運んでいる刺繍が裾にしてある。鳥の種類は5種類、それぞれ違う果物を咥えていたり篭に乗せたりしている。
ナフキンはウサギの形に折られ、白い皿は縁取りが金だ。
椅子にはクッションとぬいぐるみ。
「お客さんが来ないと寂しいと思って多めに用意したんですが、役に立ちました」
誰が準備したのかと思えば、フィデルが得意げだった。
「……あなた、多芸過ぎない?」
「家業の手伝いで身に付きました」
苦笑しながら、フィデルはぬいぐるみたちを回収していく。そうでなければ誰も座れない。
抱えられていくぬいぐるみを見て、あ、とレイラが声をあげる。
「どれをお友達にされますか?」
フィデルは二匹のぬいぐるみをレイラの前に差し出した。戸惑うレイラに微笑む。
「驚かせてしまったのでお詫びです。
妹命名、クマゴロウとキツネジロウです。せっかくなので新しい可愛い名前も付けていただければ喜ぶと思います」
「……狐」
「どうぞ」
「ありがとう」
そういってレイラはぎゅっと抱きしめる。やはり、彼女は見た目より幼いのかもしれない。
「シュリアさまもお連れしますか?」
「いいえ」
「では、お隣に侍らせていただきましょう」
そういって新しくぬいぐるみ席も用意された。グレースの両隣である。ちゃんとテーブルセッティングしなおされた。ぬいぐるみ2匹と令嬢3匹のお茶会である。
メルヘンかもしれない。
「……どういうこと」
そうひっそり尋ねるとフィデルはもう一匹ぬいぐるみを出した。
「お嬢様の分です」
「そうじゃなくて」
「隣に直接いるってのは危ないですからね。時間稼ぎの盾にでもしてください」
危ない令嬢たちと一席分距離をとるとともになにかあったら容赦なくぬいぐるみを使えということらしい。
何もないとは思うが、お茶をぶっかける程度は発生するかもしれない。なんとなく真正面にならない席配置もわざとだろう。
「ちなみにネコイチロウです」
「……妹さんのセンスは独自ね」
「東方に旅行してきた叔父の本に毒されてます。では、楽しいお茶会を」
フィデルはそういって護衛として適切な距離に立つ。
グレースは物言いたい気持ちを押さえ、お茶会の相手を確認した。
シュリア・レンダルク、伯爵令嬢ではあるが血筋の良さと古さが自慢。家は元王太子派。王妃になるには無理でも側妃にはと画策していたところに今回の王太子の事故があった。鞍替えする代わりに王妃にと打診しているらしい。
グレースの婚約者は他の候補者より血筋の点では劣るというところを補うためには有用。だが、もっと良い血筋の家系もある。彼女でなければならない、とは決めかねる。そういう微妙さがあった。
今は祖父母の家に逗留している。彼女の祖父母は親王家の派閥に属しているが、末席にいるだけという穏当な家だ。
レイラという名前はグレースは記憶にない。ただ、愛称というならば、いる。レイディラ・エリグ公女。隣国内の独立領、エリグ公国のお姫様である。避難してきたとは聞いていない。聞いていないが、確か12歳で、としのころもあっているような気がしないでもない。特徴的な白銀の髪も氷の瞳と言われる青い目も。
きっと、別人とグレースはやり過ごすことにした。知らんもんは知らんで通す。
そうしている間にテーブルのそばにお菓子を乗せたワゴンが横付けされた。それぞれが菓子を選び、お茶が用意される。これはメイドたちがそれぞれに皿に盛り、お茶を用意した。
同じホールから切られたものであるが、それぞれこっそり毒見をしていたこともグレースは見ないふりをする。その程度の用心はいる。
「意外とおいしいわね」
「確かに素朴だけど、懐かしい感じがするわ」
レイラは無言でワンホール抱えていた。確か、スパイスケーキと説明されたものだ。誰にもあげないという強い意志を感じる。
シュリアは一通り味見をしており、お茶の種類の変更をメイドに指示していた。完全においしいお菓子とお茶の完璧な組み合わせを探し出している。
なにをしにきたのか、ちょっと見失っている。わからなくもないが。最初の店主がでかいからすでに気勢は削がれていた。さらに可愛いテーブルセッティングとぬいぐるみ。とどめがおいしいお菓子だ。なにげなくお茶の品ぞろえも定番を押さえている。
おいしーと微笑んだシュリアと目があった。
あ、と言いたげな表情になり、こほんと咳払いをしていた。
「シュリアさまには何度もお手紙をいただきました。一度お会いしたかったんですよ」
グレースは微笑みながら先に告げた。