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守りの手袋  作者: あかね
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お出かけは波乱の予感

 グレースは、翌日、思い立ったように書店への外出を決めた。

 予定通りに。


「外出すると他のものにも伝えて」


「どちらへ?」


「本が欲しいのよ」


「図書館ですか? 書店ですか? 先に行かせるので、ご下命を」


 フィデルはきりっとそう言っているがちょっとだけ口元が笑っていた。楽しんでいるらしい。

 大丈夫かしらこの男とグレースは思ったが口には出さない。本人ではなく、彼の推薦人である王と父の良識というものを一応は信用している。


「ウェンド書店」


 グレースは短くそう告げた。

 フィデルはその名に驚くことなく、承りました。他の者と調整してまいりますと下がる。所作に粗野なところはなかった。軽薄なふりをしているのか、それ以外はちゃんとしているのかわからない。


 メイドのふりをしていても違和感がなさ過ぎて困るくらいだ。ただ、ちゃんとしているのか着替えなどのときはそーっと席を外し、終わった後に何事もなかったように戻ってきたりはする。メイドだからと体に触れてくることもなく、そのあたりは徹底している。

 グレースは小さく頭を振って、外出ための用意を始めた。


「お嬢様、お気をつけて」


 メイド長は今日は見送りだ。若い身軽なメイド二人とフィデル、それから体格の良い騎士が御者に化けていた。お仕着せがとても窮屈そうだ。


「今日はよろしく」


 グレースがそう声をかけると少しだけ頭を下げる。あまりかまうのもおかしいとそのまま馬車に乗る。


「ウェンド書店にはよくいかれるのですか?」


「ええ。おかしいかしら」


 その書店は専門書などの取り扱いが多く、顧客のほとんどは男性である。グレースは父のお使いと思われたことが何度もあった。今は専属の店員がつくようになり、そんなことはないが。


「兄が通っていたもので懐かしくなりました。

 常連どころか、店員並みだったのでグレース様とも顔見知りかも」


「お兄様は」


「ローデルトに留学中です。

 新しい染料や布を作る原材料、また、布などを染めたりするときに出る排水の処理についてを学びに行っています」


「排水?」


「染めるときには大量の水が必要なんです。

 使った後の水は川に流すんです。一応毒性を消すような処理はしていますが、ちゃんとやらないところもありまして……。そういう処理にはお金がかかるもので利益率が下がるのを嫌がるというか。

 もう、一括して水処理場を作るって話はあるにはあるんですが、ノウハウもなく、金もなく」


 フィデルはそういって苦笑いした。王都は上下水道とも整っている。主要都市も整備はされている。それを外れると領主の住む町くらいまではある程度整えていたりもした。が、農村になると水の確保は川か井戸かといったもの。

 その川の汚染となると問題は出てくるだろう。


「下水ならある程度はできるのではないかしら」


「それもまずは資金がいります。

 今のところはものすっごい毒って染料はないんですけど、いつ開発されるかわかったもんじゃないんで。

 二世代くらい前に毒の緑が流行ったし……」


「ああ、知っているわ。確かに美しい色だった」


 その緑は他国からやってきたご令嬢が着ていたもので、あまりにも美しく、皆が輸入して真似をしたのだ。ところが、その緑をまとうものは体調を崩したり、悪ければ亡くなった。呪いかと皆が恐れる中、ドレスそのものが原因であると突き止めたのがローデルトの学者である。

 それならば、フィデルの兄がローデルトに留学というのもわからなくもない。


「見たことあるんですか? 家にあったりするんですか?」


「おばあさまが買ったものがあるけど、歴史資料として資料館に保管しているわよ」


「あ、あれ。一度触ってみたいと思ったんですよね。ちょっと口利きしてくれませんか」


「毒なのに?」


「毒でも美しい。父も目の色変えますね。仕立てもいい感じで、豪奢で……」


 フィデルはそういってグレースをまじまじと見た。


「おばあさま譲りなんですね。理解しました」


「なにを?」


「今度、うちでドレス仕立ててくださいよ。職人に頑張らせますから」


「いいけど……予約が取れないんじゃないの?」


 グノー家が運営しているロワイエ服飾品店は知る人ぞ知る店だ。小物類は簡単に買えるが、ドレスとなると難しく一年待ちというのが普通であるらしい。気長に待てる人だけが予約を入れている。


「ねじ込みます。妹がお兄ちゃんひどいとか言うでしょうけど、ねじ込みます」


 二回言った。グレースは会ったこともないフィデルの妹に同情した。

 そんな話をしているうちに書店についた。


 書店の前に馬車を止めると邪魔なので、少し外れた広い場所で止める。仮止め場といわれるところで、手間賃を払えば短時間は止めていられた。ちょっとお買い物して戻るくらいのときは重宝する。

 今日は長くいるつもりなので、グレースは馬車を一度帰し、あとで迎えに来てもらうことにしていた。


 御者のふりをした騎士も帰すことになるが、途中で入れ替えて周囲を別の馬車で周遊しているそうだ。何かあったときには呼ぶようにとグレースにも笛を渡されている。

 フィデルは御者と話をしていたようだが、なんだか微妙に眉が寄っていた。


「……あの、露骨に怪しい馬車がついてきたそうです。

 堂々とついてきてるのでたまたま同じ方向に行くだけの馬車かもしれませんが、一応気を付けてください」


「どれ?」


「あれです」


 隠れもせず、堂々と見える場所に止めている。降りてきたの若い女性だった。


「お知り合いですか?」


「どうしてそう思ったの?」


「こういう本を堂々と買いに来る女性は少ないですから、顔見知りかと」


「ああ、そっち……。

 直接的には知り合いではないけど、顔と名前は知っている、というところね」


 脅迫してきたご令嬢その1だ。文面がえげつないのがウリである。証拠は残しておけといわれていなければ八つ裂きにして火にくべてやったものを。

 グレースの表情を見て何かを察したのか、フィデルは女性を視線で追った。


「尋問します?」


「国際問題になるわよ。無視よ無視。どうせそのうち、相手から話しかけられるでしょう。

 そのときに」


 ボロボロにしてやる。グレースは微笑んだ。


「お強いようでとても心強いです」


 フィデルはなんだかちょっとわくわくしているようだった。

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