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守りの手袋  作者: あかね


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23/31

婚約解消しましょう

 グレースが屋敷に引きこもっているうちに、婚約者は無事王太子となった。グレースが体を張った作戦の戦果は思った以上に効果的だったのだ。

 嬉しくはないなぁとグレースは遠い目をする。

 なにをどう勘違いされたのか、愛しい婚約者のために、頑張ったことにされた。健気で可憐なお嬢様であることになっている。

 違うよ、ぜんっぜん違うよとグレースは否定したいが、否定したところで照れ隠しと思われそうで何も言えない。

 そして、半月もしないうちに王へ挨拶に来るということになった。

 歓迎の宴が開催されるのも当たり前のことである。


 グレースが呼ばれるのもまた当たり前だった。


「本当にわたくしを連れていきますの?」


 シュリアは嫌そうな顔のままに準備をする。宴の付き添いとしてグレースが指名したのはシュリアだった。


「もちろんよ。ご家族に会えるかもしれないじゃない」


「非道」


「あら、娘が元気なほうがいいじゃない?」


「脅しでは」


 お前らのしたことを知っているぞと公言するようなものだ。公表されたくなければ、お願い聞いてくださる? までセットになる。なお、シュリアが生きているとわかれば命も狙われるかもしれないところもあった。やられる当人からすれば非道ではある。

 グレースは肩をすくめた。


「本当にそのダサい恰好で行くんですの? わたくしのほうがましではありません?」


「きれいな姿だったら、もしかして、婚約解消しないって言いかねないじゃない」


「まあ、そういう節操なしではございますね」


 シュリアも同意した。

 元にする予定の婚約者の女性遍歴は調べれば調べるほど引くようなものだった。人妻から、成人したての若い娘までまんべんなく、である。多くても二桁にはいかない節度があると思っていたが、そんなこともなかった。いなくなると思って好き放題したが、国に残るとこれほどの地獄もあるまい。

 さっさと逃亡したほうがましだったのではないかしらとグレースは思う。

 でも、自国の女性たちが食い荒らされなくてよかったと考えるべきかもしれない。


 宴は盛大だった。相手方少し驚くほどに。

 予定になかったのだから、多少粗末でもと思っていたのがまるわかりである。こちらとしては、事前に予測を立てていたに過ぎないのだが。


 本来なら婚約者であるレンナルトはグレースのエスコートをしなければならなかった。しかし、今日のグレースのエスコートは父である侯爵がつとめた。

 グレースが会場に入るとざわついたが、それは意外というより、やっぱりという雰囲気がした。事前に情報が回されたのだろう。


 誰にも話しかけられるでもなく待っていると王とレンナルトが連れ立って現れる。

 早速、皆に話があると切り出したところを見るとさっさと片付けたい王の気持ちが透けていた。


「グレースはアレオン家の一人娘。他国へ嫁がせるわけにはいかぬ。

 また、レンナルト殿下は自国で新しい縁を作るべきであろう」


「大変、残念ですが、こちらに婿に来ることはできません。

 私にも守るべき国があります」


「よってグレースとレンナルト殿下との婚約は解消することとなった。

 しかし、これで両国の縁が切れることはない。今後も良好な付き合いをしていきたい」


 盛大な拍手でそれは祝われた。

 グレースはほっとした。晴れて自由の身である。


「長く、すまなかった」


 父の声にグレースは小さく頷くにとどめた。あからさまに喜んではさすがに外聞が悪い。少し気落ちしていて、でも、気丈にふるまっているくらいがちょうどいい。

 そうして、話しているうちにレンナルトが近づいてくるのが見えた。


 グレースからの儀礼的な挨拶に彼は怪訝そうな表情をした。


「泣いているのかと思ったが」


「そのようは見苦しいことはいたしません。

 王太子となられたことお喜び申し上げます。後ほど、お祝いをお贈りしますね」


 にこりとグレースは告げる。

 残念ながら円満な婚約解消にするため、グレースからはなにか請求することはできなかった。相談していた法律家も悔しく思ったらしく、相手方の女性に手紙を送ることを提案してくれた。

 相手の国の法律にのっとり、認知や慰謝料の請求などを行える手続きの方法、また、そのお手伝いをしてもよいという旨送り付けたのだ。

 さらにその女性たちには現実的に他にもこんなに付き合っていた人いるんですよ、この人、許せないと思いません? とも書いておいた。


 女の恐ろしさを味わうといい。

 グレースは微笑む。

 それに気を良くしたのかレンナルトはグレースにさらに近づいた。手も握られそうな勢いにグレースは身を引いた。


「君が、どうしても、というのなら側妃として迎えてもいい」


 意味が分からず、グレースはレンナルトを見返した。


「長い付き合いだったのだから、今後、結婚もできぬのもかわいそうだと思ってな」


「必要であれば養子を迎えますので、お気遣いなく」


 グレースはそう返した。結婚はしないかもしれないが、後継者は別に当てがないわけでもない。父方の親族がもういないというわけでもなかった。ただ、母との件でものすごく疎遠なだけで。

 そもそも、グレースが国外の誰かに嫁ぐというのはありえない話だ。しかし、レンナルトはそういった話をきいてなかったのだろうかと思うほど驚いていた。


「君のような人が結婚できないのはわかるが、養子? その血を残す責務も放棄するのか?」


「あの、そちらに嫁いだら、血を残すも何もないですが……」


「子供を養子に出せばよい」


 この人との子供。

 グレースは表情をひきつらせた。婚約していた時点ですらありえないと思っていたのに解消した後ならなおさらだろう。


「そうすれば侯爵も安心であろう?」


「婚約者が困っていても手紙の一つも寄こさず、心配もしない男との婚姻は許さん」


 きっぱり侯爵に言われて、レンナルトは早々に退散した。そのときに睨まれたのはグレースにはわけがわからない。


「側妃にってどういうことでしょう? 婚約解消して嬉しいと思うと考えていたんですが」


「いろいろ惜しくなったのかもしれんな。

 もらってやるから、支払いを減らせ、などいいかねん」


 婚約解消したばかりで言う話でもない。グレースはむしろ隣国の行く末が心配になってきた。たぶん、他国に婿に行くので機密情報などは知らないままにいるはずだ。それがいきなり、王になれるのだろうか。

 良くて傀儡だろう。悪いと数年で病死。


「鉱山をいくら用意されてもグレースは嫁がせんから安心しろ」


「そうだといいんですけどね」


 ちょっと不安になるところがあるのだ。あの王は。

 その宴は多少の問題があったものの大荒れすることもなく終了した。


 それからは事件が起こることもなく、日々は過ぎてあっという間に二か月が過ぎた。

 グレースは平穏な日々を送れると思っていた。


「外出したくない……」


 グレースは屋敷に引きこもっていた。すごく、出かけたくなかった。

 行く先々で声をかけられ、誘われる。友人と思っていた相手から、大変申し訳ないけど、うちの兄弟が会いたいってという話を振られる。さらに縁談の釣り書きが山ほど来た。

 グレースの想像の10倍くらい、大変だった。


「もうやだ」


 試しに何人か会ってみたが、グレースの話などきくこともなく自慢ばかりが続いた。話をするにも話題の共通性もなく、かなり一方通行だったりもした。女性は黙って聞いているものだと言われもした。

 侯爵家をこんな風に盛り立てられるという話も。


 思えば、侯爵邸に滞在していた騎士たちはグレースの話をきちんと聞いてくれたなと遠い目をするくらいに。価値観がずれてしまったのはグレースのほうだ。


 メイド修行続行中のシュリアを捕まえて嘆けば、まあ、わかりますわよ、と余裕の返答だった。婚約者(仮)から婚約者にランクアップしたからだ。故郷から妹と弟も呼んで侯爵家で養育している。


 今まであったことを水に流さないが、それはそれとして雇用している状態だ。甘い対処ではあるが、隣国の状況をきちんと把握していたというところが大きい。所作も多少の違いはあるが、さすが淑女教育を受けているだけあって問題ない。

 他、4人の令嬢はまだ監視中である。今後の身の振り方が決まるのはもう少したってからだろう。


「わたしはてっきり、あの騎士を婿に迎えるのかと思ってました」


「…………会えない相手には何も言えないわね」


 否定も肯定もせず、グレースは事実だけ告げた。

 グノー家にお見舞いに行きたいと連絡を取った。当主から、今は静養中であわせることはできない、というお断りの手紙が来たのが、一か月半前。

 一か月前にじゃあ、そろそろと手紙を送ったら、今度は当人からお断りされた。気にしないでいいとそっけなく描かれた文面を破りそうになった。

 心配しているので一度でいいから元気な姿を見せて欲しいと書けば、大丈夫ですからとまた一文だけ送られてきた。

 そんなやり取りをしたのが、先週である。


「強襲してみればよろしいのでは?」


「はしたないじゃない?」


 事前連絡しなければいいじゃないと思ったが、彼は実家住まいである。ご両親からの心証最悪である。これが騎士団寮だったのならば、身内もいることだしと強襲しただろう。

 グレースの手札はそもそもそんなにないのだ。


「じゃあ、ストレートに好きだとでも書いてみれば?」


「言えるわけないじゃないっ!」


 今、このタイミングで言っても拒否一択だ。気の迷いと一蹴されておしまいである。こればかりは予想がついた。

 そもそもこの腹立たしさは恋なのかすら、わからなくなってきている。ただ、文句を言いたいだけではないかと。グレースは煮詰まっていた。ぐつぐつと煮立った思考の闇鍋である。


「じゃあ、諦めてください」


 呆れたようにシュリアは去っていった。私、暇じゃないんで、と余計な一言を追加して。

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