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守りの手袋  作者: あかね
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仕事なので

 グレースたちはいったん部屋で待機することになった。そのあとに侯爵邸に帰宅する。騎士たちは、自分たちがいればくつろげないだろうと部屋の外で警護してくれることになっていた。

 ミラだけ残したのは、侯爵邸でいるのに慣れているからだろうということだが。

 グレースはミラへ視線を向けた。壁際で私置物です、という感じであった。確かにメイド必須の技術ではあるが、そこまで擬態しないでもいいのではないだろうか。


「なんですか?」


 グレースがあまりにもじっと見たせいかミラは居心地悪そうに身じろぎをする。

 こちらに来なさいと言うと渋々と言った態度で近くにまで来た。座るように促してもそれは断られる。


「ミラはどこでそういう技術を学んだの?」


「そういうって?」


「メイドっぽいというか淑女っぽい動き。今日会った誰にも疑われてないのだもの」


「俺、小さい頃はかなり小柄だったんです。今も大きくはありませんが。

 妹が大きくなるまで店で試作品や展示品を着る役目をしてたんです。そこで立ち方からなにから教え込まれまして」


 どうりでドレスの裾捌きがうまいわけである。一度も踏んだりせずにいるのはよほど着慣れないと難しい。


「小さいころ会ったりしてたのかしら」


「ないと思いますよ。お店に来る、ではなく、お店を呼ぶでしょう? そのときに行くのは両親か店員です。俺は呼ばれません」


「そう、残念」


「なにがですか」


「可愛かったんじゃないかなって」


 そういいつつグレースは小さいころのフィデル少年を想像しようとして断念した。可愛らしいというよりやはりなんか軽薄そうな印象が抜けきらない。とても気軽にきれいだと言いだしそうだ。言われる側の気持ちなんて少しも考えずに。


「……そーですかー」


「そこは、俺、可愛かったんで、とか言わないのね」


「人に言われるとなんか違うんですよね……。疑問は解消されましたか?」


「ええ。

 もう一つききたいことがあるのだけど」


「なんですか?」


「今日の私、本当に、変じゃなかった?」


「……はい?」


「だって、あんなに話しかけられたり褒められたりすることなかったのだもの! 変なのを婉曲に指摘してきているんじゃない?」


 そう訴えるグレースはミラにぽかんと見返されてしまった。


「とてもお美しいですよ。やり過ぎました。反省します。次はほどほどにします」


「なんでほどほどなのよっ!」


「思った以上に素材がいいので、磨きすぎたのがいけませんでした。

 美しさで威圧するくらいまでいければいいんですが、今のグレース様、褒められ慣れない美女なんです。隙ありまくりで、ちょっと押せばいけるかなぁという風に見えます」


「押せばって……」


「火遊びは婚約解消後ですよ」


「しないわよ」


 そもそも、こうしたのは誰だという話だ。

 グレースが睨めばミラは肩をすくめた。その仕草はよくできるメイドではなく、軽薄な騎士である。思えばこのメイドから男の声が出てくるにも慣れてきたような気がした。

 初回は皆、ぎょっとしていたが。

 同僚ですら、お、おまえ、ほんとなのかと驚愕していたくらいである。


「次は、良い方に巡り合えればいいですね」


 穏やかな声にグレースはびくりとした。


「まあ、無理に結婚しなくてもいいとは思いますが。

 妹は結婚? しないよ、とか言ってますし」


 そういって苦笑しているところは、ミラではなくフィデルのように見えた。メイドの立場としての発言ではない。

 そのことにグレースは衝撃を受けた。

 そして、気がついて、しまった。

 思った以上に、それが傷ついた意味を。


「……そうね。まずは、解消しないと」


 どうにかそう言葉にして、グレースは黙った。

 それからほどなく、扉を叩かれた。帰宅の準備が整ったと。人手が足りないので、二人だけで行ってほしいという。

 今日のことを踏まえれば、護衛が増えてもおかしくないという状況だ。


 おかしい、ということを踏まえて、グレースは行動することにした。来るべきものが、来ていない。どこかで迎撃しなければいけないのだ。

 もうすぐ馬車につくというときにミラは立ち止まった。


「ここで、一度別れましょう」


 その言葉にグレースは眉を寄せた。目の前は普通の廊下である。誰一人いない。

 一瞬、嫌だと言いそうになったが、グレースは大人しく頷くことにした。護衛というのは、護衛対象のほうを常に優先するものである。


「ごきげんよう、皆さま」


 視線を向ければ銀髪の少女が立っていた。レイラは優雅に一礼し、首を傾げた。


「グレース様、そんなに大きかったかしら」


 レイラとグレースが会ったのは一度のみ。そのときと違う髪色をしていれば気がつかないかもしれないが。

 グレースはミラへ視線を向ける。


「御屋形様っ!」


 風がグレースの背中を押した。それと同時にミラに腕を掴まれ、引き寄せられる。


「あら、残念」


 笑いを含む声が聞こえた。

 グレースがいた場所には何かが刺さっていた。すぐに解けるそれは水のように見える。


「見た目は似ているけど、気配が違うの。違いくらい分かるわ。

 その男、ほんと鬱陶しかった。どこにいても嗅ぎつけて」


「俺も捕まえられなくて、イラついたんだけど」


「ふふっ。おそろいね」


 楽しげに笑うさまは幼さを感じるが、やはり以前あったレイラとは違うように見えた。

 彼女の言葉ではないが、よく似ているが、気配が違う。年の近い姉妹がいるという話もきいたことはなく、血縁でもこんなにそっくりではないだろう。

 では、化けたのかというとそれも違いそうだった。


 嫌な気配だけがする。


「拙者苦しいのですが」


 ネコイチロウが訴える。見ればぎゅっと挟まれていた。


「失礼しました」


 ひどく淡々とした声で、距離を離されてグレースは理解した。今、ちょっと、抱きしめられてなかったかしらぁと。

 動揺をあらわにするわけにもいかずグレースは咳払いをした。何もかも後回しだ。


「どうしてここへ?」


「私はもう故郷に帰りたかったんだけど、みんな手伝いしてほしいっていうから、お手伝いしたの。

 これでレンナルト殿下が王となられる」


 うっとりしたような口調にも違和感があった。


「婚約も円満に解決するより、悲劇的な方がいいでしょう?

 刺客に襲われて亡くなったら、とても同情してくれると思わない?」


 内心はどうあれ利用はしそうではある。

 しかし、グレースはあの婚約者にこういうことを計画する度胸があるとは思えなかった。良くも悪くも賭けをしない。これは失敗したら、取り返しがつかないのだ。


 別の王子を押している派閥からの依頼を受け手助けをした。が、実際のところ、相手の力を削ぐもしくは弱みを握る行為だった。そして、グレースの殺害を企てたものの計画にのっとり殺害し、相手に罪を投げる。別に冤罪でもない。

 というところが妥当であろうか。

 そこまでやるならこの偽レイラはとても働き者だろう。一人では請け負えないくらいに。


「どうしてそんなにレンナルト殿下が良かったの?」


「王太子は嫌いよ。

 山を削り、地を掘り、よくわからないものを使おうとする。公国の地は他の誰のものでもない。それなのに、レイラごと土地を寄こせというのよ。

 なにもかも、持っていくのよ。

 でも、レンナルト殿下はなぁんにも知らないの。外に婿に出るからと知らされないの。だからね、とてもうれしい」


 公国と王家の関係が悪化していたとはグレースも知らなかった。

 ただ、公国産の宝石は出回り、燃料となる資源が眠っているという話は聞いたことはある。宝石の産出しない我が国では手に入らんなぁと見事な紅玉を手に父が漏らしていたのだ。

 あのような宝石が眠っているなら掘り出したくはなるだろう。王太子は実利を重んじていた。何も生み出さない土地を遊ばせておくのは嫌だったのかもしれない。

 もう、いないのでその考えはわからないが。


「昔のままの土地なんて役に立たない、というけれど、恩恵を受けていたのは誰だったのかすら忘れてしまったのよ。

 あの土地をくれるっていうから、私は」


「王太子を事故死させたのはあなた?」


「いいえ? 強引なやり方に反発を覚える者はいるのよ。事故が起きそうなタイミングはいくらでもあるわ。愚かしいわね。とても、かわいらしいくらいに」


 笑う彼女は無邪気ではなく、邪悪そのものに見えた。

 グレースはこれ以上の話は無駄と打ち切ることにした。ミラにもういいわと告げる。彼女がなにものであれ、今は排除するしかない。あれこれしてやる余裕も義理もない。


「あれはなにかわかる?」


「……あれは、血肉を持つ精霊です。遠い昔に眠りについた、と聞いていたんですが……」


「眠っただけで死んでなかったのね」


 永劫の眠りという比喩表現ではなく、ただの休眠であった、と。厄介なものがいつからそこにいたのかはわからないが、対処できるものだろうか。

 落ち着きを払った護衛をグレースは見上げた。


「あなた一人で何とか出来るの?」


「今日は、とても、いっぱいいるんです。

 聞こえていないでしょうが、とてもうるさいくらいに。

 それなら、捕まえることはできます。ただ」


 言いかけて、彼は小さく笑った。


「大丈夫です。ご心配なく。お姫様を守るのは騎士の仕事ですから」


「気を付けてね」


 グレースに言えるのはそれだけだった。傷を負わないでほしいなどというのは感傷が過ぎる。


「ネコイチロウ」


「きちんと送り届けます。お任せあれ」


「ちょ、待って」


 背を押す風にグレースは慌てる。歩く前に、倒れそうな勢いだ。それどころかふわっと浮く。軽く座ったような形で押し流されていく。


「待ちませぬよ。邪魔です、邪魔。我々の出る幕ではない。

 言ったでしょ、上司たちが来ると。踊り火のお方や水唸り様もいらっしゃる。敗北はありえない」


「だったら、私が居ても」


「精霊の血が目覚めては困ります。目も耳も閉ざさねばならぬのに」


「ネコイチロウとも話せなくなるの?」


「むろん。

 拙者の主は御屋形様だけですので、話せなくともお側におります。それに偶然声が聞こえることもありましょう」


 話せなくなることが寂しいなどとは思ってなさそうな声だった。時折撫でてくだされば、あと、お持ちいただければと要求が増えていく。

 全く変わりなくいそうだとグレースは苦笑する。


 ただ、気になるのは残してきたフィデルのことだ。


「フィデル殿は、いいの?」


 グレースよりもずっと前から、それも多くの精霊の声を聞いていたと推測できる。そこまで深くかかわって、大丈夫なのだろうか。


「大丈夫でござるよ。御屋形様の安全こそが望まれること。安全地帯まで駆け抜けますぞ」


 グレースは王族の集まる一角まで運ばれ、ネコイチロウはすぐに姿を消した。


「すみませぬ。御前を失礼いたします」


 そう一言残して。


「今夜は泊まりなさい。

 明日には、終わっているよ」


 王の言葉にグレースは頷くが、嫌な予感がしていた。


「……大丈夫、よね?」


 一人と一匹の言葉が嘘であったということを知ったのは、何もかもが終わった後だった。

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