あそびましょ!
夜会の警備には穴がある。綿密に練られているようで、ほんのわずかな隙間があるように見せかけるのに苦労したと警備担当者は語っていた、らしい。
うっかりな人為的ミスのように警備がぽっかり空いた時間。あるいは、二人組のはずなのに一人でふらついている警備兵が複数いる。平和ボケで詰めが甘い、そう思わせる。
襲撃される側がお膳立てしてあげた、とは襲撃する側は思わないものである。
この作戦を聞いたのは夜会に向かう馬車の中のことだった。
夜会の途中で抜けて、その間を狙わせる。グレースはどういう理由で途中で抜けるか悩んでいたが、想定外にいい理由ができて良かった。
速足で廊下を進みながら、グレースは渡されたウィッグをかぶって直した。先ほどまでミラが使っていた銀髪である。ミラはグレースと同じ髪色のものをかぶりなおしていた。ドレス姿でもないので初見では二人を見間違える可能性は高い。
「次、庭に出ます」
そういいながらミラは直進している。グレースはそれも事前に聞いていた。わざと間違った情報を流しながら逃亡すると。
逃走経路はすでに頭に入れている。幼いころから城に出入りしていたのだから、グレースにとってはよく慣れた他人の家である。
「よ、先に捕まえといたぜ」
通路の先に二人転がした男がいた。
グレースも知っている相手だった。先ほど前まで夜会にいたはずなのに魔法のように目の前にいる。グレースはそれが魔法ではなく、王家に伝わる抜け道の活用の末だとわかった。
知らないはずのミラは少し驚いていたようだった。
「団長、なにしてんです」
「お前に渡し損ねた」
呆れたようなミラに彼は手袋を投げた。使い込まれた革の手袋は狙い違わずミラの手に渡る。
「決闘ですか……」
「そうだな、そのうちにするかもしれんが」
ちらりとグレースを見て彼は苦笑した。
「式典中はこれを持ってなければいけない約束だからな。先に渡すことは出来なかったが、今は加護がいるだろう」
「お預かりします」
渋い顔のままに団長と手袋を交互に見て、ミラは諦めたように身に着けた。
「さて、グレース。
うちのやつらは何があっても、覚悟している。お前は、ちゃんと無傷でいろ。それが役目だ」
誰が傷つこうが、終点までグレースだけはたどり着かなければならない。
改めて覚悟を問われた気がした。今だけでなく、この先も。
「わかりましたわ」
そういって騎士の敬礼をまねるグレースに騎士団長はラフな敬礼を返す。
「またあとでな」
「おじさま。
私をお仲間に入れてくださってありがとうございます」
「そう思うなら、あとで一緒にしかられてくれ」
父に内緒であることはグレースも知っていた。知っていれば、グレースは家に監禁されている。ことが無事終わったところで、関係者全員に怒鳴り込みに行きそうな予測は立つ。
もちろん、グレースもきっとその中に入る。
二人は騎士団長と別れて通路を進む。二回ほど騎士と出会い、すでに撃退済みの不審者を縛り上げていた。多少の傷はあるもの速やかに捕獲したらしい。なんか今日は絶好調であり、相手がなにかに気を取られた不意を突けたところが大きかったようだ。
予定では残り一つである。
彼らと別れまた廊下を進む。
城内の一番広い外周を回って元の場所に戻るというルートだ。
「……順調すぎて、不安になるわ」
「あれはお友達のお友達が面白半分で手を出した結果なので、種も仕掛けもあります。
基本的には退屈してますから、遊んでいい、なんて言われれば張り切りますね」
なにかをうるさそうに手で払いながらミラはそういった。何も見えないが、ネコイチロウもそのあたりに視線を向け、にゅあと一言鳴いたのでなにかいるらしい。
「ご協力感謝いたします」
伝わるかはわからないが、グレースは感謝を伝えることにした。ふわりと暖かいものが頬を撫でた。
「なっ」
「にゃっ!」
と一人と一匹が驚いたので、確実に何かされたようである。グレースが頬に触れても何も感じない。
何か言いかけて一人と一匹はやめるようにしたようだ。何か示し合わせたように視線があったので、こそこそ相談しているっぽくグレースには見えた。
御屋形様、御屋形様はネコイチロウの御屋形様なのですぞ。などと訴えられながら、そろそろ元の場所に戻りそうな頃。
ミラが足を止めた。
目のまえに男が三人現れた。警備担当の服ではなく、夜会の参加者のように見える。
「おや、グレース様、お帰りになられたと聞きましたが」
誰だっただろうかとグレースは夜会の参加者を思い出す。
隣国からの使者で、婚約者の派閥ではないほうだ。後ろにいる二人は見覚えはないが、護衛といったところだろう。
考え込んでいたグレースはちょんと肘でつつかれた。
グレースのふりをしたミラは話をすることができない。グレースが侍女のふりをして対応することになる。
ちゃんと見間違っているか、というと自信はないがその男が話しかけてきたのはミラのほうである。
「グレース様は忘れ物がございまして、取りに戻ったところです」
元々そういう設定だったので、間違いはない。
「間に合ってよかった。
グレース様、我々がお送りしましょう。次期王妃ともなれば大切なお方ですからな」
「お気遣いいただきありがとうございます。
しかし、城内では警護のものもおりますので、私一人でも問題ございません」
ミラもグレースになり切っているのか、ちょっと偉そうにうなずいている。
私、そんなに偉そうだった? と少しばかり落ち込むがこの場では偉そうな方がいい。下手に弱気な態度を見せると相手からの要求が増える。
「ぬいぐるみを持っているだけのような女が?」
「盾にはできます。
本当に、大丈夫です」
「人の好意は受け取っておくものだよ。
若い娘が二人きりとは不用心が過ぎる」
そういわれてしまえば、そうなのだが。グレースはミラを確認した。微笑みがなんだか怖かった。
「閣下、お時間が」
「しかし、同意を取らねば。無理に連れ去るわけにもいくまい」
ん? とグレースは内心首を傾げた。
見れば後方の男二人のほうが焦っている。
「若い娘だと危険だからな。ちゃんと保護者がついておらねば。まったく、こんな麗しい令嬢と侍女を二人だけで帰すなど、事件に巻き込まれろと言っているようなものではないか」
従えていた二人の男がえ? と言いたげに視線を向けている。
「警護のものもこうもまばらではな。変な男に連れ込まれては、大変困る」
グレースは少し、頭が痛くなってきた。
罠の中に、普通の善意の第三者が入ってきた。背後の二人はその意図を勘違いしたのか、別の意図を吹き込まれていたのかはわからない。
「グレース様をお連れする、であってますか?」
「うむ。馬車までの短い道のりであろうが必要であろう?」
「いえ、隠れ家にですが……」
何とも言えない沈黙のあとに、はぁ!? なんじゃそりゃあ! と大声が続いた。
「儂は反対だ。そんなのうまく行きっこない。トカゲのしっぽ切りなどされたくない」
流されず、自己主張をここでする。やはり空気を読むタイプではない。グレースは彼の名前を後で思い出しておくことにした。
「あの、どうします?」
これは予想していなかったのかミラが困惑気味に尋ねてきた。
「彼だけ保護して、あとは捕まえましょ」
「ですかね……」
ミラは微笑みながら、三人の男に近づき、使者の男に手を差し伸べた。エスコートしてくれと言わんばかりの態度に使者の男が頷きながら手を握った途端、彼は投げ飛ばされていた。危なくないところに避難させた、と言えなくもないが、はぁすっきりしたというミラのいい笑顔が気になる。
「あとは先輩よろしくお願いします」
そう大きく声をあげたミラに合わせたようにささっと背後から何者かが忍びよりそっと締め上げていた。
「お疲れさん」
一人は騎士団長、つまりは王弟殿下であった。
その場では目立つと場所を変える。グレースは夜会には戻らず、そのままついていく。客室の一つを使い現時点の報告を確認していく。
「予定数は確保しました」
他の騎士からの報告もあり、一時的な危機は去ったとみていいだろう。あとは背後関係を洗うことになる。そのあたりはグレースが関わることはなく、結果のみを伝えられることになるだろう。
あとはもう王太子が決まるまで屋敷に籠城して過ごすことになる。
少し緩んだ空気だったが、ミラだけが難しい顔をしていた。
「どうした?」
「来ると思ったものが、来てないんです。
しばらく手袋はお借りしますね。こんなことなら父からぶんどっておけば良かった」
「俺が参加する儀式はもうないからいいだろう」
そんな話をしているうちに夜会は終わりを迎えた。
騎士団特別装備1
靴屋と共同開発、驚くほど静かに歩ける靴。
ただし耐久力と履き心地は最悪。さらに翌日に筋肉痛を連れてくる。変な筋肉使わされる、らしい。
騎士団特別装備2
金具付き手袋。
革手袋に金具装備。見た目がごつい、かっこよさゼロ。色んな布ものに引っかかるので大変不評。
良い点は打撃力。
騎士団特別装備3
切れにくい防具(正装の下に着用)
最悪ここ受けたら死ぬよね、というところを防御してくれる。ただし、蒸れる。最悪である。
いいところは胸板があるように見えてかっこいいとか、おしりの形が良く見えるところ。数少ない利点である。




