背中から狙撃するスタイル
その日、帰ってきた侯爵を待ち受けていたのは愛娘だった。
夜も遅いというのに、これから登城でもするのかという武装で、立っていた。
侯爵はなんだか、異国の像を思い出したという。
グレースは帰宅した侯爵にお話しがありますと告げて、部屋へいざなう。いつもなら、帰宅してすぐですし、とやんわりと苦言を呈する執事長も黙る迫力があった。執事長は何か軽食を用意してお届けします、と逃げて、侯爵の退路を断つところまでした。
お、おぅと困惑が半分、腰が引けているのが半分の侯爵。
グレースは何も言わずに父の執務室に向かう。
執務室はいつもと変わりないようで、猫のぬいぐるみが置いてあった。ネコイチロウである。
「それは見たことがないが、買ったのか?」
「いいえ、いただきました。フィデル殿から」
「な、なんだと、そんな仲にまで」
「……なに想像してるんですか。この方も護衛です」
「さわがしいですな。
おお、こちらが、御屋形様のお父上。では、ご隠居様ですかな」
猫のぬいぐるみが動き出して侯爵は黙った。
「まだ隠居していないわよ」
「猫が、ぬいぐるみが、しゃべって動くんだが」
「驚くということはご存じなく、私は父方の家系の血でお話できるということですわね」
「どういうことだ」
困惑している侯爵にグレースはネコイチロウから聞いた話をした。当のネコイチロウはグレースの膝の上で合いの手を入れている。
「ふむ。
我が血統にも精霊がいたのか」
感慨深そうにしている父には悪いが、これはまだ前座である。
「ねぇお父様」
「なんだね?」
「ちょっとばかり、殴ってもよろしくて?」
「は?」
「私、あの手袋に精霊の加護があるなんて知らなかったんです。
それも、特別な製法で数を決めて作るような重要なものだって。数の外にいる私が手にしているってことは誰かもらえなかった、ということでしょう?」
「い、いや、そうなんだが、そこは、ちゃんと話をつけたぞ。
当人も、お困りのようだから、いいよって」
「いいよっていったから持っていっていいって話ではないでしょうっ!」
あの手袋は金品で贖えない貴重品だ。その価値を王族の皆が知っているのだろうか。グレースは親戚を思い出したが、かなり気軽に使っている方が多いことに気がついた。
たぶん、成人の時にもらえる記念品だと思っている。大きな祝いでは必ずつけるものではあるが……。
「強引に奪った、というわけでは、いや、ちょっと泣き落としはなくもなかったが」
「お父様が、泣き落とし……」
それは相手が怖くて譲ったのではないだろうか。鉄面皮と外で言われる侯爵様である。
「金銭の受け取りはしなかったが、長男の留学の件で後見をしたし、ほかにも技術開発の提携はしていたり相互に納得してのことだ」
「……では、受け取れなかったフィデル殿は、別の何を得たんですか?」
虚を突かれたように侯爵は黙った。それでグレースは察した。家同士での話は済んでいる。しかし、受け取るべきだった当人は何も得ていない。
大事なものを奪っただけでなく、何も知らずにいたグレースをどう思っていたのか。仕事だからと割り切っていたのか。
「拙者から言わせてもらってよろしいか?」
ネコイチロウはあくびをしながらそういった。
「15年も置物をしていればわかることもございます。
グノーの一族、そんなにすごい手袋と思ってないでしょう。
なんせ、地味の平凡の一族。命の危機に陥りそうなこと一生に何度もございません。精霊の手助けを必要としておらず、その効果を感じたこともない。となれば、先祖伝来の技術で作るめんどくさい手袋以上には思っておりません。どうぞ、そのままご利用ください」
確かにとグレースは思った。慰問などであえて災害のあった地区に行くことも、他国へ親善目的で赴くこともある王族と比べれば危機の発生頻度が違う。王族をやっていると数年に一度襲撃事件に巻き込まれるものと達観したようにおじさまも言っていた。
比べて領地と王都を往復している感のあるグノー家の一族は危機に直面しにくいかもしれない。
ただ、騎士をやっているフィデルにこそ必要であったのではないだろうか。グレースが手袋を受け取ったのは5年ほど前。彼が騎士となる前だったが。
「フィデルなら、御屋形様が無事のほうが良いと思っているでしょう。
俺がいない間、絶対、守るんだぞ、わかってんのか、と念押しするくらいですからな」
その後の沈黙にネコイチロウは首を傾げた。
「御屋形様、ちょっと、顔が赤いですが、風邪でも?」
「そ、そんなことはないわよっ! お父様、騎士たちの話はこれから聞きますか?」
「そ、そうしよう。
グレースもきちんと聞いてなさい。次期当主としてのいい訓練になるだろう」
動揺している親子をネコイチロウは不思議そうに見上げた。
それからしばらくして、騎士が呼ばれた。報告に来たのは一人。クリスだった。怪訝そうなグレースに彼は私が最年長なので取りまとめ役をしておりますと説明した。
執事が用意した軽食をつまみながら聞いた話は、昼に聞いた話をそれほどに変わらなかった。
保護したご令嬢は5人。
親は最初は亡くなった王太子派か中立やや王太子よりであり、グレースの婚約者であるレンナルトの派閥に属していなかった。王太子が亡くなったことにより、派閥替えをした。
その手始めに汚れ仕事を振られたとみられている。あるいは新しい派閥で忠誠を見せるために志願したのかもしれない。
娘たちを使って、嫌がらせをするだけの簡単なお仕事。それも直接指示したわけでもなく、彼女たちが思い余って手紙を書いてしまうという状況をつくればいい。話が表ざたになったときには、うちの娘がそんなと被害者面しておけば家の名誉はある程度守れる。上手くいけば、恩恵もある。
そう踏んだのだろう。
彼女たちにしてみればちょっと意地悪な手紙を書いて、辞退してもらったらいい、その程度の認識であるようだった。送り元を偽装されてはいたが、調べてもわからないほどではない。
むしろ分かったほうがいい。婚約者を支援する者たちから送られてきた手紙だ。
おまえは、歓迎されない。辞退せよと告げるにはきっと。
よほど、グレースの存在が邪魔らしい。婚約者だからと支援は要求するくせに、王妃の座はくれてやらぬというのは強欲ではないだろうか。
まあ、グレースも王妃になる気は少しもないので好都合でもあるが。
「グレース様が辞退することを伝えたせいか彼女たちを捕まえるのは簡単でした。
なにか、悪い事故にあってくれ、事件に巻き込まれてくれとでも言わんばかりでした」
「最後の令嬢は?」
「やはり誰も覚えていません。
ただ、花の匂いがしたというのでなにかの薬物を摂取された可能性はあります。
レイラ嬢はやはり見つからず、追っていますが一度切り上げるそうです」
「他の奴らも黙らせねばならないからな。関わっているばかりではないか」
「いえ、生誕祭がありまして、うちも任務を逃れることはできず」
「……誰のせいで苦労してんのかわかってのか、あの禿」
「まだ、五分です。何か泉って感じですけど」
しれっとクリスが言う。
国王陛下は薄い頭頂部の周りを淡い金髪がふわふわしている。それを自前の王冠と自嘲しているが、笑ってはいけない謁見が始まってしまうので本当にやめてほしいとグレースは思っている。
「そっちの言いようのほうがひどい気がするが……。
揉めても構わん、ということでいいのか」
「来客の手を借りると言えばわかる、とのことですが、伝手がおありですか?」
伝手。
来客。
グレースはぬいぐるみをしているネコイチロウを見た。
「上司たちくるって」
たちっていった? と問い返すこともできない。グレースは表情をひきつらせた。
「今、猫の声がしませんでした?」
「気のせいじゃない? それで、ほかの勢力はどうなっているの?」
「そっちは管轄ではないので、報告書のみの提出となりますがこちらです」
報告書には今後の方針も書いてあった。他の派閥からの嫌がらせはもう国際問題として取り上げる予定であるらしい。自国でやっても問題なのに、他国相手にやらかして黙っていると思われるほうが心外である。ついでに勢力を削るという目的もある。
小さい積み重ねもあるが、これが決定打となって王太子争奪戦は終幕になりそうである。
これの起死回生として、グレースを誘拐し、言うことを聞けなどと言われる可能性も記載されている。むしろ、罠を。
「……グレース、見てはいけない」
「生餌、しますの?」
「誘拐されないよう努めますが、万が一ということがあります」
慌てる男たちにグレースは冷たい視線を向けた。そんな慌てるなら、見せなければいいのに。
グレースは報告書をそのまま読み進める。
「つまり、皆さま、婚約者の私を捕れば支援は打ち切られ、自陣営の王子が優勝すると思っている、ということですか。
どういう誘導したんですか」
「それはうちではなく、向こうの考えだ」
でも、訂正させなかったのでしょう? とはグレースは聞かなかった。
「事前に相談してもらえるようになるよう努力します。
今日は遅いので、休ませてもらいます」
グレースは部屋を出た。
「御屋形様」
「なにかしら」
「お役に立ちますのでお側に置いてください」
「そうね、期待しているわ」
そっちがその気なら、お土産をつけて婚約解消してやろう。シュリアがとても良いことを言っていた。他国に嫁ぐただの王子であったころなら少しのやんちゃで済んだだろうが、王位を継ぐならば一夜でも関係があったと押しかけるに違いない。それをちょっとばかりやりやすくしてやるのだ。
権力の重みと嫌なところを存分に思い知るがいい。
笑うグレースにネコイチロウはびびったように逃げようとした。
「誰がお前なんか愛してるってのよ」




