ささやき
グレースは騎士たちの話を聞くことを一時中断した。今日の夜にでも話をまとめて父である侯爵に報告するというのでその場に立ち会うことにしたのだ。
グレースはそれまでに調べたいことがある。
残るそぶりを見せたクリスをあなた護衛でしょ? と連れて部屋に戻る。
グレースは留守を守っていたメイド長にお茶の用意を頼む。それが終わったら、図書室から本を探してほしいと告げた。
ぎろりとクリスを睨んだのち、メイド長は部屋を出ていった。ばたんと扉をきっちり閉めて。
「あの、扉開けておきま……」
「いいのよ。そのままで」
狼狽えるクリスにグレースは詰め寄った。え、あ、そのと後ろの下がっていくのを壁まで追い詰める。あら、これが壁ドンとかいうのでしたっけと小さく笑う。
ひぇっと悲鳴が聞こえてたが、気にしない。ほかに聞けるほどに親しい相手がグレースにはいないのだ。
「クリス殿、あなた、フィデル殿についてどの程度ご存じ?」
ふえ? と可愛らしい声が聞こえた。
クリスの焦ったような表情が、瞬く間に無表情になった。
「…………あー、それは、侯爵家の後継者としてのご質問として受け取ってよろしいですか?」
「ええ」
「返答不可です」
緘口令が敷かれているのか、そもそも、騎士については情報閉鎖しているのか不明である。
しかし、不可解なことがあり、精霊が絡むかもしれないと疑いがあり、精霊使いの末裔も関わっているというのであれば聞かずに済ませるわけにはいかない。
俺じゃないとダメ、と言っていたのも気にかかるところではある。
眉間にしわを寄せて唸るグレースにクリスはしゃあねぇなと呟く。
「あの、ですね。
フィデルが気になって好きかもーもっと知りたいかもーならまあ、個人的事情ですし、お答えすることもできたりするかもしれません」
正攻法では話せん。だが、乙女の恋路の相談という体での情報提供はしていい。ということのようだ。
そっちのほうこそどうなんだと言いたいが、別系統からの指令を受けて対応する、ということは難しいということの方が言えないという事情より優先かもしれない。
「……そーねー、フィデル殿かっこいーしー、すてきだわー」
「壮絶に棒読み」
「もっとしりたいなぁ」
「心がこもってない」
呆れたような声が耳元でした。
「ちょっとはいいかもって思ってるわよっ!」
自棄になってグレースは言う。
言われたクリスのほうがびっくりしていた。
「なによ、心がこもってないとか言ったのに」
「言ってませんよ。
まあ、ちょいとは報われますかね」
「なにが」
「とにかく、離れてください。
良くない誤解をされてしまいます。不都合なことに未婚男女ですからね」
「どちらか既婚でも不都合ではあるわね」
クリスはそういうグレースを信じられんという表情で見る。続けてマジか、と呟くところが全く分からない。
まあ、らしくないことをした、というのは確かである。
その後、何事もなかったようにソファで向かい合って座った。
「フィデルは、3年くらい前から騎士団所属です。その前は家業を手伝っていたそうです。ほぼ、王都に住んでたようですね」
その家業というのが、洋品店である。そこまではグレースも把握している。秘儀、スタイルよく見せ、ごまかしコーデ!などと言っているくらいにはその界隈に染まっている。
ふふんと自信ありと笑うところは、と思い出してグレースはなんだかもやっとした。
「寄宿舎でも目立つこともなく、騎士団に来たのだって副団長が人手不足と片っ端から声をかけていった結果の入団です。まあ、ここ数年はそういう感じではあるんですけどね。近衛のほうがかっこいいとか言われてまぁ……。
入団しても目立った功績はありません。
あいつがグノー家の出身と知っているものもほとんどいないでしょう。俺が知ったのも団長から直々に言われてですね。同室で、しばらく指導する立場になることが決まってましたから。
かなり変人が来るはずだ、面倒が発生するはずだ、覚悟しておけと。言われたほど面倒もおきませんでしたが」
「変人では、あるわよね」
「そこは否定しません。ただ、本当に何もなかった、ということはなくて。
勘の良さはとても無視していいレベルではなく、護衛計画を立てるときにはいつも確認してもらいますね。あと、今日の運勢とかいって壁に注意事項を書いておく日もあります。ほんとね、当たるんですよ。
あとは銃は下手なんですが、必ずあてなければいけないときには、必ず、当てます。逆に言えば、この一撃のために普通撃たないというところがあるっぽいんですよね。
それから、足が悪いので気を付けてあげてください。もし、一緒に逃げる場合、あいつ、足止めをすると残ると思います。長く走れないんです」
「そのように見えなかったけど」
「子供の頃、足がわるかったそうですが、長期的な訓練のおかげで歩くのは問題ないそうです。これも公にしてないことなのでご留意ください。
こういう任務に向いてはいないですが、あそこまで目立たないのもいないので……」
「大きいものね……」
先ほど会った騎士たちも地味な装いでも威圧感はあった。集団でいれば普通のものとは見られないだろう。クリスは元々大柄であるのも加わり、一人でも荒事を扱っていそうな雰囲気がする。
そう考えるとフィデルは浮いている。
「あとは、そうですね。
故郷の森には精霊が住んでいる、らしいですよ。精霊がいるか、という話になったときに、いるよと答えていましたね。話題に加わるまでもなく、そんな当たり前のことなんで聞くの? という感じだったので覚えてます。
俺は、ああ、あの初代の精霊使いの末だからか、と思いもしましたね。
だから、今回なんかあるなら、なんかしてますよ。グレース様にできることは大人しく屋敷にいることですね」
「そう、わかったわ。ありがとう」
お役に立てたならばとクリスは言って、立ち上がった。
「あ、余計なことを言ったと責められたら、お嬢様がとっても知りたがってって言いわけしておくのでよろしくお願いします」
「わかったわよ……」
グレースはがっくりと肩を落とした。間違ってはいないのだが、なんだかものすごく、訂正したくなった。




