手紙の行方
お茶会より一週間。
グレースは示し合わせたように送られた5通の手紙を受け取った。中身は、今までの誤解に対する謝罪であり、今後の関与はしないという文面だった。
侯爵の帰宅後、見せることにしてグレースはテーブルに手紙を広げた。
「ミラも見て」
当たり前の顔で控えているようになったミラ=フィデルは興味津々と言いたげに手紙を覗き込んだ。
他にはメイド長もいるが、今は部屋の掃除をしてもらっている。不測の事態のときの対応を任せる予定である。
「筆跡の違いくらいしかないわ。
誰か、指示した人がいるんじゃないかしら。やっぱり、後ろにもう一人いそう」
『レイラ嬢では』
「そうね。ヴィオレッタ嬢を推してくるのが怪しいとはお父様も言っていたし」
レイラの話では、シュリアにお出かけに誘われ、たまたま、侯爵家の馬車を見つけて後をつけてきた、らしい。当日、出かける話をしてから馬車で出かけるまではそれほど時間をかけていない。
偶然だろうというが、フィデルだけが少し納得できないという顔をしていた。
なお、レイラは男爵令嬢で親族を頼って一人でこの国に来たそうだ。親族の好意でメイドと護衛が一人ついている。彼女を預かっている家のものは今回のことで青ざめていた。
調べがついている範囲で言えば、背後関係もなにもない。彼女の実家である男爵家も野望があるわけでもなさそうだった。他国で調べる範囲も狭いが、そんな家、あった? という話だった。
レイラは本当にグレースが婚約者にふさわしくないから婚約解消すればいいと思ったからそういった、である。
そして、公国の令嬢にたまたま似ていた。
偶然ばかりが合わさってあやしい。
「ひとまず落ち着いたということにしておきましょう。
相変わらず別の方は危ないお手紙送ってくるし」
他の王子の勢力からのお手紙のほうが、問題になってきている。
毒の塗られた手紙。謎の粉末入り。悪意ある言葉の数々。
証拠品として確保しているが、グレースも気が滅入る。
「そろそろ決着がつくんじゃないかしら。
起死回生で、私が狙われそう。誘拐と襲撃を警戒しないとね」
『迂闊なお出かけと毒殺にご注意いただければ避けられると思います』
「そうしたいところだけど、陛下の生誕祭に欠席はできないわ」
「ああ、大宴会がありましたね」
げんなりとした声が聞こえた。メイドの姿のときは筆談をしているミラから、素が出てくるくらいに嫌らしい。
生誕祭は一週間に及ぶ行事だ。もっとも王族に課されている儀式が半分以上を占めるので、グレースが参加するのは残りの部分で済む。
その儀式とは建国より引き継がれたもので、なぜか建国祭では行わない。
友の血を継ぐ者を祝福する。
国を守ってくれているわけではない。自らの行いをきちんと律しなさい。
そう、王から言われたことがある。グレースもちゃんと建国王の血を継いでいるのだから忘れないようにと。
あれは、確か、あの手袋をもらったときのことだった。
「うちでも把握しているとおもいますが、参加される夜会や儀式について教えていただけないでしょうか」
「書いて渡すわ。
多いもの」
なにも今の時期に誕生日がなくてもいいのに。グレースはため息をついて、新しい紙を用意した。
「狙われると思う?」
その返答は声ではなく、文字で返された。
『なにかしらの接触はあるでしょう。
事前に招待状は送られているはずです』
「そうよねぇ。
汚れてもよい、いい感じのドレスを用意しないと」
『走れる靴も用意します』
全く楽しくない生誕祭になりそうだった。
グレースは夜遅くに帰宅した侯爵にも来た手紙を見せた。彼はつまらなそうに5枚の手紙を見ていた。
「見せしめでもするか?」
「今すると勢力が減りますので、良き時期に。
彼女たち、この件、殿下まで知っていると思っていないようなんですよね」
誰にもバレてないなら候補に入れることもあるかもしれない。
そういう夢をみている。
今が楽しい頃だろう。
「都合の良い話だな。
謝罪があった件は、伝えるのか?」
「なぜです? いらないでしょう。どうせ、次の婚約相手からは排除されてます。多少心証が良くなろうが関係ない」
つけ入る隙のあるような娘を王妃などに据えるわけはない。
罰を与えるまでもない。彼女たちは、時が来れば捨てられる。家のものにそう利用されたと気がついたときには修道院か、難ありの結婚をしたあとだ。
グレースは少しばかりの同情はある。ただ、許そうとも思わない。
「まあ、なぁ。
ヴィオレッタ嬢は修道院に身を寄せているらしい。そのまま、神に仕えるという話もあるが、連れ出されるかもしれんな」
「今から候補を立てて王妃としての教育をしても間に合わない、ですか」
「規定で5年と決まっている。
レンナルト殿は24になった。5年も待ちたくはないだろう」
隣国の習慣として王太子は結婚と即位を同時に行う。それ以前に子がいても、王位は継げない。また、王妃の教育期間も決められている。
これは、以前やらかした王太子がいるからだ。恋人の村娘との間に子をもうけ、さらに王妃としようとした。ひと悶着あり、王太子が廃嫡されたのちにこの規定が決まったらしい。
それはともかく、今なら病床の王に退位を迫りやすい。それならば兄の婚約者をそのまま引き継ぐというのもない話でもない。
そうなれば無事グレースはお役御免である。喜ばしい。
「婚約解消はいつになります?」
「王太子に確定したら即解消する。
嫌がらせにはうんざりだ。その分はきちんと慰謝料を取り立てるつもりだ」
「恨みを買わぬ程度に、ですよ?」
「恨みも言えぬほどに、殲滅しておくよ」
笑う父を見てグレースは沈黙した。お怒りだ。侯爵は愛国心も家を愛する気持ちも持っている。これまでのことは国益を見込んで黙っていたが、役目が終わったのならば容赦しないだろう。
他国への干渉と見られないようにじっくりと借金漬けにでもするかもしれない。
「この子たちの処分はグレースが決めろ。
家はなくなると思え」
「……温情があるんだかないんだか」
彼女たちは末端の駒である。愚かに踊らされたのか、知っていてなお踊ったのかは知らない。
「まあ、とりあえず安全な修道院送りにしたいですね。証言者がいなくなるのは困る」
「狩られぬよう手配しておこう」
気軽に請け負う。この国にいるのならば、攫いやすいだろう。安全のため、誘拐するとは悪人のようだ。優しくて利用する気もあるのだから、悪人でいいかもしれないなとグレースは思い直した。




