新しい護衛
「どーも、フィデルです。
臨時の護衛ですが、よろしくお願いします」
軽い調子でそう名乗った男。人懐っこい笑みにメイドたちがざわめいたのがわかった。お堅いと言われる騎士とは思えないのだろう。
グレースはため息をつきそうになった。なんだか軽薄そうだ。
魔法も剣も古臭いものといわれて久しい。今は騎士という職業が護衛や式典のにぎやかしという役割に代わっている。王家直属で王族が団長を務めているが、それも伝統を守っているというところだ。華やかな場は近衛兵に、もし他国との小競り合いとなっても軍がある。
そんな立場だからか、あまりぱっとした話も聞かない。グレースは実直な仕事をしていると思っていたが、この目の前にいる青年はその印象を外れている。
グレースは父の選択をちょっと恨んだ。いつもの護衛の代わりに信用できる、役に立つ護衛を呼んでおいたと言っていたのに。当の父は用事があって外出している。
帰れと言わなかったのは、現在の特殊な事情を受けてのことである。普通なら対応すらしたくなかった。
「よろしく。
無礼な態度をとればおじさまに進言するわ」
あ、という顔をしたフィデルはぴしっと姿勢を正した。グレースの言うおじさまが誰か見当がついたんだろう。察しはいいかとちょっとだけ評価を上にあげる。
グレースは侯爵家の一人娘であり、国王陛下の従弟の子、厳密には伯父ではないが親しくおじさまと呼ばせてもらっている。
王族の一員ではないが、限りなくそれに近い立ち位置にいた。騎士をやっているのだから同じ貴族だろうが、立場が違いすぎる。気楽に声をかけられる小娘と思われたくもない。
「誠心誠意お勤めいたします」
「期間内はちゃんとしなさいね」
「承知してます。
お姫様の護衛なんて仕事、珍しいですからね」
やっぱり軽薄である。グレースは冷ややかに彼を見返した。同年代の男性はその視線にひるむらしいがフィデルはやや眉を下げる。ちょっと困ったなという顔に見えた。だが、何か言い返してくることもない。
一応、空気も読めるらしい。
誰もいないよりはましかと気を取り直した。
「今日は邸内にいるわ。
中を案内してもらいなさい」
「ご配慮いただきありがとうございます」
大人しく彼はメイドの案内に従った。
「面倒なことね」
「お嬢様の安全のためです」
メイド長がそういうが、不安には違いない。もっと強そうな人のほうが良かったとグレースは思うが、彼のような雰囲気のほうが都合がいいのもわかる。
それからしばらくして、フィデルは一人で戻ってきた。
「部屋での護衛は許可していただけますか?」
「部屋の外に出て欲しいときは、したがってくれるなら構わないわ」
「承知しました」
フィデルはそういって、少しだけ考えたようにメイド長へ視線を向けた。
「ええと、お嬢様と二人でお話はしてもいいんでしょうか?」
「許可できません」
グレースが言うより前にきっぱりとメイド長のほうから拒否されていた。グレースもうなずく。
解消されるかもしれないが、婚約者がいる身の上で護衛といえど二人きりはありえない。
「すみません。ほかの人の前で聞くわけにはいかないことがあって。
それでは口外せぬようにお願いします」
メイド長は口外せぬと約束し、フィデルは続きを口にした。
「側仕えする者の服を都合してもらえますか? 明らかに護衛とわかるのは困るときもあるでしょう。でも、離れるわけにはいきませんから使用人のふりをします」
「……そういう場所は、男性も入れないことが多いわ」
男性を連れていきにくいところと考えると基本的には女性の集まりだ。今のところ参加の予定はないが、断れない集まりが発生する可能性はゼロではない。護衛としてそばに居たいということはグレースもわかっているが、さすがにその場に連れて行くのは無理だ。
やはり女性の護衛が必要であるとグレースは認識する。
家にいるメイドの中には護身程度はできるものがいるので今まではそれで足りていた。そもそも、荒事になるようなことは数えるほどしかなかったのだ。しかし、今はそれで対応できない。だから、信頼できる専任の護衛を用意したが、男ではだめな場合がある。とはいえ、女性の護衛というのはいるにはいるが、数が少ない。ほぼ専任という形で一時的に借りるのも難しい。
父はその点がすっかり抜け落ちていたのだろう。グレースは母がいないので、その点を指摘するものものいない。
「困ったわね。
あなたに女装してもらうわけにも……」
「あ、しますよ。
お仕着せ1着もらえれば改造します」
「……出来が良かったら、置いてあげるわ」
できるもんならやってみなさいと、そういうつもりでグレースは告げた。どこをどう見ても男のフィデルが女装が似合うとは思えない。
言われたフィデルは俺、かわいいですからねとウィンクまでしてきた。
軽薄である。
こんな男としばらく本当に過ごせるのだろうか。グレースは不安になってきた。