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第六話 町いちばんの不審者と、狂った自販機


 直射日光とアスファルトから立ち上る熱波のなか、ゆらゆらと揺れる景色のなかを歩く。

 無言の水戸と二人で。


 とりあえず、柴村に聞いた「魚谷」という男が住むアパートに出向いた。

 白い壁が汚れ、日に焼けてベージュになっているような単身者向け二階建てワンルームアパート。

 いかにも刑事ドラマで刑事が聞き込みに来そうなアパートだった。


「留守ですね……」


 水戸が言った。


「ううん……」


 確かにベルを鳴らしても反応はなく、部屋の明かりもついていない。

 古い手だが、電気メーターの回転速度を見た。

 ゆっくりだ。

 どう考えてもエアコンは使用していない。


「留守ですよ」


 すでに水戸の声が苛ついている。


 仕方ないので、聞き込みを行うことにした。

 アパートの住人で反応してくれたのはたった一人。

 数名が在宅中だったようだが、2階に住む40代の女性以外には明らかな居留守を使われた。


「ああ1階のあの男? ……なんかしたんですか?」


 彼女は金髪で痩身。まあまあそれなりに見てくれも良い。

 ノーメイクだったが、どことなく水商売の香りがする声色だった。

 つまり少し酒焼けしたしわがれ声だ。


「いえいえ、そうではありません……参考程度と思っていただければ……」


 本来、こういう質問をするのは水戸の役目だが、どうも彼女は聴取対象者を警戒させてしまうような、剣のある話し方から卒業できていない。

 

「あいつでしょ……ああ……あいつねえ……噂だけど……あくまで噂ですけど……」


 またか。

 いや仕方ない。

 相手は民間人だ。


「いえ、参考ですので、噂でけっこうですよ……はい」


「ここに越してくる前に、実家の近所に住んでる人をバットで殴ったとか殴らなかったとか……そういう噂は聞いたことあるけど……」


「え?」


 思わず声に出してしまった。

 水戸は無関心だったが。


「いやほんと、噂ですよ……ほんとに。詳しいことは知りませんけど……」


 交番の柴村巡査部長に聞いた話とはまるで違う……が、だから噂なのだろう。


 事実、その女性からはそれ以上の話は聞くことができなかった。

 まったく参考にならなそうな話だが、とりあえずこのマンションに住む“不審人物”……魚谷についてはもう少し調べておいたほうがいいかもしれない。

 

 べつに刑事の勘でも何でもない。

 ただこの酷暑のなかでも、惰性のような職業意識はまだわずかに残っている。


「すみませーん……」


 アパートの正面にあるタバコ屋兼雑貨屋、というかんじの店を訪ねた。


 店先には清涼飲料水の自販機が二台。タバコの自販機が一台。

 ぱっと見たところ、最低でも築30年は経っている木造二階建て。

 二階は住居だろう。


「あの、すみませーん……警察でーす」


 呼びかけたが、真っ暗な店の奥から返事はない。


「すいませーーーーーん!」


 怒気を込めた声をあげる水戸。

 しばらく待った。

 じりじりと照り付ける太陽に燻られながら。

 

 静かだ……物音ひとつしない。

 

 それにしても静かだ。

 なぜこんなに静かなんだろう?

 この夏には、何かが足りないような気がする。


「返事ないな」


「留守……じゃないっすよね? だって店開いてるし……」


「すいませーん……」


 と、水戸がカバンから財布を取り出し、清涼飲料水の自販機に硬貨を放り込んだ。


「部長もなんか飲むっすか?」


「いや、べつに……いい」


 ガコン。

 自販機が音を立て、水戸がしゃがみ込んで取り出し口からペットボトルを取り出す。


「あれ……?」


 手にした350mlボトル入りのアイスコーヒーを、水戸が怪訝そうに見ている。


「どうかした……?」


「おっかしいなあ……自分、ミネラルウォーター買ったつもりなんっすけど……」


「間違えたんじゃない? どれ……」


 確かにわたしも喉が渇いていた。

 わたしも水戸が使った自販機を使ってみる。

 小銭を入れて……350mlボトルの麦茶のボタンを押す。

 

 ガコン。


 取り出し口に手を突っ込む。

 出てきたのは、ミネラルウォーターだった。

 水戸と顔を見合わせる。


「これ、あげるよ」


「ちっす……じゃ、部長これ……」


 水戸からアイスコーヒーを受け取る……飲みたいのは麦茶だったが。


 と、奥から小柄な、痩せた老人が出てきた。

 性別もはっきりしないほど老いて、枯れている。


「あの……警察なんですが……向かいのマンションの……」


「1階の魚谷の話でっか」


「え?」


 先手を打たれたようで、わたしも水戸も言葉を返せなかった。

 それぞれアイスコーヒー、ミネラルウォーターの瓶を手に立ちつくす。


「向いのアパートの1階に住んどる、魚谷のことでっしゃろ……ついに何かやりよったんですか」


 老人は表情を変えずに言った。

 声からも男性なのか女性なのか、判別できない。


「い、いや、まあの、そのことでお伺いに来たんですが……その、まだ何かやったとかやってないとか、そういうレベルにも達してない話でして……」


「あいつ、こっちに越してくる前に、学校に火つけよったらしいでんな」


「へ?」


 また、虚をつかれた。


「まあ、噂だすけどな……」


 結局、自販機から出鱈目なものが出てきた理由に関しては聞くことができなかった。

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