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* * *



 胡伯と会うのも、園遊会あとの騒動以来だ。


 囚われの身であった胡伯を、紅焔が解放させたあと。香丞相は皇帝の(めい)に従い、胡伯と演者の二人に謝礼金を十分に持たせて解放した。


 香丞相は牛車も用意したが、胡伯はそれを辞退した。一緒に囚われていた演者ともそこで別れ、胡伯はひとり、商会の拠点へ戻ろうとしたのだが――


「大通りに出てすぐ、偶然通りがかった牛車から、義姉上に声をかけられたと」


「左様にございます」


 紅焔が口を挟むと、向かいに座る胡伯がそっと視線を伏せて頷いた。


“もし。お前は先ほど、園遊会で見事な笛の音を披露した者ではなくて?”


 従者を通じて胡伯を呼び止めた麗鈴は、御簾の奥からそう微笑んだという。


「南宮の御方様は、(わたくし)が商会の者であることもご存知でした。また、深くはお尋ねになりませんでしたが、園遊会のあとで何かがあったとお察しになったようでした」


 衛兵が手荒に扱ったことにより、胡伯は節々を軽く負傷していた。怪我のひとつひとつは大きくないし、天宮城を出る前にすでに怪我の手当ては受けていた。それでも麗鈴は、胡伯の身を深く案じた。


 そして麗鈴は、少女のように声を弾ませて胡伯に次のように命じた。

 

“その傷が癒えるまでの間、お前を南宮殿に招きます。砂漠の向こうの異国の文化について、ちょうど誰かに聞いてみたかったの”


 そこまで聞いた藍玉は、大きな目を細めてじとりと胡伯を睨んだ。


「それであなたは、誘われるままのこのこと、南宮殿についていったのですね。そのたった数刻前に、旦那さまに命を拾い上げられた身だというのに……」


「私はただの商人にございますよ。南宮の御方様に畏れ多くもお声がけをいただいて、お断りをするという選択肢はございません」


「そもそも、麗鈴に園遊会の出席を許したのは俺だ。皇帝と公式の場で和解(・・)した麗鈴の誘いを、胡伯が断る理由はないだろう」


 紅焔が助け舟を出すと、藍玉は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


 どういうわけか、藍玉は麗鈴を警戒している。どうやら以前から疑念を抱いていたようで、胡伯が南宮殿に滞在しているとわかった途端、藍玉は明らかに表情を変えていた。


(だが、少なくとも今回の幽鬼騒動に関して、義姉上は無関係だ)


 華劉生の幽鬼がなぜ自分たちを狙ったのかの謎は、おそらくもう解けた。


 もちろん真偽を確かめるのは胡伯から話を聞きだしたあとだが、紅焔の推測が正しければ、今回の事件に麗鈴の思惑が絡む余地はない。


 その事実に、少なからず安堵している自分がいる——

 

 一瞬、逸れかけた思考を正すために、紅焔は首を振ってから仕切り直した。


「胡伯。先ほどお前は、俺の問いに何一つ隠し立てをせず答えると誓った。その言葉に、二言はないな?」


「もちろん。先ほど春陽妃様がおっしゃった通り、私の命は貴方様に拾われたものです。貴方様が必要とされることであれば、なんでもお答えする所存です」


「それがお前本人ではなく、お前の客が抱える秘密であってもか」


 紅焔が念を押すと、胡伯はうすい唇を引き結んで座りなおした。薄々予想はしていたのか、わずかに緊張を滲ませただけで、胡伯はそれ以上の動揺は見せない。


 青みがかった瞳をまっすぐに見返して、紅焔はいよいよ本題に斬りこんだ。


「俺が知りたいのは、俊宇(シュンウ)――二年前にいなくなった、蘇家の下男のことだ」

 






 幽鬼騒動に対処する傍ら、紅焔は香丞相に、蘇家の調査を続けさせていた。


 二代にわたって皇帝の右腕を勤めるだけあって、香丞相は有能だ。彼が個人的に保有する密偵もつかい、香丞相はあらゆる角度から蘇家に関わることを調べ上げた。


 その中で浮かび上がったのが、蘇凛風の従者だった、俊宇という若い男だった。


「詳細は省くが、俺は今回の幽鬼騒動の裏に、その俊宇という従者が消えたことが絡んでいるとみている」


 紅焔がそう言うと、胡伯は一瞬目をみはってから、やがて観念するように視線を伏せた。


「俊宇が……いえ。今日、陛下がお尋ねになられるのは彼のことだろうと、ご来訪の知らせを聞いた時より予想しておりました」


「表向き、俊宇が体調を崩したために職を辞して去ったことになっている。だが、一部の者の間では、彼が蘇大臣の怒りを買って追い出されたと噂されていた。――そのいずれも真実ではないな?」


「そこまでお分かりなら、誓いがなくとも、隠し立てをする意味はございませんね」


 軽く肩を竦めて、胡伯は苦笑する。それから、改めて重い口を開いた。


「陛下のご推察の通りです。――俊宇は(・・・)死にました(・・・・・)。他ならぬ、蘇家の旦那様の(めい)によって」



*      *         *



 彼の死についてお話する前に、まずは私が知る生前の俊宇について語りましょう。


 私が俊宇に初めて会ったのは、三年前、蘇家の本家に呼ばれた時です。それは蘇大臣――蘇家の旦那様が、凛風お嬢様を未来の皇妃とするため、一層力をお入れになられた頃でした。


 当時、凛風お嬢様は十五歳。旦那様は近々お嬢様を都に呼び寄せよるおつもりで、その準備として上質な反物や宝石を揃えるべく、私をお呼びになったのです。


 お嬢様はすでに、春風の中に佇むような清らかな美しさから、『桃源郷の天女』と謳われておりました。それだけではなく、幼い頃からの妃教育が、あの方を内面からも輝かせているようにお見受けいたしました。


 話が逸れてしまいました。俊宇でございましたね。


 彼はお嬢様の従者を勤める下男であり、用心棒でもありましたから、私がお嬢様にお目通りする時はいつもそばに控えておりました。


 涼やかな目元をした、精悍な男でしたよ。背も高く、どこに連れて歩いても見栄えのする色男でした。仕事ぶりも真面目で、使用人仲間からも可愛がられていました。


 お嬢様も、そんな俊宇に気を許していました。年も比較的近いため、従者というより親戚の兄のような感覚だったのかもしれません。普段は楚々としたお嬢様が、俊宇には年頃の娘らしい無垢な笑みを見せていました。


 さて。私は何度か蘇家の屋敷に上がり、旦那様のご意向に従って素晴らしい品々を納めさせていただき、あっという間に一年が過ぎました。


 いよいよ支度が整い、旦那様がお嬢様を都に移そうとなさった頃。世の流れが変わりました。


 焔翔様が、将軍であられた貴方様を亡き者とするため刺客を送り、返り討ちにした貴方様が逆に焔翔様を捕えたのです。


 あえて申し上げましょう。蘇大臣は、焔翔様の二の姫としてお嬢様を嫁がせるつもりでした。ですが貴方様もよくご存じの通り、貴方様を狙った暗殺騒動によって、焔翔様の皇太子位が一気に危うくなりました。


 旦那様は大層悔しがっておられましたが、頼みの焔翔様のお立場が危ういなら仕方ありません。お嬢様の都上りは、一時見送りとなったのですが……。


 事件はその直後に起きました。


 お嬢様が俊宇を連れて、お屋敷から姿を消したのです。



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