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6-12




「「は、はあ~~~~~~~~~~~~!?」」


 藍玉の突然のぶちまけタイムのあと。


 永倫は目が回りそうになりながら必死に真実を呑みこもうとし、紅焔は藍玉に詰め寄っていた。


「あ、阿美妃の娘……? ていうか、生まれ変わりって……? 待って? じゃあ、春陽妃様って、人間じゃなくて妖狐ってこと…………?」


「おいいいいぃ、藍玉! 君! なぜ! 全部普通に喋ってるんだ!?」


「いやだって。正直に話さないと、梁大将は納得してくださらないじゃないですか。いつまでも堂々巡りでもあれだし、なんか、もういいかなって」


「もういいかな、で話していい内容ではないだろう!!!!!!!」


 叫びながら、紅焔は頭を抱えて倒れこんだ。もうやだ、泣きたい。永倫の想いとか、藍玉の立場とかを考えて、必死に悩んでいた自分はなんだったんだ。


 そうやって紅焔が謎の敗北感に打ちひしがれていると、藍玉が宥めるように紅焔の背中をぽんぽんと叩いた。


「これも全部、旦那さまのせいなんですよ」


「意味がわからない……」


「旦那さまが、私を信じて、手を伸ばしてくださったから。だから私も、旦那さまが信じるものを信じてみたいって、そう思ってしまったんです」


 藍玉の言葉にハッとして、紅焔は顔をあげる。藍玉は照れくさいのか、顔を背けてしまっている。その表情を無性に確かめてみたくなって、紅焔は藍玉に手を伸ばそうとした――


「――――って、イチャついてるところ、悪いんだけど」


 地を這うような声がして、紅焔は我に返った。慌てて振り返れば、ようやく正気に戻ったらしい永倫が、涙目で二人を睨んでいる。


 そういえば自分も、妖狐としての藍玉の姿を見てしまった夜、真実を受け入れるのに相当苦労したっけ。妙な感慨を覚えつつ、紅焔は眉尻を下げた。


「悪い、永倫。そういうことだから……」


「そういうことだから……、じゃ、ないんだよ! ぜんっぜん、理解できないよ!」


 もはや駄々っ子のように叫んで、永倫は藍玉を指差した。


「つまりだよ! 春陽妃様は狐! 妖狐なんだよ!」


「正しくは、前世は半妖、今世では人間です。私の自己同一性(アイデンティティ)は妖狐に傾きますが、肉体はそのように生まれましたので」


「ややこしいし、なんでもいいよ! とにかくだよ、狐が千年前にこの地に何をしたのか、コウ様だって知っているでしょ!?」 


「それを言うなら、千年前に人間が狐に何をしたのかも、よくご存知なのでしょうね」


 藍玉がぴしゃりと言い放つと、永倫は視線を泳がせた。彼は何かを言いたげな表情をしたものの、さすがに娘に向かって阿美妃を罵る気にはなれなかったらしい。ややあって、「ごめん」と呟いた幼馴染の肩に、紅焔はそっと手を置いた。


「彼女も、なぜ母が千年も呪いをまき散らす怨霊と化したのかは知らないんだ。しかし、彼女の知る阿美妃は、歴史に記されるような悪名高い妖狐ではなかった。だから俺たちは、千年前の真実を探る必要があるんだ。それが、阿美妃の絶望を祓う唯一の方法だから」


「表面上、鬼通院によって母は封じられています。ですが、呪いはいまだに噴き出て、ひとつ目の狐として人々を襲っています。それだけではなく、真の太平の世も、母の呪いがある限り決してこの地に訪れることはないでしょう」


「……だから、協力関係ってこと? 春陽妃様の目的を達成することは、結果的に、コウ様が目指す太平の世の実現につながるから?」


「そう、旦那さまは私に言ってくださいました」


 藍玉が答えると、永倫は項垂れた。しばらく沈黙したのち、永倫は頭をガシガシとかきむしりながら「あーーーー!」と叫んだ。


「気に入らない! たしかに、阿美妃の呪いがある限り、楽江に平和は訪れないって伝わっているさ! だけどこれじゃ、李家の悲願を人質に捕られたようなもんだよ!」


「これは彼女が言い出したことじゃない。俺がそう藍玉を説得したんだ」


「でしょうね! コウ様は昔から真面目で、不器用で、どうしようもなく愛情深いから!」


「あ、愛情深いってなんだ!」


 予想の斜め上の言葉が飛び出し、紅焔は動揺して赤面した。藍玉までもが「わかる……」とでも言いたげな生暖かい目をしているのが、なんだか居たたまれない。


 こほんと咳払いをして仕切り直してから、「とにかく!」と紅焔は声をあげた。


「俺は、俺が目指すもののために、藍玉に力を貸すと決めた。お前も俺の従者なら、彼女に力を貸してやってくれ」


「こういう時だけ主従を持ち出しやがって。横暴だ、横暴だ!」


「仕方ないだろ。俺が気兼ねなく我が儘を言えるのは、この世でもうお前だけだ」


 紅焔がそう言うと、永倫は大きくパカンと口を開けた。ややあって幼馴染は、両手で顔を覆ってメソメソした。


「あー、やだやだ! 俺、コウ様のこういうとこキライ!」


「今のは、私もどうかと思いますね。無自覚であの発言はさすがにあざとすぎます」


「なんで俺、急に怒られてるんだ?」


「この天然ひとタラシ!」


「無自覚口説き野郎」


「なんで罵られてるんだ!? というか、変なところで結託するな!」


 いがみ合っているよりはマシだが。……そう思ってから、紅焔は苦笑した。


 永倫は言わずもがな。藍玉も、紅焔の中でとっくに大きな存在になっている。その大切な二人と、争わずに同じ方向を目指すことができている。


(それだけでも、俺には過ぎた幸せだ)


 ふっと笑みを漏らした紅焔を、めざとく見逃さなかった永倫が憤慨して指差す。


「俺わかっちゃーう! いまの絶対、またひとタラシなこと考えてる顔ってわかっちゃーう!」


「だから、なんだ。さっきから人のことをタラシ、タラシと」


「いけませんよ、梁大将。ちゃんと迎撃体制を整えていないと、またうっかり殺し文句にぶち抜かれます」


「んで、君はなんなんだ、藍玉! 悪ノリするな!」


 夜も遅いのにぎゃあぎゃあと喚きあう三人の人間に、子猫だけが呑気に「フニャア」と欠伸をした。




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