6-11
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永倫は、梁家の四男として生まれた。
梁家は武人の家だ。李家とは縁戚にあたり、父・梁明昌は先帝・流焔の親友であり、一の家臣であり、戦友だった。
そんな偉大な父のもとに生まれた、偉大な息子たちの中で、永倫は完全におまけだった。
体の丈夫な長兄は父の後継ぎとして期待された。頭の切れる次兄は官吏として出世することを期待された。三番目の兄は長兄を支えて一緒に家を盛り立てることを期待された。
じゃあ、四男は? 四男である永倫は、なにを期待された?
答えは、特になかった。偉大な兄は三人いて、四番目の自分に期待されることはなかった。幸いにして梁家はそこそこの豊かさがあったが、そうでなければ口減らしに間引きされていただろう。幼心にもそう恐怖するほど、両親も兄も自分に関心がなかった。
だから李家に奉公に出されることが決まった時、永倫は「ついに俺は捨てられたのか」と思った。冷静な部分では仕方ないと諦めつつも、悲しかったし、悔しかった。いらない子ならば、産んでくれなければよかったと母を恨みもした。
だけど。だからこそ。梁家に奉公に出てからの日々は宝物のような毎日だった。
“永倫は筋がいいな。紅焔のお手本にぴったりだ!”
大らかな流焔は、実の息子のように永倫も可愛がってくれた。
“また腕をあげたんじゃないか? はは、今から将来が楽しみだ!”
面倒見がいい焔翔は、実の兄のように永倫の成長を見守ってくれた。
“行くぞ、永倫! お前はぼ……おれの従者だろ”
そして誰より――親友であり小さな主である紅焔が、永倫を永倫のまま認めてくれた。
――あの幸せな日々は、二度と帰ってはこない。
流焔は都を離れ、焔翔はこの世を去った。残された紅焔はひとり、贖罪を胸に、かつて三人が目指した太平の世を叶えるべく、血を吐く想いでこの国を治めている。
なんで!と、叫びだしたくなる時もある。もういいんだ!と、紅焔を引き留めてやりたくなる瞬間もある。
だけど、紅焔がそれを許さない。真面目で、不器用で、誰よりも愛情深い彼は、自分の罪と向き合いながら必死に己の選んだ道を貫こうとしている。
であれば、永倫がすべきことはひとつだ。親友として、従者として、近衛大将として。紅焔の行く手を阻むものを排除する。
それが永倫の――紅焔に遺されたたった一人の家族として、彼にしてやれることだと信じているから。
「……答えろ。あんたはコウ様の敵か、味方か、どっちだ!」
ジリジリと、肌を焼くような緊張が小さな部屋の中に広がる。
鋭い切っ先を突き付ける永倫と、鋭い眼差しをまっすぐに受け止める藍玉。そんな二人の横で、紅焔はこの場をどう収めるべきか必死に考えていた。
永倫が藍玉を傷つける心配は……まあ、ない。永倫が藍玉に向ける眼差しや声は、厳しさはあるが敵意はない。何より永倫は、紅焔の許可なく、紅焔が大切にするものに手を出すような男ではない。
だから問題は、永倫の問いにどう答えるかだ。
敵ではないと答えるのは簡単だ。しかし、永倫はそれだけでは納得しないだろう。小刀を手に妃に詰め寄るなど正気の沙汰ではない。常軌を逸してしまうほどに、永倫は藍玉に疑念を抱いているということだ。
とにかく、永倫に刀を収めさせなければ。そう紅焔が口を開こうとした時、藍玉がうすい唇を開いた。
「…………わかりません」
「なに?」
「私に旦那さまへの敵意はなく、私たちは協力関係にあります。そういう意味では味方でありますが、私のせいで、旦那さまを厄介ごとに巻き込んでいるのも事実です。あなたから見れば私は旦那さまに害を為す輩、つまりは敵、と言えるのでしょう」
「貴様……!」
「お、おい、藍玉! 永倫も、いい加減その手を離せ!」
永倫の表情に険しさが増したのを見て、紅焔は慌てて刀を握る永倫の手を掴もうとする。けれどもその前に、藍玉が「ですが!」と大声をあげた。
「ですが……、私がこの地を去ろうとした時、旦那さまが引き留めてくださいました。その手が温かくて、涙が出るほど嬉しくて――だからもう、私のほうから、旦那さまの手を離してさしあげることができません。……ごめんなさい」
「っ!」
最後は、消え入りそうな声だった。藍玉が微かに頭を下げたせいで、小刀の切っ先が白い肌に触れそうになる。ハッとしたように永倫は刀を引いたが、そのまま苦虫を嚙み潰したような顔で刀を鞘に収めた。
「……って、お妃さまは言ってるけど。コウ様は、本気で春陽妃様の厄介ごとを一緒に背負うつもり? コウ様自身、厄介ごとの真っ最中なのに?」
「ああ」
じとりと向けられた視線に、紅焔は迷いなくまっすぐ頷く。
「さっき彼女が言った通りだ。俺の厄介ごとと、彼女の厄介ごとは同じ方向にある。だから、彼女の分も半分背負うことにした」
「その厄介ごとのせいで、何回か死にかけているのに? 近衛大将としても、『はい、そうですか』とは引き下がれないんだけど?」
「ぐ……っ」
紅焔は再び言葉に詰まった。やはり永倫は簡単には引き下がらない。彼を納得させるには何もかも正直に打ち明けるしかないのだろうか……
紅焔が逡巡した時、さっきとは一転して飄々とした藍玉の声が、二人の間に割って入った。
「私の持ち込んだ厄介ごとは、大きな危険を伴うものです。ですが、旦那さまの仰るように、この国の平和とも深くかかわる問題でもあります」
「この国と……?」
「私は阿美妃の娘・麓姫の生まれ変わり。私の持ち込んだ厄介ごととは、阿美妃、つまり前世の母の魂を解放し、この地から呪いを消し去るという内容です」
……この時、紅焔と永倫は、それぞれ違った理由で放心した。
永倫は、純粋に頭が理解に追いつかなくて。紅焔は、藍玉が文字通り洗いざらいぶちまけたのが信じられなくて。
二人はポカンと呆けたあと、仲良く揃って悲鳴をあげた。
「「は、はあ~~~~~~~~~~~~!?」」




