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「白の一族にも何か知っていることはないか聞きましたが、無駄でした。そもそも千年前のことですし、彼らは里を出て行った者には基本的に無関心です。同族を呪いの化身に貶められたことは怒ってはいましたが、母が嫁いだあとのことはよく知らないそうです」
肩をすくめて、藍玉はやれやれと首を振る。
白の一族というのは、阿美妃が連なる妖狐の一族だ。宗と玉も、その一族から遣わされて藍玉の下に来たと、前に藍玉が話していた。
そういえばと、紅焔は首を傾げる。麓姫は阿美妃が蘇芳帝に嫁いでからの娘だ。そして藍玉は、麓姫の記憶を引き継いではいるものの、両親は完全に人間だ。
「君は前世と今世、どちらも人間の中で育ったんだよな。白の一族の里には、行ったことはあるのか?」
「ありませんよ。宗と玉を通じて里長とやりとりしたことはありますが、私自身は、里の場所すら知りません」
「前に、里は仙脈のどこかにあると聞いたが……」
「引越ししたんです。母があんなことになってから、里長は一族が人間と関わるのを禁じました。だから里も、今度は決して人間が立ち入れない場所にしたそうです」
里長の人間排除はかなり徹底している。玉と宗も、藍玉のそば付きとして人里に出る時、里長により里の場所に関する記憶を消されたというから相当だ。
「あくまで一時的、彼らが帰郷したいと里長に願えば、遠隔で解除できる術式でありますが。とはいえ、二人を私のもとに送るのは苦渋の選択だったようです」
「じゃあ、里長は君のことも……?」
「本心では、よく思ってないんじゃないですか。しかし、郷里での母――阿美狐は、白子一族内でもそこそこ位の高い狐だったみたいです。里長は私にも、人間の世を完全に捨てて、一族のもとで狐として暮らすよう告げました」
だが、千年前の真実を調べるには、人間との関わりを断つわけにはいかない。だから藍玉の里行きは、「保留」という形で断ったそうだ。
(保留、か)
その一言が思いのほか胸に突き刺さり、紅焔はしばらく瞼を伏せた。
つまり、いずれ藍玉は、人間との関わりを絶って狐の里へ帰るつもりなのだ。
しかし、考えてみれば何も不思議なことはない。こうして話していても、藍玉は阿美妃の娘としての自分に重きを置いている。ひとつ目の狐事件の時だって、正体がバレたことで紅焔のもとを去ろうとしていた。
天宮城に残る判断をしたのだって、彼女が切実に助けを必要としていたからであって、別に紅焔への情があってのことではない。加えて、これまでの付き合いから察するに、彼女は一度こうと決めたことには頑固だ。
(わかってはいたが、凹むなぁ)
今更のように落ち込む紅焔に、藍玉は不思議そうに首を傾げる。けれども次の瞬間、彼女は何かを思い出したように、ポンと手を打った。
「宗から聞きました。旦那さま、劉生兄さまのことも調べていたそうですね」
「劉生兄さま?」
その親しげな響きに一瞬ピンとこなかったが、すぐにそれが華劉生のことだとわかった。
華劉生は白の一族の里を発見した探索隊のひとりであると同時に、かくいう阿美妃を処刑した張本人である。藍玉にとっては、敵のような相手のはずだが。
「やはり、親しかったのか?」
「ええ。劉生兄さまは、都になんの後ろ盾のない母のことをとても気にかけ、私のことも娘のように可愛がってくれました」
記録に残る華劉生は、蘇芳帝とは二十歳近く年の離れた、大層しなやかで美しい男だ。はじめは位の低い母の元に産まれた末端の皇子として苦労するが、後に蘇芳帝に取り立てられ、将軍にまで登り詰める。
けれども北領の軍司令を命ぜられて都を離れた数年後、彼は大軍を率いて都に登り、蘇芳帝、阿美妃の首を次々にはねた――
「私も、生まれ変わってから色々と調べて、一番驚いたのが劉生兄さまのことです。あの大軍を率いていたのが……母を処刑したのが劉生兄さまとは、まさか思いませんでした」
気になるのは、やはりその点だ。
蘇芳帝の首をとったまでは、まだわかる。晩年の蘇芳帝は暴君として伝わる。伝承にあるような義憤のためか、皇帝の座を狙ってのことかはわからないが、暴君が身内や臣下に討たれることは歴史上ままあることだ。瑞の国もまさに、紅焔の父が主君に反旗を翻したことで成った国である。
しかし華劉生は、なぜ阿美妃をも処刑したのか。
蘇芳帝の治世が荒れるにつれ、妖術により皇帝を操る悪女として、世間から阿美妃に向けられる目は厳しくなった。だが、阿美妃とその娘を長年気にかけてきた劉生が、その噂を鵜呑みにするとも考えづらい。
蘇芳帝の暴政により怒りを募らせてきた諸侯や大臣らをまとめるためには、次に恨まれる阿美妃の命も奪わざるを得なかった……。そういう可能性もあるが、阿美き妃を捕らえた三日後には処刑する素早さは、あまりに躊躇いがなさすぎる。
「華劉生は君の母を気にかけていたと言ったが、その関係に何か変化はなかったか?」
「私が知る限り、ありません。私が最後に兄さまに会ったのは、あの方が北領に向かう前です。その日も、兄さまは私たち親子に優しかったですし、年々おかしくなる皇帝のもとに私たちが残ることを案じていました」
だとしたら、ますますわからない。阿美妃のことは、幽閉するなり都から遠ざけるなり、いくらでもやりようはあったはずだ。
(残るは、阿美妃と自分のことで、周囲に気取られたくない何かがあったかだが……)
かなり悩んでから、紅焔は思い切って藍玉に問いかけた。
「母君と華劉。二人の間に、妃と義理の弟以上の特別な関係があった。もしくは華劉生が君の母に、義理の姉に向ける以上の感情を抱いていた。――そういう素ぶりはなかっただろうか」
藍玉の水晶のような大きな瞳が、ついと紅焔を見据える。その眼差しの強さに、紅焔は一瞬怯みそうになった。
紅焔だって、この質問を藍玉にぶつけるのは躊躇われた。彼女にしてみれば、愛する母と叔父とを同時に侮辱されたようなものだ。
けれども緊張して待つ紅焔に、藍玉は意外なことにふっと笑いを漏らした。




