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長らく空いてしまいお待たせしました…!



 書庫係が死んだときの状況を、無限に再現し続ける空間。


 禁書庫の本質をそのように結論付けた紅焔を、宗はしばしばぽかんと見つめる。ややあって、少年のように見える妖狐は目を剥いて叫んだ。


「趣味わっっっっる!!」


 小さな手をわななかせて、宗は信じられないとばかりにその場をウロウロ歩き回る。


「ボクたち、あいつの死に際の恐怖を何度も追体験してきたってこと!?」


「まあ……、そういうことになるな」


「どんだけ悪趣味な空間なの!? ああ……、けど、たしかにね。死ぬ時の状況を再現する幽鬼っているもんね。地縛霊がほとんどだけどさ。同じ部屋が永遠に続く奇妙さに気を取られちゃったけど、ここがあいつの死に場所って考えたらありえるのかも」


 死の間際に生じる強い恐怖や無念、怒りや恨み。それらの感情が命を落とした瞬間に焼き尽き、幽鬼として出現することは稀にあるのだと。宗はやれやれと説明する。


「そういう幽鬼が生じる条件は、ずばり突然の死! 処刑場なんかは恨みたっぷり無念マシマシでそういう幽鬼が生まれやすいんだけど。あの幽鬼も、予期せず命を落としたって意味では、条件が合致しちゃってるもんね」


 この異空間が、あの幽鬼の命を落とした状況を再現し続ける装置と仮定すれば、いくつか説明できることがある。


「まず、あの幽霊が姿を見せる部屋だ。彼がいる部屋だけは、出口がひとつしかないんだ」


 異空間に連なる禁書庫は、対面になるように二つの出入り口がある。対して、幽霊が現れる禁書庫は出入り口がひとつだけ。本来の禁書庫と同じ、行き止まりの造りをしている。


「あの部屋が異空間の核であると同時に、外の世界に最も近い場所なのだろう。あの部屋だけは窓から差し込む光の角度が時間の経過と共に変化している。外の世界と時間の進み方が違うせいか、夕刻の陽の差し込み方だけどな」


「旦那さま、よく見てるね」


「幽霊からの逃走は、いつも宗に任せているからな」


 苦笑で答えてから、紅焔は二本目の指を立てる。


「そしてこの、禁書庫が連なる空間だ。おそらくこれは、あの霊の心象風景だ。彼は崩れる書棚から逃げようとしたが、叶わず死んでしまった。幽鬼となって超常的な力を得ても、その事実は変わらない。外に逃げようとする彼の意思と、外にはたどり着けないという事実が重なった時、永遠のように連なる禁書庫という異空間が生まれたんだ」


「おうふ……」


 通り抜けてきた扉を振り返り、宗は呻いた。迫り来る死の恐怖から逃れようとするこの感覚ですら、あの幽霊の最期の記憶の追体験であると気づき、ますます複雑な気持ちになったようだ。


 ふわふわの尻尾をぺしょんとさせる宗に、紅焔はひらりと手を振って問いかける。


「今更だが、無理矢理あいつを祓うのは難しいか?」


「無理! ダメ元で何回か試してみたけど、一時的に追い払うこともできなかったもん。姫さまがここにいたら、もう少しやりそうがあっただろうけど……」


「だとしたら、初志貫徹、あの幽霊についてより深く知ることで、元凶を断つ糸口を探すしかないな。次はは幽霊だ。お前、あいつについて気づいたことはあるか?」


 紅焔が話を振ると、宗は頬に指を当てて天井を見上げた。


「そーだなー……。あ。これはボクが言うまでもないだろうけど。あいつ、毎回こっちに背中向けて立ってるよね」


 宗の言うとおりだ。紅焔たちがどういう向きで歩いていようが、必ず幽霊は自分たちに背を見せて現れる。そして紅焔たちに気づくと、実に幽霊らしい不自然な関節の動き方でこちらを振り返る--


「待て。そこは、少しだけ整理が必要だな」


「どっか間違ってる?」


「間違ってるってほどじゃないが、幽霊が振り返る時の条件をより具体化したい」


 幽霊がこちらを向くパターンは二つだ。


 ひとつめは、紅焔たちが呼びかけるなど音を立てた場合。ただし聴力は鈍いらしく、扉を開けた程度では振り返らない。


 ふたつめは、紅焔たちのどちらかひとりでも、幽霊がいる部屋に踏み入れた場合。こちらの条件のほうが敏感なようで、たとえ半歩でも足を踏み入れたら、即座に振り返って飛びかかってきた。


「なるほどねえ。整理すると、あの幽鬼にとって重要なのは『自分の部屋に誰かが入ってくること』。それをきっかけに追いかけっこが始まり、同時に禁書庫の崩壊も始まる……。うーん。わかってきたような、さっぱりわからないような」


 盛大に頭を捻り、宗が呻く。つられて、紅焔も形の良い顎に手を添えて考え込んだ。


(禁書庫の崩壊がはじまれば、あの幽霊と同じで、俺たちも外に出る道は断たれる……。それとも、まだ何か見落としていることがあるのか? 崩壊を止め、外の世界への出口を見つけ出すための、何か条件が……)


 黙り込む紅焔の向かいで、疲れてしまったのか、宗が伸びをしながらぼやいた。


「しっかし、わっかんないよねえ! なんであいつ、ボクたちに飛び掛かってくるんだろ!」


「は?」


「へ?」


 紅焔が思わず間の抜けた声を出せば、宗もきょとんと瞬きした。言っている意味がわからず、紅焔は訝しんで問い返す。


「なんでって……死者が生者を襲うのに、理由なんかあるのか?」


「いやいや! 旦那さま、その認識はあまりに雑すぎ! そりゃ、死霊って未練やら怨念から生まれるものだし、生者から見れば理不尽に見えるものだけど。願いを核にした純粋な存在な分、行動原理は生きている人間よりもよっぽどシンプルだよ!」


 幼い外見のわりに難しいことを言って、宗はひらりと手を振る。


「しかも、今回は特別。なんたってボクたちが閉じ込められているのは、幽鬼の死の(・・・・・)瞬間を再現し(・・・・・・)続ける空間(・・・・・)、だよ? そんな御大層な場所を舞台に選んでおいて、あの幽鬼がボクたちを襲うのに意味がないだなんて、そっちのほうが不自然だと思わない?」


「!」


 言われてみればそうだ。幽霊は理不尽に生者を呪うもの。その先入観が、紅焔の目を曇らせていた。というか、よく考えてみれば、すべての霊が正者に危害を加えるわけではない。実際、かつて髪飾りに憑りついていた侍女の霊は、夢枕に立っただけだった。

 

(だとしたら、あの書庫係の霊はなぜ俺たちを……?)


 やはり鍵となるのは、幽霊に遭遇してから彼が沈黙するまでのすべてが、書庫係の死の間際の再現だという点だろう。紅焔は改めて、一連の流れをつぶさに振り返る。


 扉の先に、こちらに背を向けて佇むひとりの男。誰かが入室した途端、振り返る長身。髪を振り乱し、飛びかかってくる姿。彼を押しつぶそうと、両側から崩れる書棚。


 そういえば春明は、去り際にこんな言葉を残していたっけ。もしも揺れを感じたら、ただちに机の下に身を隠せと――


(……まさか)


 ある一つの可能性が浮かんだとき、紅焔の全身に電撃のような衝撃が走った。


「……わかったかもしれない」


「え?」


「宗。俺たちは、重大な間違いを犯していたんだ」


 深い紅の色をした瞳で真剣に己を見つめてそう告げる紅焔に、宗は不思議そうに首を傾げた。




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