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5-7



 ぜえはあと、二人は床に手をつき、敗北感と疲労感に荒い息を吐く。


 先に復活して叫んだのは、もう随分前から堪忍袋の尾が切れている宗だ。


「…………ああぁ、もう! なんなのさ、あの幽鬼は!」


 宗が発狂するのも無理はない。もう二人はかれこれ数時間、回数にして数十回以上、例の幽霊と遭遇しては追いかけられて続けてきたのだから。


(異空間らしく、外の時間はまったく進んでなさそうだけどな……)


 さすがに疲れた紅焔も、恨めしく頭上の窓を見上げる。人が外に出るのは不可能なその細窓からは、紅焔たちが調べものをしていた時と同じ、午後の穏やかな日の光が差し込んでいる。


 体感にしてこの半日、紅焔たちは思いつく限りのことを試してきた。


 霊が本棚に潰されたあと、あえて崩れた部屋の方向へ進んでみたり。沈黙した霊を宗が厳重に封印してから、別の部屋に進んでみたり。同じ方向に進み続けるのではなく、数部屋進んでから、途中で反対方向に進んでみたり。


 しかし、ダメなのだ。進み続けていく限り、どこかであの幽霊に遭遇し、崩れる禁書庫と幽霊に追い立てられながら二人は逃げ回ることになる。そして最後は、幽霊が書棚に潰されておしまいだ。


 ちなみに、窓のある壁を壊してみたときが一番良くなかった。薄い壁を宗が呪術で吹き飛ばした途端、穴の向こうに禁書庫と幽霊が現れ、いきなり襲いかかってきたのだから。


「しかし、これではっきりしたな。外に出るには、あの文官の霊をどうにかしなきゃならない」


 滑り落ちた汗を拭い、紅焔は呼吸を整えつつ立ち上がる。


 前進してもダメ。後退してもダメ。不規則に前後の部屋を行ったり来たりしても、壁を破壊してもダメ。あと試していないのは、霊本体への対処くらいだ。


 そう紅焔は覚悟を決めるが、宗が食い気味に反論した。


「無理だって! あいつ、僕らを見つけたら問答無用で追いかけてくるんだぜ!? どうにかしたくても、意思疎通すらできないよ!」


「何かとっかかりがあるはずだ。文官の霊の未練を晴らし、無限に続く(・・・・・)書庫の迷宮(・・・・・)から外に出るための鍵が」


 怨霊を祓うためには、相手をよく知る必要がある。かつて、藍玉はそう話していた。


 残念ながらわかっていることは多くはないが、考察する材料なら無限にある。それだけの回数、自分たちはあの霊に遭遇してきたのだから。


 二人分のイスを引き、紅焔は宗に座るよう促した。


「情報を整理しよう。大丈夫だ。時間はいくらでもある」







 この半日逃げ回ってわかったこと。


 まずこの空間に関していえば、やはりここは現実とは異なる空間に相違ないということだ。


「なにさ、いまさら当たり前のことを」


「そうでもないぞ。同じことを繰り返したおかげで、ここが幽霊により生み出された世界だという確証を得られた」


 呆れた顔をする宗に、紅焔は冷静に首を振る。


 紅焔がそのように思い至ったのは、最終的に幽霊を押し潰す、崩れた書棚たちだ。


「書棚? それがどうかしたの?」


「思い出してみてくれ。俺たちが静かになった幽霊のもとを離れ、再び進んだ先であの幽霊に会った時、もともと崩れていた書棚はどうなった?」


「どうって……。ボクたちは書棚を直してないんだし、壊れたままなんじゃ……あれ?」


 困惑して首を捻る宗の向かいで、紅焔は長い指で机を叩きながら頷く。


「そう。俺たちは霊から逃げる時、明らかに進んだより多くの部屋を通り抜けている。にも関わらず、新たに出現した霊から逃げ回る時、その前の(・・・・)幽霊を押し潰し(・・・・・・・)た書棚や(・・・・)壊れた禁書庫と(・・・・・・・)遭遇していない(・・・・・・・)。ひとつ前の惨劇が、まるでなかったことのようになっているんだ」


 簡単な例をあげよう。


 部屋を進むうち、必ずどこかで幽霊と鉢合わせる。そいつを「一体目」とする。


 幽霊は10部屋ほど紅焔たちを追いかけるが、最後は書棚に潰されて沈黙する。その“死体(・・)”を置き去りに、逃げてきた道を戻り、一体目の幽霊と遭遇した部屋を目指したとする。


 するとどうだろう。五部屋もいけば、禁書庫は崩れる前の姿に変わり、さらに五部屋ほどいけば二体目の幽霊に遭遇する。


 慌ててこれまで歩いてきたのと反対の向き――つまり一体目の幽霊が転がっている部屋があるはずの方向に逃げるが、十部屋を超えても一体目の幽霊の”死体”や、荒れ果てた禁書庫は現れない。


 そうこうしているうちに再び禁書庫は崩れ出し、二体目の幽霊が瓦礫に飲み込まれて沈黙する――


「……あれ? あいつ、死んでばっかじゃない?」


 さすがに気の毒に思ったのか、宗が微妙な顔をする。そんな宗に、紅焔はぴしりと指を向けた。


「そう、そこだ。俺たちはあいつに何度も追いかけられてきたが、そっちは副次的作用にすぎない。重要なのは、あの幽霊が崩れた書棚に潰されて死ぬ(・・)という点だ」


 幽霊と自分たちの遭遇・追いかけっこがセットになっているためインパクトが薄れていたが、この異空間において繰り返されてきたのはむしろ、「特に異変のなかったはずの禁書庫で」「突如として書棚が崩れ」「書庫係が下敷きになってしまう」ということ。


 その現象はまさに、あの幽霊が命を落とした際の状況と一致する。


 つまりこの異空間は、単に禁書庫を無限に繋げただけの迷路ではなく。


「あの霊が死んだときの状況を、無限に再現しつづける空間。それが、この異空間の本質だ」



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