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翌日、紅焔は淵春明と会っていた。
「先日に続き、このように拝謁させていただく喜びに感謝いたします、紅焔陛下」
両手を恭しく合わせ、春明は美しく礼をする。今日も今日とて、鬼通院の若き統率者は麗しい。彼の周りだけ、冬の夜の澄んだ月明かりが照らしているかのようだ。
今日の彼はひとりだけだ。表には共を連れてきているのだろうが、先日のように、すぐ後ろに嘉仁が控えていることはない。昨日の今日でどんな顔で会えばいいのかわからなかったため、紅焔自身も嘉仁の不在にはホッとした。
「昨夜は新月だ。狐狩りの成果を、今日は聞かせてもらう約束だろう?」
首に巻いた絹のショールをさりげなく直し、紅焔は玉座の上で足を組み替えた。
「昨夜の働き、見事であった。さすが、千年の歴史を持つ鬼通院の呪術師だな」
――紅焔が城に戻ったあとの顛末はこうだ。
自室に戻ってからひと呼吸もふた呼吸も置いて十分に時間を置いた頃、紅焔は渋る永倫を騒ぎのあった大通りへと遣いにやった。
案の定、呪術師たちはまだそこでのびていた。彼らを起こして永倫にこう伝えさせた。嘉仁が召喚した使い魔が、ひとつ目の狐を見事祓ってみせた。この褒美は、淵春明を通じて改めて取らせると皇帝が話していると。
そんなはずはないと、嘉仁たちは食い下がったそうだ。しかし気配を探れば確かにひとつ目の狐の気配は消えており、唯一真実を知る紅焔とその従者はそこにいない。仕方なく、彼らは鬼通院へ帰っていったという。
「尹嘉仁から話を聞き、驚きました。まさか陛下御自ら、狐狩りをご覧になられるとは」
「私はこの国をあまねく支配する者だ。我が物を穢す不届き者が滅ぶ様を、この目で確かめたいと思うのは当然だろう」
「その御心がため、一歩間違えば尊き御身を喪うところでありました」
「しかし、そうはならなかった。そなたらの働き、必ず私が後世まで語り継ごう」
春明は穏やかな笑みを称えたまま、しばらく紅焔をじっと見上げていた。その目が紅焔の首元――絹の巻き布で隠した下にある青痣に向けられているような気がして、紅焔は無性に落ち着かない心地がした。
しかし結局春明はすべてを飲み込むように、そっと視線をさげた。
「畏れ多いお言葉にございます」
「褒美の品は外の荷車にまとめてある。鬼通院まで運ばせよう」
「重ね重ね、お心遣い感謝いたします」
互いに腹のうちは明かさないまま、静かに二人の会合は終わる。
美しく一礼して立ちさろうとした春明に、紅焔は思い出したことがあって問いかけた。
「緑玉髄という石を知っているか?」
「はい?」
振り返った春明は、不思議そうに小首を傾げる。自分でもなんでそんなことを尋ねたのか若干後悔しながらも、紅焔は少しの嘘を混ぜて問いかける。
「翡翠によく似た色の石だ。阿美妃の娘、麓姫の絵に描かれている髪飾りの石が緑玉髄であると、付き合いのある商人に聞いた」
「なるほど……」
細い指を口元にあてて、春明はしばし思案する。やがて彼は、秘め事を口にするように薄い唇をそっと開く。
「もちろん、知ってはおりますよ。実物を見たことはございませんが」
「珍しい石なのか」
「というより、麓姫がつけているのは普通の石ではないのです」
どこからか吹き込んだ風が、二人の間を駆け抜ける。色素の薄い長髪をふわりと揺らして、春明は穏やかに続けた。
「その昔、阿美妃の生まれの地である仙脈には、人ならざるモノたちの里があまたと存在したと言われています。彼らの営みにより仙脈には妖力が満ち、それが新たな妖を秘境に産み落とす――。そのひとつが、彼らが好む緑玉髄ですよ」
妖たちの妖力をたっぷりと吸い込んだ宝石。それが、仙脈で採れる緑玉髄だ。
「妖玉髄。通常の石と区別し、我々はそう呼んでいます」
見た目はあくまで普通の宝石と変わらない。しかし妖玉髄により妖たちは己の力を高めることができるため、彼らは好んで石を身に着けたという。
「なら、麓姫の髪飾りは……」
「妖玉髄でしょうね。今となっては、証明する術はありませんが。とはいえあの髪飾りは、阿美妃が自ら宝石を提供して娘のために職人に作らせたと記録が残っております。ただの宝石ではなく、仙脈のものであった可能性は非常に高いでしょう」
そこまで話すと、春明は微かに首を傾けた。
「私のお答えは、なにか陛下のお役にたちましたか?」
「ああ。大いにな」
紅焔が頷くと、春明は嬉しそうに微笑む。今度こそ退出していく背中を見送りながら、紅焔は玉座に深く身を沈めて頬杖を突いた。
(おかげで、ようやく点と点がつながった)
いくつかの謁見を済ませ、紅焔は護衛の永倫たちを引き連れて内廷に戻ろうとする。その道すがら、紅焔は昨夜ぶりの人物と遭遇した。
「藍玉……」
驚いたことに、池の畔の四阿から出てきた彼女は紅焔を待っていたらしい。紅焔と目が合うと、彼女は姿勢よくお辞儀をした。




