表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/100

3-6



 藍玉が紅焔を責める、『浮気』の意味。それを理解して言葉に詰まる紅焔に、藍玉は拗ねたように唇を尖らせた。


「旦那さまはひどいです。私というものがありながら

、鬼通院の方々にあんな依頼をしてしまうなんて」


 じわじわと追い詰められていく心地を味わいながら、紅焔は必死に考えた。


 藍玉はどこまで知っているのだろう。


 今日、春明と会っていたことか。鬼通院に、都で異形を退治する依頼をしたことか。その異形が、この地で最も有名な怨霊絡みだということか。異形のせいで、すでに死人が大勢出ていることか……。


(……おそらく、そのすべてか)


 天を仰ぎ、腹をくくる。先ほどの発言からして、藍玉はすべてを把握していると考えていい。どこで聞きつけたか知らないが、彼女の前でかくしごとは意味がないということだ。


 観念した紅焔は、身を乗り出して藍玉の説得にうつることにした。


「今回の件は、悪意があって隠していたわけじゃない。王都で起きている怨霊騒ぎは、すでに多くの者の耳に入っている。民の不安をおさめるには、鬼通院に任せるより他なかったんだ」


「それ、浮気の常套文句ですね。仕方なく受け入れただけで、自分は乗り気じゃなかったとか、なんとか」


「そうじゃなくて! っ、あー! 浮気に例えるからややこしくなるんだ!」


 ガシガシと頭をかきむしってから、紅焔は手を広げて訴えた。


「鬼通院は代々、ひとつ目の狐が都に出るたびにそれを退治してきたんだ。餅は餅屋にともいうし、皇帝の俺が彼らに命じるのは当たり前だろう?」


「私だって、狐の妖怪くらい祓えます」


「今回は死人が出ているんだ。君ひとりで対処するのは、さすがに危険すぎる」


「私の能力に不足があると言うんですか?」


「そうは言っていない。俺はただ心配で……」


「心配? 心配だから、私にはひとつ目の狐のことを教えなかったと? そんなの勝手です。迷惑です」


「め……っ」


 睨んできた藍玉に、紅焔もさすがにカチンとした。だから、思わずムキになって言い返してしまう。


「迷惑とはなんだ。人がせっかく!」


「勝手に限界を決めて。勝手に無理だと決めつけて。あげく、大切なことも教えてもらえない。そんなの、迷惑以外の何ものでもありません」


「それは……そうかもしれないが」


「だいたい、旦那さまが私の何をご存知だというのですか。あなたと私の間には、契約しかないというのに」


「!」


 思いのほか藍玉のひとことが胸に刺さり、紅焔は息を呑んで表情を歪めた。


 彼女のいう通りだ。

 自分は彼女のことを何も知らない。


 名前を知っている。嫁ぐまでの評判を知っている。だけど、そんなものは彼女のほんの上辺に過ぎず、大切なことを知る手掛かりにすらなりやしない。


 最初は、自分もそれでいいと思っていたはずだ。契約結婚とは単なる利害関係であり、それ以上の踏み込みはお互いに必要ない。踏み込む権利も、踏み込むのを許す義理も、存在しない。


 --なのに、なぜか今は、この関係が無性に腹立たしい。


「……たしかに俺は、君のことはご存知(・・・)じゃないさ。けどそれは、君のせいじゃないか」


「……何を仰りたいんです?」


「最初に君を突き放したのは俺だった。だが、最近じゃ君のほうこそ、俺を遠ざけている。大事なところでは近づかさせないくせに、こういう時だけ俺を責めるなんて、少し都合がよすぎやしないか」


「はあ」


 ポカンと、呆気に取られたように藍玉が口を開ける。つづいて、羞恥か、怒りのためか。藍玉の頬に、さっと赤みがさした。


「旦那さまは、そんなふうに私のことを思っていたのですね」


「だったら、なんだ」


「わかりました。私たちの関係に不満がおありというなら、私たち、離婚するしかありませんね」


「君こそ、俺に不満があるなら出て行けばいい。勝手にしろ」


 紅焔が吐き捨てて横を向くと、藍玉は何か言いたげに紅焔を睨んだ。やがて、律儀に茶を飲み干した彼女は、音もなく立ち上がって部屋を出ていってしまう。


 襖が開き、すぐに閉まる音がかすかに響く。それを聞きながら、紅焔は組んだ腕を掴む指に力を込めた。


 腕を組んだまま、数分が経つ。


――もうしばらく経つ。


――さらにしばらく経つ。


ようやく頭の冷えた頃、紅焔はがたりと机に肘をついて、思い切り頭を抱えていた。


「くそ………、言い過ぎた……………!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ