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3-3



 町民が寄り付かない東のはずれ、険しい岩肌の途中に、阿美堂(あびどう)と呼ばれる社がある。それは千年の昔、安陽を火の海に変えた大妖狐・阿美妃を、呪術師たちが封じた場所だ。


 長い歴史の中で、阿美堂を囲むようにして寺院が建てられた。呪術師たちはそこで代々技を継承しながら、最厄の妖狐が封印を破って再びこの地に呪いを撒き散らすことがないよう、間近で見守ってきた。


 寺院の名は鬼通院(キドウイン)。今代における(トップ)は、淵春明(エン シュンメイ)という。


 彼は今日、天宮城に上っている。


「お目通り叶い光栄にございます、我が君」


 目の前で頭を垂れる男に、紅焔は真紅の瞳を向ける。


 ――相変わらず、この世ならざる不思議な雰囲気を纏った男だ。美しく膝をつく姿を見て、素直にそう思う。


 異国の女と見間違うかのような銀糸の髪に、白い細面の中性的な面差し。唇は常に静かな笑みを湛えていて、穏やかで理知的な灰色の瞳が目の奥からのぞいている。


 たとえば、完璧な深雪に覆われた静謐な森のような。たとえば満天の星を写す、波ひとつない静かな湖面のような。そういう近寄りがたい美しさが、春明にはある。


淵家は代々、鬼通院の長を務めてきた呪術師の名家だ。その中でも春明は生まれもっての天才と名高く、若くして鬼通院の(おさ)にまで上り詰めた。


いや。上り詰めたなどという表現は無粋だろう。そうあるべくとして、彼は自然といまの座におさまった。ただ、それだけのこと。


(この男と顔を合わせるのも、これで二度目か)


 一度目は紅焔が即位してすぐに。そして二度目は、向こうから謁見の申し出があった。


 鬼通院は瑞の内部にありながら、独立した組織だ。歴代最悪の怨霊を封じる社を守るのが、彼らの唯一無二の存続理由である。ゆえに国家には属さず、政治にも関与しない。新たな皇帝が即位したときは鬼通院の長が王宮に上って従属の意を示すが、あくまで形ばかりだ。


 以上のように、よほどのことがなければ皇帝と鬼通院の長は相互不可侵を貫き、会うこともない。春明がそれを破って紅焔に会おうとしたということは、それだけの異変が都で起こっているということだ。


 玉座の上で長い足を組み替え、紅焔は切れ長の目をすっと細めた。


「そなたが私に会いに来たのは、ここ二月(ふたつき)の新月の夜、安陽のあちこちで干からびた死体が見つかっていることと関係があるか?」


 春明は少しだけ驚いたように顔をあげかけた。しかしすぐに、元の穏やかで美しい静謐な笑みを浮かべて、柔らかな声音で答えた。


「さすが紅焔陛下。ご存じでいらっしゃいましたか」


 全身が黒く変色し、からからに干からびて息絶えた、奇妙な死体――


その報告は、兵部(ヘイブ)の治安武官より紅焔の耳にも届いている。被害者は全部で十名。彼らは皆、新月の夜に死んでいる。


共通点はもうひとつある。身元が分かったのは半数だが、彼らは皆、最近案陽に到着した来訪者だ。うち二人は南部出身の商人とその付き人で、二人が宿泊しようとしていた宿屋によれば、彼らは命を落としたその日の朝に安陽に入ったらしい。


(兵部の詰所で死体を確認してきた永倫は、付き人のほうは首が取れていたと言っていたな。そのうえで、首から下の胴体だけが、ほかの死体と同じく黒く干からびていたと……)


 同時に彼は、こうも言っていた。


 遺体は通常の死体置場ではなく、四方の壁に無数の護符が張られた小屋に置かれていた。詰所の治安武官たちには怯えた様子で小屋を遠巻きにしており、あちこちでこうささやき合っていたという。


 ――これは狐の仕業だ。彼らは狐に(・・)喰われた(・・・・)のだ、と。


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