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2-4


 改めて問われて、紅焔は困ってしまった。――当然だ。藍玉が何を好むのか。それがわかっていれば、紅焔だって、こんなに手をこまねいてない。


 天宮城を追い出さないことと、呪いや怨霊の噂があればすぐに藍玉に知らせること。その二つさえ約束してもらえれば、あとは何もいらない。何か礼をさせて欲しいと追いすがった時、藍玉にはそう、はっきりと断られている。


 もちろん、紅焔も諦めたわけではなかった。こっそりと城勤めの女たちを観察して近頃の流行を探ったり、侍従長に市井の流行りを調べさせたりもした。


 けれども、けれどもだ。


 実は、供養塚で彼女と別れた十日ほどあと。紅焔は庭園の四阿で、偶然、藍玉と会った。


 --実のところ、その刻あたりに彼女が庭園を散歩することは、侍従を通じて春陽宮の女官から聞いていた。だから紅焔は、時間を合わせて四阿で書物を読んで待っていた。


 なんにせよ、藍玉は狙い通り四阿の前を通った。そこを呼び止め、紅焔はこれまでの人生からしたらあり得ないことに、藍玉を茶の席に誘ったのである。


 なのに美しい娘は、取り付く島もなかった。


“私をお誘いくださったということは、どこかに怨霊がでましたか? それとも、呪いの類ですか?”


“いや。そういったことは特にないが……”


“では、茶会はまたの機会としましょう。お互い、時間は貴重なはずです”


“ま、待ってくれ! ()は、君ともっと言葉を交わす必要があると思っている!”


 そう。必要だ。


 様子見をすると決めたし、命の恩人ではあるものの、やはり藍玉は謎めいた妃だ。皇帝としての、この国の主人として、彼女のことをもっと知るべきだ。


 誰にするでもなく、胸の内でそのように言い訳を並べていた紅焔を、藍玉がずいと下から見上げた。


“それは私を妃として扱うことによる、気遣いからのお言葉ですか?”


 大きな薄水色の瞳に見据えられて、紅焔はどきりと胸が跳ねるのを感じた。


 愛想の欠片もない無表情だが、やはり彼女は美しい。絹のように白い肌に、つんと尖った小さな鼻。この庭園に咲く花の精霊だと言われても、うっかり信じてしまうだろう。


"そう……いうわけでもないんだが"


"では、なぜ?"


 なぜか藍玉を直視していると落ち着かない気持ちになって、紅焔はそろりと目を逸らす。だが、付き人たちの耳を気にしてか、藍玉はさらに紅焔に近づいた。


 ぐっと息を詰める紅焔に、藍玉はそっと囁く。


“最初の夜に、二人で取り決めましたでしょう。私たちの夫婦関係は、あくまで契約によるものです。私たちの交流も、最低限でよろしいかと”


“そういうわけにいかない。確かに俺は君に救われた身だが、君には色々と聞きたいことがある”


"……つまり、旦那さまは私のことを知りたい、と"


 ゆっくりと瞬きをして、藍玉が意味ありげに小首を傾げる。その一挙一動から、なぜか目を離せない。紅焔は無意識にごくりと生唾を飲んだ。


 だが次の瞬間、藍玉はひらりと距離をとった。


"では、ますます旦那さまのお誘いには乗れませんね"


"ま、まて。おい!"


"色々と事情が混み合っているのです。とてもじゃありませんが、信じていただけるとも思いませんし。……というわけで。それでは旦那さま、ごきげんよう"


 藍玉と言葉を交わしたのは、それが最後だ。以来、彼女は決まった時間に決まった道を散歩するのをやめてしまい、待ち伏せすることもできない。


 空振りに終わった数日間を思い出し、答えを待つ琥珀をよそに、紅焔は深いため息を吐いた。


(せめて最初の夜に、もう少しまともな関係を築けていれば、彼女の返答も変わっただろうか……)


 後悔するのは、もちろん初夜のこと。家の意向で皇帝の妃などにさせられた彼女に、「愛するつもりはない」などと心無い一言を浴びせたあの夜だ。


 藍玉に救われ、頭の冷えた今からわかる。アレはなかった。人として終わった発言だった。しばらく妃と関係をもたないにせよ、もっと相手を思い遣った伝え方をするべきだった……。


「陛下? まだ、春陽妃さまがどのような品をお好みなのか、お返事をいただいておりませんよ?」


「はっ!」


 胡伯に急かされて、紅焔は我に返った。


 そうだ。今は藍玉への贈り物をどうするかだ。


 幸いにして自分は皇帝で、目の前には大陸を股にかけて商売する有能な商人がいる。藍玉の好みが掴みきれていないとはいえ、年頃の娘ひとり喜ばせる品を用意するくらいわけはない。


 ――けれどもすぐに、紅焔は考え直した。


 あたりさわりのない品を選ぶことなら、いくらでもできる。けれども、それだけでは彼女の恩義に報いることなど到底できない。


(彼女が救ってくれたのは、命だけではない。この先も歩み続けるための、もっと大切な何かだ)


 ならば求めるべきは、藍玉が心から欲するもの。その答えは、最初から彼女が口にしていたではないか。


「………………きのものだ」


「はい?」


「え?」


「なんですって?」


 ぼそりと早口に答える紅焔に、胡伯、侍従長、永倫が揃って聞き返す。はっきり言えという三者三様の圧を受け、紅焔はやけになって告げた。


「霊憑きのいわく品だ。それなら彼女は、確実に満足する!」


「…………えぇ?」


「これほどの品々をさしおいて、それは流石に……」


 紅焔の答えに、永倫と侍従長は残念なものを見る目をした。


 たとえ藍玉の趣味がそうだとしても、新婚の妃に贈る品に、その選択肢はありえない。そんな二人の心の声が、ヒシヒシと聞こえてくる。


(仕方ないだろう。それしか、彼女は自分のことを教えてくれないのだから)


 むすりとふて腐れて、紅焔は眉間の皺を濃くする。けれども胡伯だけは、茶化すことなく真面目な顔で思案した。


「なるほど。お妃様は、オカルト好きでいらっしゃいましたか」


「なにか、品にあてがあるのか!?」


「もちろんですとも。どんな趣味趣向をお持ちのお客さまにも、私は幅広くご対応可能です」


 思わず姿勢を正す紅焔に、胡伯は胸に手を当ててにっこりと微笑む。今この時ばかりは、胡伯が後光を背負っているように見えてしまいそうだ。


「それで、どんな品が用意できる?」


「そうですね……。陛下が初めてお妃様にお贈りされる品ですし、ここはいわく品の中でも抜きん出た一級品、特別な品をご提案しましょう」


「それは一体……?」


「この地で誰もがその名を知る大物、古の大怨霊に所縁(ゆかり)の品を」


 そう言って、人差し指を唇に当て、胡伯は妖艶に微笑んだ。


「楽江に呪いを掛けた大妖狐、阿美妃(アビキ)が娘--麓姫(ロクヒメ)(かんざし)にございます」




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