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「おい、永倫。侍従長もだ。わかっていると思うが、国費は無尽蔵にあるわけじゃない。その男の口車に、あまり乗せられてくれるなよ」
「なんてことを! この胡伯が、あなた様に無理に品を押し付けたことがございましたか? ええ、ええ。ご要望の品を、ご要望以上の状態で。そのようなお取引しか、私は致しておりませんよ」
「その、ご要望とやらを引き出す手口が、あまりに巧みだと言っている。そなたの口上を聞いていたら、目の前のすべてを買ってしまいそうだ」
「もしかして私、褒められてます? 嫌です、陛下。急に甘い言葉を囁かれたら、さすがの私も照れてしまいます」
頬に手を当て、胡伯がうっとりと微笑む。
別に褒めてはいないんだが。そう紅焔は突っ込みたくなったが、面倒くさくなって頬杖をついた。その隙に胡伯は、パンパンと乾いた音を立てて、配下の者たちを急かした。
「ささ、皆さん。紅焔陛下の前に、品々をお出しして。堂々と恭しく、丁寧に運ぶのですよ」
胡伯の号令を受け、日焼けし鍛え上げられた男たちが、漆塗りの台座に乗せた財の数々を掲げて前に進み出る。次々に目の前に並べられていくそれらに、永倫と侍従長が「おおお!」と目を輝かせた。
――確かに、素晴らしい品々だ。楽江の地を統べる大国、瑞の王城を彩るにふさわしい。
瑞の国は現在、周辺諸国から見極められている重要な時期だ。
大河に恵まれ、農耕に適したこの地は、長らく外から狙われてきた。千年の歴史において、異国の軍が楽江に攻め込んできたことは幾度となくあるし、紅焔自身、戦場に出るようになってから異国の兵と剣を交えることは多々あった。
皮肉にも、武力で異国の兵を退けてきた紅焔が皇帝となったことで、ようやく諸国も、瑞こそが楽江を統べる新たな支配者であると認めつつある。遊牧民族の長が。山岳地帯の王が。海の向こうの支配者たちが。瑞と関係を結ぼうと動き始めている。
ゆえに、舐められてはならない。大国は大国らしく、堂々と。諸国が仰ぎ見るにふさわしい大国であると――その頭上に君臨する唯一無二の皇帝であると、知らしめる必要がある。そのためには、無駄遣いのように思える贅沢も多少は必要だ。
(……本当は、趣味じゃないんだがな)
きゃっきゃとはしゃぐ永倫と侍従長――いまは、紅焔の衣を仕立てるにふさわしい漆黒に金糸の刺繍が入った反物を広げて楽しんでいる――に、紅焔はひくりと口の端を引き攣らせた。
見事だ。確かに、見事な織物に違いない。しかし、根本的には武人気質でモノ音痴な自覚のある紅焔ですら、その織物が目の玉が飛び出るほどの上物であるのがわかる。そんなものを選んでしまえば、さっそく今日の予算がパーだ。
「おい。お前たち、いい加減に……」
家臣たちを止めようと身を乗り出した紅焔は、ふと、視界の隅に移った品々に意識を奪われた。瞬きをしてそちらに視線を移す麗しき皇帝に、目敏く気付いた胡伯が、嬉しそうに両手を合わせる。
「気づいていただけましたか。そちらの品々は、恐れ多くも私から陛下にご用意させていただきました、ご結婚祝いにございます」
食い入るように向けられた紅焔の視線の先には、指輪や首飾りといった女ものの装飾具や、異国情緒あふれる額に納められた鏡などがキラキラと並べられている。
春の空を閉じ込めたような青の石は、おそらくトルコ石と呼ばれる宝石だろう。首飾りにも指輪にも、トルコ石が贅沢にふんだんに使われ、目も覚めるような空色の世界がそこに広がっている。あわせる絹の織物も天女の衣のように軽やかで、まるで春風そのもののようだ。
じっと見つめる紅焔に、胡伯は楽しそうに続ける。
「陛下は最近、お妃さまをお一人、城に迎えられましたね。本当はご婚儀の折にご用意したかったのですが、あまり触れ回らずに内々で済まされてしまったでしょう? ですので、遅くなってしまいましたが、お妃様にぴったりの品々をご用意いたしました」
「藍玉に……」
「ええ、さようで! 香家の藍玉様は、空の色の瞳をお待ちの麗人と伺っております。こちらの装飾具は、お妃さまの空色の瞳にぴったりと映えましょう! 宝石彫刻師の技光る一級品でございますが、ご新婚の陛下への特別割引として、本日なら四分の一の値とさせていただきますよ」
「なんだ。結婚祝いとか言って、普通にお金取るんじゃん」
商魂たくましい胡伯に、さすがの永倫も苦笑する。――同時に、せっかくの宝石たちが無駄になるだろうと、残念な気持ちで装飾具たちを見つめた。




