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二年参りの言霊バトル

作者: ウォーカー

 年越しと新年が入り混じった、大晦日の夜。

繁華街からは離れた住宅地の一角、

やや大きめなその神社では、

二年参りの初詣に訪れた人たちで賑わっていた。

狭くはない境内にずらっと並んだ人々。

その中に、両親に連れられた男子中学生の姿があった。

その男子中学生は、近所の家に両親と共に暮らしている。

新年だからと、両親に無理やり連れられて、二年参りの行列に並んでいた。

「神なんているわけがないのに、神頼みなんてくだらない。

 二年参りのために行列して待つなんて、時間の無駄だよ。

 僕は父さんと母さんが済ますまで、その辺で待ってるから。」

両親が止めるのに耳も貸さず、その男子中学生は、

二年参りの長い行列を抜け出して行ってしまった。


 深夜の神社の境内は、大晦日と元旦の賑やかさが共存していた。

神社のすぐ外では、蕎麦屋で年越し蕎麦をすする人々がいる。

一歩、神社の境内に入れば、そこはもう新年の様相で、

二年参りの行列を中心に、お守りを授けてもらったり、

ご近所さん同士で新年の挨拶をする人々の姿も見られた。

「どこもかしこも人ばっかりだなぁ。

 どこかで静かに休憩できないものかな。」

その男子中学生は、まだ暗い神社の境内をふらふらと彷徨って、

二年参りの行列が並ぶ先の建物、拝殿の裏へとまわっていった。


 神社の拝殿の裏側は、打って変わって人気ひとけが無かった。

神社の建物の類はそこで終わり、夜の闇がそのままにされている。

数本の樹木が頭上を覆い、足元には茂みが広がっている。

ここなら静かに過ごせそうだ。

その男子中学生がそう思った時、そこに一匹の猫が座っているのに気が付いた。

猫の方はその男子中学生の存在に気が付いてはいないようで、

無警戒にも欠伸あくびを一つして口を開いた。

「ふ~。正月は参拝客が多くて疲れるのぅ。

 誰か手伝ってくれたら良いんじゃが。」

そんな、少女のような年寄りのような声が、その男子中学生の耳に聞こえてきた。

ここにはその男子中学生の姿しかない。

誰か人がいて言葉を喋ったというわけではない。

もちろん、その男子中学生が口にした言葉でもない。

ふと、額を洗う猫と、その男子中学生の目が合った。

その男子中学生も猫も、お互いを見て、あんぐりと顎を落とした。

猫の口が、見たこともない動きをした。

「・・・お主、今のわしの声、聞いてしまったか?」

それがダメ押しとなって、その男子中学生は事態を理解した。

「あわわわ、ねっ、猫が喋った!?」

神などいないと啖呵を切っていたその男子中学生は、

人の言葉を喋る猫を見つけて腰を抜かしてしまった。


 二年参りで賑わう神社の拝殿の、その裏側。

人気の無いその場所で、その男子中学生は喋る猫と出会った。

驚いて腰を抜かすその男子中学生に、

猫はふてぶてしくも膝の上にひょいっと飛び乗ってきた。

「どうした?そんなに驚くこともあるまい。

 ここは神社だぞ。神がいても不思議ではない。

 そもそも人間は、神に願うためにここに来たのであろう?」

「そっ、そうだけど!お前は本当に神なのか!?」

「少なくとも人間たちからは、そう呼ばれている。

 儂は、この神社を管轄している、神じゃ。」

膝の上に座る猫が、えっへんと胸を張った。

それがなんだかふてぶてしくて可笑しくて、

その男子中学生はいくらかの冷静さを取り戻していた。

「お前、どうして猫の格好で、

 ちっちゃい女の子の声をしているんだ?」

「外見なぞ、大した問題ではない。

 元々、儂ら神は、姿形を持たん。

 この姿は、この神社に住み着いた野良猫の体を間借りしているだけ。

 声も儂の性質が音になったまでのこと。」

「えっ、そうなのか。」

「そうじゃ。

 ところで、儂とお主がこうして出会ったのも何かの縁。

 お主に頼みたいことがあるのじゃが、聞いて貰えんか?」

「な、何?」

「さっきも言ったが、儂はちょっと休憩したくてな。

 正月は参拝客が多くて、初詣の願いを叶えるのも大変なんじゃ。

 儂は猫の体を借りて、これから集会に出かけようと思う。

 その間、お主が儂の代わりを務めてはくれんか?」

「神の代わりなんて、僕には無理だ。」

「大丈夫じゃ。

 神の力があれば、人間たちの願いが文字になって見えるから、

 それをちょちょいと組み替えて、

 良い感じの願いにしてくれるだけで良い。頼む!

 全てが終わったら、お主の願いも一つ叶えてやるから!」

猫の姿になった神が、猫の体で器用に手を合わせている。

果たして、これは現実なのだろうか。

誰かの悪戯いたずらなのではないだろうか。

いや、むしろ悪戯なら、暇潰しには丁度良い。

そうしてその男子中学生は、神と名乗る猫の頼みを聞くことにした。


 大晦日と元日の狭間の深夜。

その男子中学生は、神社の拝殿の裏で、神と名乗る猫と向き合っていた。

「それで、僕はどうしたら良いの?」

まだ半信半疑ながらも、神の頼みを聞くことになって、

今はその準備をしているところ。

猫が地面に爪を立てて、何やら文様を描いている。

「そういえば、お主の名は何と言うのじゃ?」

「僕の名前?阿佐ヶあさがやとおるだよ。」

「どんな字を書くんじゃ?」

「えーっと・・・」

「ああ、もう良い。名前の指定は省略するから。

 では始めるぞ。

 この場にいる者に、言霊操作の力を授ける。

 期限は、日が頭上に上るまで。

 効果範囲は、この神社の境内。

 むにゃむにゃむにゃ、カーッ!」

神が猫の口で何やら呪文のようなものを唱えたかと思うと、

その男子中学生の体が、何やらぽっぽと温かくなった。

「どうじゃ?力を感じるか?」

「ああ、うん。何か入ってきた感じがするよ。」

「そうか、それなら成功じゃ。

 今、お前に付与したのは、言霊を操る能力。

 それを使って、初詣に来た参拝客たちの願いを修正して欲しい。

 今、お前には、人間の願いが文字となって見えるようになっている。

 初詣の願いが、人々の頭上に吹き出しとなって出ている。

 願いを叶えるのは、言霊自体の力なので、お主は気にしなくて良い。

 問題は、言霊となった言葉の方にある。

 人間の願いは、言葉にすると紛らわしかったり、分かりにくいことがある。

 例えば、もう雨は結構だ。という願いの言霊を考えてみよ。

 どういう願いだと思う?」

神の質問に、その男子中学生は数瞬だけ考えた。

「もう雨は結構だ、って言うのなら、もう雨はいらない。

 つまり晴れにして欲しいってことかな。」

「そう思うじゃろう?

 しかし実際には、結構という言葉には、それで良いという意味もある。

 もう雨は結構だ、という言葉だけでは、雨でも良いとも受け取れる。

 そういう紛らわしい言葉や、曖昧な言葉の願いを、

 分かりやすい言葉の願いになるように修正して欲しいのじゃ。」

「どうやって?」

「願いの言霊は切り取って他所の願いの言葉と切り貼りすることができる。

 願いの言霊の言葉を組み合わせて、分かりやすい言葉にするのじゃ。

 ああ、切り貼りとは言っても、元の言霊は消えないから心配無用。

 言霊とは、無数の可能性を生み出す力。

 その一部を切り取ったところで、影響が無いというわけじゃ。」

「つまり、初詣の願いが言葉になって見えるから、

 それをパズルのように組み合わせて分かりやすくするんだね。」

「そうじゃ。お主は飲み込みが良いのぅ。

 おっと、儂はそろそろ集会に出かけねばならん。

 朝までには戻るから、頼んだぞ。」

要件だけ伝えると、猫はそそくさとその場を後にした。

神社の壁をぴょーんと飛び越えて、どこかへ行ってしまった。

「・・・あれは本当に神だったのか?

 僕に神の代わりなんて、務まるのかな。」

残されたその男子中学生は、まだ半信半疑だった。


 やっぱり、猫になった神なんて、いたずらだったのでは。

その男子中学生のそんな考えは、拝殿の表に出ると、瞬時に吹き飛んだ。

神社の境内を埋め尽くす、吹き出しの文字、文字、文字。

まるで漫画のセリフのような吹き出しが、人々の頭上に浮いて見えていた。

「うわぁ、人の頭の上に、吹き出しの言葉がいっぱい!

 あの猫は本当に神だったのか。」

吹き出しにはそれぞれ人々の初詣の願いが言葉になって書かれていた。

家内安全。商売繁盛。

おばあちゃんが良くなりますように。

そんな人々の切実な願いが文字として目に見える形で表示されていた。

「えーっと、あの文字を切り貼りして、分かりやすくするんだったか。」

試しに、その男子中学生は、

おばあちゃんが良くなりますように。

という願いを操作してみることにした。

「あれだと、おばあちゃんの何が良くないのか分からないものな。

 多分、おばあちゃんの体が良くないんだろうけど。

 どこかに、体が、って言葉を含んだ願いはないかな。」

周囲を見渡すと、幼い赤ん坊を連れた夫婦の姿が目に入った。

その頭上には、この子の体が丈夫になりますように。と書かれていた。

「おっ、あれが丁度良いな。

 言霊を切り取るってどうやるんだろう?こうかな?」

試しにその男子中学生は、指をチョキにして吹き出しの言霊に刃を入れた。

すると、吹き出しの言葉がスッと切れて、複製がふわふわと浮き出した。

鋏を入れた吹き出しの言葉は、放っておくと元通りにくっついた。

それから吹き出しを指で摘んで運んで、

修正対象の願いにも指の鋏を入れて間にくっつける。

おばあちゃんが良くなりますように。

この言霊の、おばあちゃんの後に切れ込みを入れる。

そしてそこに、の体、という言葉を切り貼りする。

そうすると、おばあちゃんの体が良くなりますように。

という願いの言葉の吹き出しが出来上がったのだった。

「よし。これで願いが分かりやすくなった。」

それからいくつかの願いの言葉を切り貼りして分かったこと。

言葉はなるべく多くの文字数で切り取った方が良いらしい。

一文字よりも複数文字でできた単語などで切り取った方が良い。

五十音の一文字で切り取って組み合わせれば、

どんな言葉も自由に組み立てられそうなものだが、

しかし切り取られた一文字はすぐに透けて消えてしまった。

神は、言霊は可能性を生み出す力と言っていた。

どうやら、言葉として意味のない文字では、

可能性を生み出す力が乏しく、長く維持できないようだ。

その男子中学生はそう理解した。

「よーし、コツが分かってきたぞ。

 言葉を切り貼りして願いにするのは、まるでパズルみたいだ。

 ちょっと楽しいかも。この調子でやっていこう。」

そうしてその男子中学生は、神の代理として、

二年参りの初詣に訪れた人たちの願いを修正していった。


 願いの言霊を切り貼りするのはパズルのようで楽しい。

その男子中学生がそう感じたのは、最初の数十個までだった。

最初こそ、新鮮さに楽しさを覚えていたのだが、

何事も仕事になれば楽しくなくなってしまう。

神社を訪れる参拝客は途切れること無く、

吹き出しとなった願いの言霊も終わりが見えなかった。

「ふへぇー、まだ全然終わらないぞ。

 神がちょっと抜け出したくなる気持ちも分かるな。」

いっそ自分も途中で逃げ出してしまおうか。

そんなことを考えるが、しかし相手はどうやら本物の神。

約束をたがえばどんなことになるか、想像もつかない。

仕方がなく、その男子中学生は、お役目を務め続けた。

言葉を切り貼りして、紛らわしい言葉を修正していく。

そんな地味な作業に従事し、そろそろ空が白み始めそうな時間になった時。

神社に、その男子中学生が見知った顔がやってきたのだった。

それは、同じ学校、同じクラスの女子中学生たち。

十人以上も集まっているだろうか。

どうやら、クラスの女子生徒たちが、一緒に初詣をしに来たらしい。

その男子中学生が与えられた力は、願いを言葉として見せる。

他人の願いを見るのはただの作業でしかないが、

顔見知りの願いを言葉として見るのは、心の中を覗き見るようで、

ちょっと背徳感のある興味をそそられるものだった。

「あいつら、どんなことをお願いしに来たんだろう。

 ちょっと覗いてやろう。これも役目だしな。

 ・・・ちょっと待てよ。あれは。」

すると、女子中学生たちの集団の中に、その男子中学生が良く見知った顔が。

それは、その男子中学生とはちょっと微妙な関係の女子中学生。

お互いに素直になれず、いつも喧嘩ばかりしている、

天敵である女子中学生の顔があった。

「あれは、智子ともこじゃないか。

 あいつもこの神社に初詣に来たのか。

 あいつ、いつも僕にだけは口うるさいんだよな。

 ・・・そうだ。」

悪戯心が鎌首をもたげる。

「あいつの願いに、ちょっと悪戯してやろう。

 いつも口うるさくされてる仕返しだ。

 何々、智子の願いは・・・好きな人と上手くいきますように?

 あいつ、好きな人なんているのか。誰だろう。」

下衆げすな好奇心が働くが、しかし、

その女子中学生の願いの言霊には、相手の名前は書かれていない。

これでは神の力を持ってしても、相手の名前を知ることはできなかった。

神の力も万能ではない。

そのことが返ってその男子中学生の悪戯心に火を点けた。

他所から言葉を切り貼りして、その女子中学生の願いを書き換えた。

「これでよし。

 智子の初詣の願いは、好きな人と上手くいきませんように。

 という内容に書き換わったぞ。

 あはははは!逆の意味になって、あいつびっくりするだろうな。

 良い気味だ。」

そうしてその男子中学生は、神の力を使い、

他にも恨みのある女子中学生たちの願いをいじっては、

逆の意味や不幸な意味になる願いに書き換えて悪戯していった。

「何にも知らず、自分の不幸を願うなんて。

 あいつら、いつも嫌な奴だと思ってたから、良い気味だ。」

初詣の願いに悪戯されたとは知らず、

女子中学生たちは楽しそうに談笑していた。


 ちょっとした退屈しのぎだったはずの悪戯は、

その男子中学生のたがを外してしまった。

「もう願いの言霊を切り貼りする仕事はうんざりだ。

 どうせ、初詣の願いなんて、叶うかどうか分かりゃしない。

 適当に済ませてしまおう。」

そうしてその男子中学生は、初詣に来た人々の願いの言霊を、

適当に切り貼りするようになった。

曖昧な表現のまま放っておかれた願いはまだ良い方で、

中には気に入らないからと願いを逆の意味にされたり、

体に危害が及ぶような言葉にされた人たちもいた。

その願いの言霊のせいなのか、

実際に神社の中で転んで怪我をしたりする人が現れていた。

「・・・ちょっと、やりすぎたか?」

そんな光景を見て、その男子中学生は反省しつつも、

得も言われぬ違和感を覚えていた。

転んで怪我をした人は、自分が願いを切り貼りして、

初詣の願いを不幸な内容にされたからだろう。

それは分かる。

だとすると、もっと酷い内容にされた人たちはどうなった?

中には、車に轢かれたり、

急病になってもおかしくない内容の願いにされた人たちもいた。

しかし今のところ、そこまでの大事には至っていない。

被害が軽すぎる。

そうして、その男子中学生は気が付いた。

神社の境内には今も初詣の参拝客がいっぱいで、

願いの吹き出しがたくさん浮いている。

その願いの言葉が、切って貼られてをしているのを。

もちろん、その男子中学生は今、何も手を下していない。

それが意味するところは。

「この神社に、僕以外にも願いの言霊を切り貼りしてる奴がいる?」

その男子中学生は試しに、目の前の願いの言霊を切り貼りしてみた。

出来上がった願いの言葉は、体が悪くなりますように。

願った人は何も知らず手を合わせて拝殿の前を離れていく。

すると、どこからか切り取られた言霊が、

スーッと移動してきて吹き出しに切って貼り付けられた。

出来上がった願いの言葉は、体が悪くなりませんように。

その男子中学生が悪戯して作った意味と、真逆の意味になった。

「間違いない。

 この神社に、僕以外にも言霊を操ってる奴がいる。

 誰だ?神か?

 いや、もしも神が帰ってきたら、すぐに僕の所に来るはずだ。」

姿が見えない何者かが、自分の悪戯の邪魔をしている。

悪戯をして悪いことをしているのはその男子中学生自身なのだが、

何にしても邪魔をされるのは気分が良くない。

試しに、その男子中学生は、こんな願いの言葉を作ってみた。

邪魔者よ、姿を現しますように。

しかしその願いの吹き出しは、

どこかから飛んできた言霊を切り貼りされて作り直された。

邪魔者ではないから、姿は現しませんように。

言葉に込められているのは、明確な敵意。

「そっちがそのつもりなら、やってやろうじゃないか。」

そうして、その男子中学生と、姿が見えぬ何者かによる、

言霊バトルの火蓋が切られたのだった。


 その男子中学生が、初詣の参拝客の願いを切り貼りして、

こんな願いの言葉を作る。

邪魔者が隠れている場所から出てきますように。

しかしその願いの言葉は、

どこからか飛んできた言葉に切り貼りされて作り直された。

邪魔者ではないから、出てきませんように。

次にその男子中学生は、こんな願いを作った。

邪魔者の体よ、光り輝け。

「どうだ?これなら言葉を切り貼りする間も無いはずだ。」

しかし、神社の境内を見渡しても、不自然に光っている人はいない。

その男子中学生は、この願いの不備にすぐに気付いた。

「くそっ!紛らわしかったり、曖昧な言葉を使った願いは無効か!

 そもそもそれを修正するために、

 僕は神からこの力を授かったんだものな。

 邪魔者なんて言葉は、曖昧すぎるんだ。」

気を抜いていると、邪魔者の方から仕掛けてくる。

神社の片隅に、見逃せない願いの吹き出しが浮いている。

悪戯者が願いの操作を止めますように。

「まずい!あれが効力を発揮したらアウトだ!」

急いで言霊を切って飛ばして切り貼りする。

その男子中学生が飛ばしたのは、続けますように、という言葉。

合わせて、悪戯者が願いの操作を続けますように、という願いにした。

しかし、危機を脱するためのその願いは、両刃の願いとも言えた。

なぜなら、これでその男子中学生は、

自分が悪戯者だと自ら半ば認めてしまったことになるから。

今までは、悪戯者という曖昧な言葉は、対象が明確ではないために、

願いが効力を発揮するのにいくらかの時間がかかっていた。

しかしこれ以後、悪戯者を対象とする願いは、

効力を発揮するのが速くなることになっただろう。

そのことには邪魔者の方も気が付いたようで、

その時間差を利用した願いが立て続けに飛んでくるようになった。

悪戯者が反省しますように。

悪戯者の悪戯がなくなりますように。

それを打ち消すために、その男子中学生は願いを先に出すのが難しくなった。

いつでも邪魔者の願いを打ち消す準備をしておかねばならないから。

邪魔者という言葉は、対象がまだ曖昧で、

場合によってはその男子中学生自身も対象になりかねないから。

曖昧な言葉の意味を狭められ、

身動きが取れなくなっていくその男子中学生。

だがその顔には、焦りではなく驚きの方が大きくなっていた。

「僕の動きを先読みするような動き、言葉遣い。

 まさか、あいつなのか?」

その男子中学生には、邪魔者の正体に心当たりがあった。


 悪戯者たるその男子中学生と、邪魔者との言霊の応酬は続いていた。

お互いに打ち消す意味の言葉を含んだ吹き出しをいくつも用意してあって、

戦況は千日手の様相を呈していた。

このままでは日が上って朝になって、神が帰ってきてしまう。

そうすれば、願いの言霊を操る役目もお役御免、悪戯もできなくなる。

時間の引き伸ばしは邪魔者に有利なことだった。

だから、その男子中学生は、事態を打開するために賭けに出た。

吹き出しの言葉を切り貼りして、願いの言葉を作って、

これ見よがしに神社の境内に漂わせる。

内容は、邪魔者が言霊を操るのを止めませんように。

つまりそのままでは、妨害を現さない言葉。

しかし今までの言葉の切り貼りの応酬は、

言葉の意味を考えるより先に、邪魔者の手を動かしてしまっていた。

打ち消しの言葉が飛んできて、願いの内容が操作される。

邪魔者が言霊を操るのを止めないことがありませんように。

これは二重の否定になってつまり、こういう意味になる。

邪魔者が言霊を操るのを止めますように。

望む願いの言葉を作り出させて、その男子中学生は指を鳴らした。

「やった!上手く引っかかったな。

 これで邪魔者はもう言霊を操れなくなるはず。」

ただし、邪魔者という言葉はまだ曖昧、効力が発揮するかは未知数、

効力が発揮されたとしても、いくらかの時間がかかるだろう。

もしも、邪魔者の正体が、その男子中学生が思う相手なら、

ここから状況を打破する願いが一つある。それは。

「阿佐ヶ谷亨の言霊操作を全て止めて!」

その男子中学生が思った通りの願いの言霊が、声とともに飛んできた。

阿佐ヶ谷亨はその男子中学生の名前そのもの。

今、この神社の境内には、同姓同名の人はいないだろう。

その男子中学生の名前を知っているということは・・・。

ともかくも個人名を指定した願いの言霊は瞬時に効力を発揮し、

その男子中学生の言霊を操る能力は止められた。

数瞬遅れて、邪魔者の言霊を操る能力も止まった。

そうして悪戯者たるその男子中学生と、姿見えぬ邪魔者は、

お互いに能力を封じ合う結果になった。

その男子中学生は確信して言う。

「僕の名前を知っているということは、邪魔者は他人じゃない。

 僕の悪戯を見つけるのも、口うるさくするのも、いつもお前だった。

 やっぱり、僕の邪魔をしていたのは、お前だったんだな。

 ・・・澤田さわだ智子ともこ。」

名前を呼ばれて、神社の拝殿の裏から人影が姿を現す。

その人影は、さっきクラスメイトの女子中学生たちと一緒にいたはずの、

その男子中学生の天敵である女子中学生、その人だった。


 その男子中学生が願いの言霊で悪戯をする、

その邪魔をしていたのは、天敵である女子中学生だった。

その女子中学生は観念したように両手を軽く掲げて言った。

「参ったよ。

 亨くん、どうして邪魔者がわたしだって分かったの?」

「どうしても何も、今言った通りさ。

 他の奴は、僕の悪戯にいちいち目くじらを立てたりしない。

 僕に突っかかってくるのは、いつもお前だった。

 それに、言葉遣いにも覚えがあったからな。

 僕は誰よりもたくさん、智子の小言を聞いているから。

 それよりも、どうしてお前が言霊を操れたんだ?」

今度はその女子中学生が尋ねられる番だった。

「それはね、亨くんと同じ理由。

 亨くんが拝殿の裏で、猫になった神様から力を授けられた時、

 わたしもあの場にいたの。気が付かなかったでしょ。

 わたし、この神社でみんなと待ち合わせしてたんだけど、

 ちょっと早く来てたんだよね。

 そうしたら、亨くんが拝殿の裏に行くのが見えたから、

 話がしたくて後を付けたの。

 そうしたら、人の言葉を話す猫と会話してるのを見かけて、

 驚いて隠れちゃったんだ。

 で、神様が亨くんに力を授ける時、

 この場にいる者に、言霊操作の力を授ける。って言ったから、

 すぐ近くに隠れていたわたしにも、力が宿ったんだ。

 言葉って難しいね。神様だって使い方を間違えちゃう。」

「ははは、そうだね。」

その男子中学生と女子中学生とで、くすくすと笑い合う。

元より知らない仲ではない。

ついさっきまで争い合っていたけれど、

それが決定的な仲違いの原因になったりはしない。

そんな微妙な関係。

すると、頭上から毛むくじゃらの何かがスタッと降りてきた。

「なるほど、そういうわけじゃったか。」

そう話すのは、猫になった神、その人だった。

「儂がちょっと不在の間に、そんなことになっていたとは。

 まったく、人間の欲と知恵はおそろしいものじゃな。

 コホン。

 神の名において、

 願いの言霊は全て無効、操作された言霊を全て元に戻し、

 代理人の力を終了させる!」

猫の口で神がそう宣言すると、

ゴゥと神社の境内に風が吹いて、

無数の願いの吹き出しがいっぺんに分解されて、

全てが元通りになったのだった。


 それから、その男子中学生と女子中学生は、

猫の姿の神にこっぴどく怒られた。

悪戯心からのその男子中学生のみならず、

女子生徒も願いの言霊を争いに使用したことを咎められた。

一頻ひとしきりお説教が終わって、神は溜息をついた。

「・・・そうは言っても、一番悪いのは儂じゃな。

 集会に行くために、人間の子供に力を与えたのだから。

 初詣の願いは全て、儂が修正しておく。

 参拝客はもとより、お前たちにも迷惑をかけた。許して欲しい。」

「そんな、謝るのは僕の方だから。」

「本当にそうだけどね。まあ、わたしもやり方が間違ってたかな。」

猫が下げていた頭を上げて、首を傾げてその二人に言った。

「詫びと言ってはなんだが、約束通り、

 お主たちの願いを叶えてやろう。初詣の願いというやつじゃ。

 さあ何なりと申してみよ。」

するとその男子中学生は目を輝かせて笑顔になった。

「本当!?何でも願いが叶うの?

 じゃあ、あの玩具おもちゃとこの玩具と・・・」

「おっとっと、待つんじゃ。

 これは初詣の願いじゃから、一人一つじゃ。

 それと、同じ者は最初の一回までしか対象になれない。

 じゃから、自分に複数の物を授けるのは無理じゃ。」

「なあんだ、そっか。

 欲しい玩具はいくつもあったのに。」

初詣の対象にできるのは一人一回まで。二度三度と対象にはできない。

初詣の願いの制限を聞いて、その男子中学生はしゅんとなった。

すると、女子生徒の方が先に願いを言ってきた。

「わたしは、初詣の時にお願いしたそのままで良い。」

「そうか、分かった。お主の願い、聞き届けたぞ。」

まごつくその男子中学生を差し置いて、

女子生徒は先に初詣の願いを叶えてしまった。

速さでは遅れたものの、しかし、

その男子中学生の悪知恵が働くのは、言霊バトルで既に証明済み。

新たな願いを引っ提げて、顔をニヤけさせた。

「よし、じゃあ僕は、お金持ちにして欲しい。

 この願いなら、自分を一回対象にするだけで、

 好きな玩具を何個でも買えるようになるはず。

 玩具を授けて貰うんじゃなくて、玩具を買う金を授けて貰えば良いんだ。」

「ほぅ、そうか。お主の願いは良く分かったぞ。

 これでお主らの願いは終いじゃな。

 今日のことは、他の人間にはくれぐれも内密に。

 神が猫の体で集会に出ていたなどと知られれば、

 儂とこの神社の沽券こけんに関わるのでな。

 では、良い年を。」

猫からスゥと気配が消えて、何かが天に上っていった。

残った猫はただの野良猫になったようで、

ニャーと一鳴きして、茂みの奥に消えていった。

その男子中学生と女子中学生、二人は顔を見合わせて軽く微笑む。

「行っちゃった。

 神なんて、本当のことだったのかな?」

「さあ?本当だったら願いを叶えて貰えるらしいから、

 後で分かるんじゃない?

 とにかく、わたしたちも帰りましょう。

 もう夜が明けるよ。」

「そうだな。」

そうして、その男子中学生と女子中学生は、

お互いに肩を並べて仲良く家に帰っていった。


 その男子中学生は、家に帰ると両親にこっぴどく叱られた。

思えば、初詣の行列から抜け出したきり、両親には連絡していなかった。

元日からのお説教の後、お待ちかねのお年玉を受け取った。

その男子中学生は神に、金持ちにして欲しいと願ってある。

さぞ、今年のお年玉はたくさん入っていることだろうと思われた。

しかし。

「あれ?あれぇ?

 今年のお年玉、これだけ?

 これじゃ、去年と同じじゃないか。」

お年玉袋の中まで覗いて探し回るその男子中学生に、両親が喝を飛ばした。

「今年は元日早々悪い子だったから、お仕置きです!」

「学校の勉強を頑張ったら、来年はもっと増えてるかもなぁ。」

両親の返事はしかし、その男子中学生の疑問を解消しない。

「おっかしいなぁ。

 神に、お金持ちにして欲しいって願ったのに。

 何で願いが叶わなかったんだ?」

その男子中学生は、まだ知らない。

自分の初詣の願いが叶わなかった理由を。

初詣の願いの対象になれるのは、一人一回まで。

天敵である女子中学生の願いに自分も対象として含まれていたと知るのは、

まだもうしばらく先のことだった。



終わり。


 年末年始なので、二年参りの話にしようと思い、

初詣の願いが叶うような縁起の良い話を目指しました。


初詣の願いは神がその内容を読むものだと思うのですが、

もしも、願いの言葉が曖昧だったり問題があった場合、

それを読んだ神は困るのではないかと思って、

願いの言葉を校正して手伝うことを考えていきました。


しかしやはり人間は神とは違い煩悩があるので、

願いの言葉を改変し合う言霊バトルになってしまいました。


言葉を扱うのは常に難しいことですが、

自分が初詣のお願いをする時は、

曖昧な言葉などが無いようにしたいと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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