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3/3

灰狼と落とし子

 夜が明けて、晴れた寒い朝になった。夏の終わりを暗示するかのような清々しさが感じられた。

 彼らはある男の斬首刑を見るために夜明けに出発した。総勢20人。ジャックもその中にいた。彼は興奮してソワソワしていた。なぜなら、今日は生まれて初めて、父や兄たちと一緒に、王の裁きが下されるのを見に行くことになったからである。そういう年齢になったと認められたのだ。夏が来て9年目、ジャックが生まれて7年目のことだった。


 その男は山中の小さな砦で捉えられたのだった。レオンによると、そいつは「壁」の向こうの王ウォル・リベルトに誓いをたてた亜人らしい。それを考えるとジャックは鳥肌が立った。ばあやが炉端(ろばた)で聞かせてくれた物語を思い出したからである。彼女の言うには、亜人は残酷な連中で、奴隷売買や殺人や盗みをするということだった。彼らは巨人族や食屍鬼(グール)と交わり、真夜中に女の赤子をさらい、磨いた角の盃でその血を飲む。しかも、亜人の女は「長き夜」に、「異形(ジ・アザー)」と寝て、恐ろしい半人間の子供を作るのだと。


 だが、手足を縛られ、砦の壁に吊るされて、王の裁きを待っているその男は、白髪交じりの年寄で痩せており、レオンとそれほど背丈が変わらなかった。彼は凍傷のために、両耳と手の指を1本失っており、「冒険者ギルド」の仲間たちと同じ真っ黒な衣服を(まと)っていた。ただし、その毛皮はボロボロで、(あぶら)じみていた。


 人と馬の行きが混じり合い、冷たい朝の空気で湯気となって流れた。ジャックの父は家来に命じてその男を壁から下ろさせ、彼らの前に引きずってこさせた。レオンとサミュエルは背の高い馬の背にじっと跨っていた。その二人に挟まれて、小型馬(ポニー)に跨っているジャックは、7歳より年上に見えるように努力し、こんなものは前にも見たことがあるというようなふりを懸命にしていた。砦の門をかすかな風が吹き抜けると、彼らの頭上で、スノウフェルのジェラード家の旗印ー白い雪の荒野を駆ける灰狼(アッシュウルフ)ーがはためいた。


 ジャックの父は長い茶色の髪を風になびかせて、(いか)めしく馬に跨っていた。その短く刈り込んだ顎髭には白いものが混じっていて、35歳という実際の年齢よりも老けて見えた。今日の彼は目に厳しい表情をたたえていて、夕方になると炉端に座って、英雄と「森の妖精」がいた時代の話を物静かに語ってくれるいつもの父とは、全然違っていた。あの人は父親の顔を外して、スノウフェルのジェラード公の顔をつけている、とジャックは思った。


 朝の寒さの中で尋問が行われ、答えが引き出された。だが、ジャックは後になって、問答の内容をほとんど思い出すことが出来なかった、最終的に、彼の父は命令を下し、二人の衛兵がボロボロの男を広場の鉄木(アイアンウッド)の切り株のところに引きずっていき、男の首をその黒くて硬い木の上に押さえつけた。チャールズ・ジェラード公が馬を下りると、その被後見人であるマーリン・ベロモントが剣を差し出した。「(アイス)」というのがその剣の名前だった。刃の幅は大人の腕くらいで、煙のように黒かった。ミスリルに勝る鋭利な刃物はなかった。


 ジャックの父は手袋を脱いで、ジェラード家の衛兵隊長ジョニー・マーティンに渡した。それから「アイス」を両手で握っていた。


「キャメロット家のジェームズ一世、ルーン人、アルニア人および「原初の子ら」の王、ムー王国の君主、王土の守護者に名において、また、ジェラード家のチャールズ、スノウフェル城の城主にして北方の監視者の言葉によって、予は汝を死刑に処する」


 彼は大剣を頭上高く振りかぶった。

 ジャックの腹違いの兄、サミュエル・ホワイトがジャックのそばに寄った。


「ポニーをしっかり押さえていろ」


 彼は囁いた。


「そして目を逸らすな。逸らすと、父上にわかるぞ」


 ジャックはポニーをしっかりと押さえ、目を逸らさなかった。

 彼の父は一刀のもとに男の首をはねた。サマーワインのように赤い血しぶきが雪の上に散った。馬が一頭、後脚で立ち上がり、走り出さないように引き止めなければならなかった。ジャックは血から目を離すことができなかった。切り株の周囲の雪は勢いよくそれを吸い込んで、みるみる赤く染まっていった。

 首は太い切り株から跳ね飛んで転がり、マーリン・ベロモントの足元に達した。彼は、色白で痩せ味の19歳で、どんなことも楽しんでしまう男だった。マーリンは笑い、その首にブーツを当てて蹴飛ばした。


「馬鹿めが」


 サミュエルがマーリンに聞こえないほど低い声で呟いた。そしてジャックの肩に手をかけた。ジャックはその腹違いの兄を見上げた。


「よくやった」


 サミュエルは厳かにジャックに言った。サミュエルは14歳。処刑立ち会いの経験者だった。

 スノウフェル城への長い帰り道では、風が途絶え、太陽がより高く昇っているのに、より寒く感じられた。ジャックは兄たちと一緒に、本隊よりもずっと先を進んだ。ジャックのポニーは兄たちの大きな馬に遅れまいと必死に駆けた。


「あの脱走者は勇敢に死んだ」


 レオンが言った。彼は体が大きく、肩幅が広く、日ごとに成長していた。母親の血色を受け継いでいて、肌は色白、髪は赤褐色、目はリヴァーバーグのレイウッド家独特の青い色をしていた。


「少なくとも、あいつには勇気があった」


「いいや」


サミュエル・ホワイトが静かに言った。


「あれは勇気じゃなかった。あいつは怯えて死んでいた。あの目を見ればわかるだろ、ジェラード」


 サミュエルの目はほとんど黒く見えるほど濃い灰色だったが、その目は何物も見逃さなかった。彼はレオンと同い年だったが、サミュエルが細身であるのに対して、レオンは筋肉質。一方が色が黒いのに対して、レオンは色白、サミュエルが優雅で瞬発力があるのに対して、レオンは力強くて素早かった。


 レオンは負けていなかった。


「とんでもない」


 彼はきっぱりと言った。


「あいつは立派に死んだ。どうしても譲れないっていうのなら、橋まで競争するか?」


「よしきた」


 サミュエルはそう言って馬を蹴って走り出させた。レオンは「ちくしょう」といって後を追った。レオンは笑ってハッと短く息を吐いて、サミュエルは無言で一心に、踏み分け道を全力疾走していった。


 ジャックは後を追おうとしなかった。そもそも、彼のポニーでついていくのは無理だった。彼は今、自分が見た、あのボロボロの囚人の目のことを考えていた。しばらくすると、レオンの笑い声は遠ざかり、森は再び静まり返った。


 あまりに深く物思いにふけっていたので、父親の馬がすぐ横に来るまで、他の人馬の音が耳に入らなかった。


「大丈夫か、ジャック」


 父親が尋ねた。その口調は優しくなくもなかった。


「はい、父上」


 ジャックは答えて、目を上げた。毛皮と皮の衣服に身を包み、大きな軍馬に跨っている父親は、まるで巨人のように大きく見えた。


「レオンはあの男は勇敢に死んだと言い、サミュエルは怖がっていたと言います」


「お前はどう思った、ジャック?」


 父は尋ねた。

 ジャックは考えた。


「人は怖くても、勇敢になれるものでしょうか?」


「それが、人間が勇敢になれる唯一の瞬間だ」


 父は言った。


「亜人は女を連れ去り、「異形(ジ・アザー)」に売ります」


 彼の父は微笑んだ。


「また、ばあやがおとぎ話を聞かせたんだな。実は、あの男は誓いを破った「冒険者ギルド」からの脱走者だ。これ以上危険な人間はいない。脱走者は捕まれば死刑になると知っているから、どんな罪でも平気に犯す。どんなに下劣な罪でもだ。しかし、お前は質問を取り違えている。私はあの男がなぜ死なねばならなかったのかと聞いたのではなく、なぜ私がああしなければないのかと聞いたのだ」


 ジャックは答えが分からなかった。


「ジェームズ王には首切り役人がいますね」


 彼は曖昧に答えた。


「そうだ」


 父親は認めた。


「彼以前のスチュアート家の王たちも同様だった。だが、我々北部の人間は昔からのしきたりを守っている。ジェラード家の血管には、まだ「原初の子ら」の血が流れているのだ。そして、刑の宣告者自ら剣を振るうべきだという信条を守っている。人の命を取るとしたら、宣告者は罪人の目を覗き込み、そいつの最後の言葉を聞いてやる義務がある。もし、それに耐えられなければ、その場合はおそらくその罪人は死に値しないのだろう」


 父親は続けて言った。


「ジャックよ、いずれお前はレオンの旗主となり、兄や王のために自分の白を所有し、裁きを行う責任を負うようになる。その日が来たら、お前はその責務を楽しんではならないし、また、顔を背けてもならない。雇われた処刑人の影に隠れる支配者は、まもなく死のなんたるかを忘れてしまうものだ」


 このとき、前方の丘の頂上に、サミュエルが再び姿を現した。彼は手を振り、下の一行に向かって叫んだ。ジャック、父上。早く来てください。レオンがとんでもないものを見つけました!」


 ジョ二ーが一行のそばに駆け寄った。


「なにか異変でも?」


「そうらしい」


 ジャックの父親が言った。


「来い。息子たちが今度はどんな不始末をしでかしたか見てやろう」


 彼は早駆けで走り出させた。ジョ二ーもジャックも、その他の者たちも後を追った。



 レオンは橋の北側の(つつみ)にいた。そして、サミュエルはまだ馬に乗ったまま、そのそばにいた。今月は、夏の終わりに雪がたくさん降った。レオンは膝まで埋まる白雪の中に立ち、フードを押し下げていたので、頭髪に日が当たって輝いていた。彼は腕に何かを抱えていて、少年たちは押し殺した興奮した声で喋っていた。


 馬に乗った一行は、雪に覆われたデコボコの地面に、しっかりした足がかりを探しながら、用心深く雪の吹き溜まりを通っていった。ジョニー・マーティンとマーリン・ベロモントが最初に少年たちのところに着いた。マーリンは馬を進ませながら、笑って冗談を飛ばしていた。その彼が、はっと息を呑むのを、ジャックは聞いた。


「あっ!」


 マーリンが叫んで、必死に夢魔を制御しながら、剣に手を伸ばした。


 ジョニーはすでに剣を抜いていた。


「レオン、そこから離れろ!」


 彼は後脚で立ち上がる馬の背で叫んだ。


 レオンはニヤリと笑って、腕に抱えていた塊から目を上げた。


「大丈夫だ、ジョニー。そっちのやつはすでに死んでいる」


 このときまでには、ジャックの好奇心に火がついていた。もっと早くポニーを走らせたかったが、橋のところで下馬して歩いてそばに父親に言われたので、馬から飛び降りて、走っていった。


「一体全体、これはなんだ、レオン?」


 マーリンが言っていた。


「狼だ。どうやらヘラジカと相打ちだったみたいだ」


レオンが答えた。


「できそこないだな」


ベロモントが言った。


「この大きな図体を見ろ」


 レオンは胸をドキドキさせながら、腰まで埋まる吹き溜まりの雪を押し分けて、兄たちのところに行った。血で汚れた雪に半ば埋もれて、黒ずんだ巨大なものが倒れて死んでいた。その灰色のモジャモジャした毛皮に氷が付き、かすかな腐敗臭が女性の香水のようにまとわりついていた。(めし)いた目にはウジ虫が(うごめ)き、大きな口には黄ばんだ葉がいっぱい生えているのが、ちらりと見えた。だが、彼が驚嘆したのはその大きさだった。そいつは彼のポニーよりも大きくて、父親の犬舎で一番大きな猟犬の倍以上はあった。


「できそこないではない」


 サミュエルが静かに言った。


「これは灰狼(アッシュウルフ)だ。他の種類より大きく育つ」


 マーリン・ベロモントが言った。


「ここ200年間、「壁」の南側で、灰狼が目撃された例はないぞ」


「今、ここで見えているはずだ」


 サミュエルは答えた。


 ジャックはその怪物から目を離した。レオンの腕に抱かれている塊に、彼が気づいたのはこのときだった。彼は喜びの声を上げてそばに行った。その幼獣は小さな灰黒色の毛皮のボールのようで、まだ目が開いていなかった。そいつはレオンの胸にやたらに鼻を押し付けて、小さく悲しそうな声を出していた。レオンの革の胴衣の間に乳を探しているのだ。ジャックはおずおずと手を伸ばした。


「いいぞ」


 レオンが言った。


「触ってみろ」


 ジャックはこわごわ、素早く、その幼獣を撫でた。それから、サミュエルの声に振り返った。


「ほら、お前のだ」


 腹違いの兄は、もう一匹の幼獣を彼の腕の中に置いた。


「全部で5匹いるんだ」


 ジャックは雪の上にしゃがみこんで、狼の仔を顔に押し当てた。頬に触れたその毛皮は柔らかくて温かかった。


「灰狼が国土を彷徨(うろつ)いているとは、久しくなかったことだ」


 厩長のハレンが呟いた。


「これは一つの前兆です」


 ジョニーが言った。


 ジャックの父は眉をひそめた。


「獣が二頭死んでいるだけのことだ、ジョニー」


 しかし、その顔はとまどっているように見えた。彼がその死骸の周りを回ると、ブーツのそこに雪がついた。


「角が喉に突き刺さっているな」


 父親は膝を付き、狼の首の下を手で探った。それから、ぐいと引き抜いて、みんなに見せた。なんとも立派なヘラジカの角だったが、角は折れてなくなっており、べったりと血がついていた。

 

 みんなは急に静まり返り、その枝角を不安そうに見た。誰も口を利くものがなかった。彼の父親はその枝角を脇に放り投げ、雪で手を拭った。


「こいつが仔を産むほど生き続けたのが驚きだな」


 彼が言った。その声が呪縛を破った。


「そうではないかもしれません」


 ジョニーが言った。


「話に聞いたことがありますが、もしかしたら、子供が出てきたとき、雌狼はすでに死んでいたのかもしれません」


「死んだやつから生まれたと」


 誰かが言った。


「なお縁起が悪い」


「どうでもよい」


 ハレンが言った。


「こいつらも、すぐに死ぬのだからな」


ジャックはうろたえて言葉にならない叫び声を上げた。


「早ければ早いほうがいいな」


マーティン・ベロモンドが賛成し、剣を抜いた。


「ジャック、その狼を渡してくれ」


 幼獣はまるで、その言葉を理解しているかのように、ジャックの腕の中で身悶えした。


「嫌だ!これは僕のだ」


 ジャックは必死に叫んだ。


「剣をしまえ、ベロモンド」


 レオンが言った。一瞬、父親が命令するかのような口調になっていた。将来、彼自身がなるであろう城主のような。


「それはできません、坊っちゃん。殺すのが慈悲です」


 ハレンが言った。


ジャックは助けを求めて父親の顔を見た。だが、しかめっ面が見えただけだった。


「ジャック、ハレンの言う通りだ。寒さや飢えで、辛い死に方をするよりも、即死のほうがマシだ」


「嫌です!」


 彼は涙がこみ上げるのを感じ、顔を背けた。父の前で泣きたくなかった。


 レオンは頑強に抵抗した。


「サー・ウェイバーの赤い雌犬がまた子を産みました」


 彼は言った。


「でも、その中で生きているのはたった二匹だけだったミルクは充分にあります」


「そいつに育てさせようとしても、こいつらは引き裂かれるだけだ」


「ジェラード様」


 サミュエルが言った。彼が父親をそのように、そんなに畏まって呼ぶのはめったにないことだった。ジャックは縋り付くような気持ちで彼を見た。


「仔は5匹います」


 サミュエルは父親に言った。


「3匹が雄、2匹が雌です」


「何が言いたいんだ、サミュエル?」


「あなたには正嫡の子が5人います。3人が男、二人が女です。灰狼はあなたの家の紋章です。お子様たちはこれらの幼獣を飼う運命にあります」


 ジャックは父親の表情が変わるのを見て、他の人達が目配せしあっているのを見た。この瞬間、彼はサミュエルを心の底から愛した。たとえ7歳でも、ジャックはこの兄のしたことを理解した。サミュエルが自分自身を除外したからこそ、このような計算になったのだ。彼は計算に女の子たちを含め、赤ん坊のハンクさえも含め、そして、ホワイトと言う名字を持つ庶子を除外したのである。ホワイトとは、自らの名字を持たずに生まれた北部の不幸な子供や、正妻以外の女性から生まれた落とし子などに、習慣上与えられる名前なのである。サミュエルは、ジェームズの反乱と呼ばれる戦のときに、正妻ではない女性との間に生まれた子供である。


 彼らの父親も理解した。


「お前自身は狼の仔を欲しくないのか、サミュエル?」


 彼は優しく尋ねた。


「灰狼はジェラード家の旗印を飾っています」


 サミュエルは指摘した。


「俺はジェラードではなく落とし子です、父上」


 彼らの父上は思いやりを込めてサミュエルを見つめた。レオンが慌てて言った。


「私はこいつを育てます、父上。温かい乳をタオルに浸して、それを吸わせます」


 彼は約束した。


「ぼくも!」


 ジャックも同調した。


 ジェラード公は息子たちを、長いこと、注意深く見比べた。


「言うは易く行うは難し。このことで、召使いたちに手間を掛けさせてはならんぞ。もし飼いたければ、自分で餌を与えるのだぞ。わかったな?」


 ジャックは勢いよく頷いた。その手の中で仔狼が(うごめ)き、温かい舌で彼の顔を舐めた。


「そして、しっかり躾けをするのだぞ」


 彼らの父は言った。


「訓練しなければならない。申し渡しておくが、犬舎長はこの怪物たちにはなんの関係もないぞ。もし、こいつらを放棄したり、凶暴にしたり、訓練に失敗したりすれば、お前たちは悲しい目を見ることになる。ご馳走をねだって蹴られて尻込みするような犬と違って、灰狼は、犬が鼠を殺すように、たやすく人間の腕を方から食いちぎるのだぞ。それでもいいのか?」


「はい、父上」


 ジャックは言った。


「はい」


 レオンも同調した。


「仔狼はどのみち死ぬかもしれない。お前たちがどんなに努力しても」


「死なせません、絶対に」


 レオンが言った。


「僕らが死なせません」


「そうか、では飼うがいい。ジョニー、デズモンド、他の仔狼を集めてくれ。そろそろスノウフェルに変える時刻だ」


 ジャックが勝利の甘い空気を安心して吸ったのは、一行が馬に乗り、帰途についてからだった。その頃には、仔狼は革の服の内側で、温かい体を彼に押し付け、安心してぬくぬくと微睡(まどろ)み、帰りの長い騎行に備えていた。ジャックはこいつにどんな名前をつけようかと思案していた。


 橋を半分ほど渡ったとき、サミュエルが突然馬を止めた。


「どうした、サミュエル?」


 彼らの父親が尋ねた。


「聞こえませんか?」


 ジャックには林を渡る風の音と、鉄木(アイアンウッド)の厚板に馬の蹄が当たる音と、腹をすかせた仔狼の甘えた声しか聞こえなかった。だが、サミュエルはもっと他の音を聞いていた。


「あそこだ」


 サミュエルはそう言って、馬を返し、駆け足で橋の上を戻っていった。みんなが見守っていると、彼はあの灰狼が雪の中で死んでいた場所で馬を降りて、膝をついた。まもなく、彼は笑いながら馬を走らせて戻ってきた。


「こいつは這っているうちに、他の連中から離れてしまったんだろう」


 サミュエルは言った。


「あるいは追い出されたのかもな」


 6匹目の仔狼を見て、父親が言った。同時に生まれた他の仔狼は灰色だったのに、こいつの毛皮は白かった。そして目は、その朝死んだあのボロボロの男の血のように赤かった。ジャックは他の仔は目が開いていないのに、この仔だけ目が開いているのを不思議に思った。


白子(アルビノ)だな」


 マーティン・ベロモントが皮肉な、面白がっているかのような口調で言った。


「こいつは他の奴らよりずっと早く死ぬかもな」


 サミュエル・ホワイトは父の被後見人を、ゾッとするような冷たい目でじっと見つめた。


「俺はそうは思わない、ベロモント」


 彼は高らかに宣言した。


「こいつは俺のものだ」

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