はい、こちら評判の悪役令嬢ですが何か?ほう、仕事ですね。ではたっぷり貶してあげましょう
初投稿です。良かったらおつまみ感覚で楽しんで下さい。
「貴女には失望しました!ノエル嬢!」
「あ~ら?たかが伯爵家ごときが私に意見かしら?随分と勇ましいことっ」
社交パーティーのど真ん中で、周囲の視線にさらされながら私は私の役目を遂行している真っ最中。
そう、私より劣る駄目女をいびり、それを守ろうとする素敵なナイトを挑発するという、だ~いじな役目だ。
なるべく嫌みったらしく、声音をネッチョリさせるのも抜かりない。我ながら板に付いてきた演技だ。
「そこの冴えない野良猫にちょっと教育してあげただけじゃない。怒る事じゃないでしょう?」
「いきなり女性の頭に水をかけるのが教育ですって?!」
「オホホッ、熱くなってますわねぇ。貴方には関係ない事じゃなくて?何をそんなに怒るのかしら?」
適度に挑発しつつ、怒り心頭の伯爵家坊っちゃんコールズの胸の中でさめざめと泣く男爵令嬢カネリに目を向ける。私がぶっかけた冷水でビシャビシャだ。風邪ひかないと良いのだけど。
カネリ嬢と密かにアイコンタクトを交わす。
「その胸の中で惨めな涙を流している子がそんなに気になるのかしら?」
私はスッと目を細め、冷たい視線を作り上げてみせた。
「私はね、ノロマを見ると虫唾が走るの。下級貴族の分際で公爵家長女である私に馴れ馴れしく話しかけてくるようなおバカさんが嫌いなの。わかるかしら?」
「わかりません!」
「あら、まあ!人の話をもっと聞きなさいな。それともそんなグズを庇ってるくらいだから貴方も能無しなのかしら?」
こちらの望み通り、コールズは怒りに顔を真っ赤に燃え上がらせて睨んできた。そうそう、早くキレてちょうよ。わたしゃもう嫌なんだ。
とどめに煽りの高笑いやっとくか。
「オーッホッホッホ!!そんな女庇うなんてよほどモテないのねえ!それとも、正義面の偽善カッコつけマンなのかしらぁ?!」
「っ!そんなんじゃない!」
よし、ちょっと効いたようだ。もう一度令嬢カネリにアイコンタクトを取る。カネリは涙目を維持しながらもしっかり目を光らせた。
そして悲痛な声を上げた。
「よして、コールズ様······!私が······全て私がいけないんです!私がドジだから·········だから、私の事はお気になさらないで!コールズ様はご自身の事を大事になさってっ」
そしてまた、わっと泣いて顔を伏せた。なかなかの演技力だ。こっちも負けてられんぞ。
いや、イカン、イカン。そうじゃなくて。
「アハハハ!泣くしか能が無いのかしら!だから前々から言ってるでしょう?貴女みたいな軟弱女なんて一生負け犬なのよ。惨めでかわいそう!沢山の縁談が来る私とは大違い、残酷だわ~!」
ヤバい。そろそろ喉が乾いてきた。高笑いはもってあと二回。
コールズ坊っちゃん、早く!男を見せたれ!
「······そんな事はない。カネリ嬢は素敵な女性だ」
いよっし!!キタキタ!
「あら?何を言ってるのかしら?」
「貴女みたいな人と違って素敵な女性だと言ったんです!」
「んまあ!?」
私は全身の筋肉を意識して力を入れた。体がプルプル震えだし、だんだん熱くなってきた。多分、顔も赤くなってるだろう。血圧で血管にダメージいってないか心配だ。
「なんですってぇ?!このっ、超絶美人でっ、超良血でっ、魔力保有量が王国トップでっ、スッゴいお金持ちでっ、公爵家の長女である私がそんな野良猫より劣るですってええ?!」
何が悲しくておごり高ぶった自分のプロフィールをわざわざ並べたてなくてはならんのか。恥ずかしくて耐えられん。でも、おかげで顔は赤くなったな。
「私がそこの女より劣るですって?取り消しなさいな!」
「嫌だ!何度でも言おう!カネリ嬢は素敵な女性だ!優しくて、可憐で、慎ましやかな美しい心を持った人だ!貴女とは違う!貴女は最悪の極悪令嬢だ!!僕は貴女のような醜い心を持つ人間が許せない!」
よくもまあペラペラ臭いセリフが出るものだ。私にもそれくらいの自己陶酔性があればもっと上手くやれるのに。
「キイイイイィ!!な、なんて侮辱!!」
自分で耳を塞ぎたくなるほどの高音シャウトをかます。喉への深刻なダメージが懸念される。
「この口先ばかりの朴念仁!そんな綺麗事を言って本当は私のような身分の高い女と結婚したいんでしょうが!?そんな女、本当はどうでもいいくせに!」
「·········なら、そこで見ていてください」
そう言ってコールズはカネリ嬢の手を取って正面から向き合った。
「カネリ嬢。僕と結婚してください」
「え!?」
これはわりと素の反応なカネリ嬢。
「貴女の事は前から気になっていました。今日、これ程の悪意にさらされながらも僕の身を案じてくれた貴女の強さに改めて心惹かれました。結婚してください」
「!は、はいっ······はい!!」
オオーっと回りの人間が祝砲の歓声を上げる。拍手の雨あられが降り注ぎ、コールズとカネリ嬢の愛はめでたく成就しましたとさ。
「キイイイイィイ!!く、悔しいぃ~!!覚えてなさ~い!!」
このダサい捨て台詞と共に目元を押さえながら走り去る事で私の任務は完了となる。やっと終わった。
背中に届く幸せな声の喝采を聞いていると、少し寂しくもなる。
誰も居ない静かな場所まで走ってから私はようやくため息をついた。
「ふう。なにやってんだか私」
性悪令嬢。いや、悪役令嬢たる私の本音は床の大理石に吸い込まれた。
このような事になったのは半年くらい前のある気まぐれが発端だ。
──半年前──
「はい?」
「だからお願い!お姉ちゃん!!」
おててをパァンッと鳴らして擦り合わせてくる妹のドリルロールヘアーに目を向けながら、私は呆けた声を出した。
「あー······ごめん、エレナ。お姉ちゃん話の趣旨がイマイチ飲み込めなかった。もう一回。簡潔に、分かりやすく、ゆっくり」
「もちろん!もう一回話すわね、お姉ちゃん!」
妹のエレナの話はこうだ。
「あのね~、あたし、好きな人がいるの。子爵家のランティスって言うんだけどぉ、ナイトでもあって、すっごく格好いいの~」
「へえ······そう」
「あたし、ランティスとお付き合いしたいんだけど、彼ったら堅苦しくて女の子に興味無いみたいなの」
「ふうん······そう」
「だけど、けど。ランティスってすっごく正義感が強くて困ってる人の味方なんだって!も~カッコいい!」
「はあ······そう」
「そこでね、考えたの!誰かがあたしの事をランティスの前で意地悪すればきっと彼は黙ってないわ!あたしの事助けてくれる。それでね、あたしはいたいけな女としてランティスにすがるの!そしたら彼だってあたしの事守ろうとして二人の距離はぐっと近づくわ!」
「えぇ······そう」
「でも、問題なのはあたしの事いじめる人間なの。だって、公爵家じゃん。あたし。あたしの事いじめられる人なんて王族以外居ないじゃん。でも一人だけ!あたしをいじめてもおかしくない貴族の人がいる!あたしより立場が上で、意地悪してもおかしくない立場の人物!そう、お姉ちゃん!」
ふーむ。
ダメだこの子。
「あのねえ、エレナ。どうして私になるの?」
「え~?それは~、お姉ちゃん美人だし、ちょっとキツそうな雰囲気してんじゃん?それで、あたしの姉じゃん?絵になるよ。最適だよ。冷たそうな美人姉が可愛らしい妹を意地悪してる。うん、ピッタリ!」
なる程。
ダメだこの子。
「つまり?貴女の言いたい事はこうかしら?そのランティス君とやらの前で、私が貴女の事虐めて貴女はランティス君に泣きつく。ランティス君は私から貴女を守るため二人の仲はニャンニャン」
「そう!」
「いやいやいや」
それってつまり私が悪者じゃん。
「私に意地悪姉になれって言うの?」
「うーん。ちょっと違う。もっと鮮烈な感じ。あ!」
エレナがパチンっと手を叩く。
「悪役令嬢!!」
なんだかロクな呼び方じゃない気がする。いかにも、最後は悲惨な末路を送ったり、観衆の前で赤っ恥かいたり、破滅したりしそう。
「はあ······嫌よそんなの」
「ええ~!?」
「だって、私にメリット全く無いじゃん」
「あるわ!あたしの幸せ!」
「自分で掴みなさい、んなもん」
「お姉ちゃんの意地悪!悪役令嬢!」
「はいはい。じゃあ、私は部屋で本読んでるから」
「ま、待って!」
立ち上がりかけた腕をエレナに掴まれた。
「お願い、お姉ちゃん!あたし本気なの!ランティスに振り向いて欲しいの!」
「エレナ······」
「こんなことお姉ちゃんにしか頼めないの!お願い!もしやってくれたらとっておきのエンシェントハニーあげるから!」
「オーホッホッホ!貴女には立場ってモンをわからせてあげる必要があるわねぇ!次の社交パーティーでたっぷり虐めてあげるわぁ~!」
「わあ!お姉ちゃん悪役令嬢みたいっ!」
私が極度の甘党だったのが運の尽きだった。
そして私は自分の主催する社交パーティーにて妹を存分に虐めた。
元々ロクすっぽ社交界にも出ず、出てもケーキを黙々と貪る私はどういう人間か皆計りかねていたらしく、晴れて最悪な性格が知れ渡る事となった。
「あ~らエレナ、所詮は私の予備でしかないくせにシャシャリでないでもらえるかしら?」
「そのアクセサリーは私のよ!このっ!ふふっ、そうそう、貴女はそうやって身ぐるみ剥がれたくらいがお似合いよ。代わりにこの魚の骨を髪飾りにするとい~わ~。オーホッホッホ!お似合いよ~!」
「まあ、この紅茶冷えてるわ!エレナ、こっちに来なさい。ほ~ら、頭からお飲みなさーい。オーホッホッホ!涼しそうねぇエレナ!なんて惨めな子なのかしら!」
「いい加減にしなさい!!貴女は妹の事を何だと思ってるのですか!」
私の努力により、ランティス君は義憤に燃え上がり、しずしずと泣きながらも私の事を庇う妹のエレナに心惹かれ恋も燃え上がった。
イチャつく二人の姿を肴に私は報酬のエンシェントハニーを舐めたものだ。
まあ私の名誉は地に落ちたが、おかげでめっちゃ来てた縁談の話が激減したのでそこは良かった。正直辟易していたからな。
しかし、その後は良くなかったと思ってる。
しばらくして、エレナが仲の良い令嬢を連れてきた。
「て、訳なの。お姉ちゃん、アーニアの為にも一肌脱いであげて!」
「えぇ~······」
「お、お願いします!」
と、子爵家の令嬢アーニアが深々と頭を下げてきた。
「あのさあ、エレナ。どういう訳?」
「えっとね、あたしとランティスの事を教えてあげたらアーニアも似たような事で困っていたの」
話を聞いたところ、こういう事だった。
アーニア嬢にも想い人が居り、彼の方もアーニアを良く思っているのだが、家柄の差とかがあって愛しの彼がなかなか踏ん切りをつけてくれない。
そんな悩みを聞いたエレナがアーニアにこの間の三文芝居を話したところ
「ぜ、ぜひ!ノエルさんのお力をお借りしたく······!!」
となったのだ。
「つまりねお姉ちゃん。お姉ちゃんがアーニアの事をその騎士君の前でいびって追い詰めるの!あたしのシナリオはこう!お姉ちゃんは他人の望まない結婚を見るのが趣味でアーニアにもそれを強要する。囚人とかゴロツキとかそういうロクでもない輩とね!それでアーニアは泣きながら拒む。そこでお姉ちゃんはこう言うの。『一日以内に誰かからプロポーズを受けられたら見逃してあげるわ~!無理でしょうけど!』って!」
うーん。
ダメだこの子。
というか私の妹ってもしかして悪女?
ともかく、あんな茶番劇をまたやるのは流石にごめんだ。
このアーニアって子には悪いけど断ろう。
「ごめん。アーニアさんだったかしら?悪いけどそういうのは自分の力でどうにかしなさい」
「そ、そんな!」
「ヒドイよお姉ちゃん!この悪党!悪役令嬢!」
「甘党でも甘栗令嬢でもいいけど、そういうことだから。じゃ、これで失礼」
「あ、あのっ!もし引き受けていただけたら、こちらの千年楓のメイプルシロップをお渡ししようかと······」
「オーホッホッホ!おバカさん!愛しの彼の前でうんっと赤っ恥かかせてあげるわ~!!」
『わあっ!悪役令嬢みたい!』
そして訪れた本番当日。
「ぼ、僕が彼女をもらいます!」
「ジェ、ジェイド君······」
「ムッキイ~~!!無理矢理に結婚させてニタニタ笑うのが私の趣味なのに~!!このお節介!覚えてなさーいっ!!」
後日。
メイプルシロップをたっぷりかけたパンケーキを食べながら、アーニア嬢の感謝と惚気話の手紙を読んだのだった。
それからというもの。
「お姉ちゃん!」
「ええ~······」
「ノ、ノエルさん!」
「いやー······」
令嬢ネットワークに私の名は轟き、世間の評判とは真逆に私は絶大な人気を誇った。
悩める乙女達の為に奮い立ち、悪逆の限りを尽くすロクでなし。強きを振りかざし弱きをいびる悪役令嬢の恋のキューピッドとは私の事だ。
毎回毎回、信じられないくらい上手くいくので自分で驚いている。
というか、どうして世の男性陣はああも簡単に騙されるのだ?
男は女の涙に弱いと言うが、弱いのは頭の方じゃなかろうか。
まあ、騙してる側の私にそんな事言う権利は無いが。
そんなこんなで悪役令嬢として大活躍のある日の事。
カネリ嬢からの感謝の手紙と、報酬のブリリアントジャムでトーストを貪っていた私の元に王城からの遣いが来た。
「王子が呼んでおります」
私は支度して王城に赴いた。
王子は私の従兄弟に当たる人物で昔から交流もあるが、ここ半年くらいは会っていない。
そう言えば、悪役令嬢やり始めてから初めて会う。
「もしかしたら悪名が広がり過ぎてお叱りかも」
そう思うと気が重くなる。が、しかし。自分で撒いた種だ。仕方ない。
王子は自分の書斎で待っていた。
「やあ、ノエル。久しぶり」
変わらず、美形の王子は爽やかに笑いかけて出迎えてくれた。
「ごめんよ、いきなり呼び出して」
「いえ、構いませんわ」
私達はテーブルを囲い、ゆっくりティータイムへと移った。甘いお菓子が山盛りで最高な時間だ。
「変わりなく甘い物が好きなようで良かったよ」
「ええ、甘味は数少ない楽しみですので」
「おや、そうなのかい?おかしいな。最近の君は令嬢を虐めるのが趣味だと聞いたんだが」
「ゴホッ······コホッコホッ······失礼しました」
ナチュラルに言われたからむせたじゃないか。
すると王子はニコッと笑って言った。
「なんて、冗談さ。君がそんなことするような人間じゃないのは知ってる。何か事情があるんだろう?」
「······ええ、まあ······」
「当てようか。多分だけどカップルを成立させるために誰かに頼まれたんだろう?」
「はあ。まあほぼ当たりです」
「そうかっ。で、誰に頼まれてるんだい?」
「え~っと」
とりあえず私は正直に話した。
「あっはっはっはっは!」
話を聞き終わった王子は愉快そうに大笑いした。
「まさか本人達が頼んでいたとは!いやはや、女性とは恐ろしいものだね」
「そうですねぇ」
「しかし君もそんな役をよくもまあ何度も······本当に甘味が好きなんだね」
「お恥ずかしながら。まあ、元々人付き合いも好きではなかったのでパーティーやお見合いに呼ばれなくなってきたのは幸いですが」
「君らしいね。でもそうか。くくく」
王子はまたクツクツと笑った。
すると、王子は何故か首を後ろに回し、入り口に向かって
「ていう事だそうだ。安心して出てきなよ」
と言った。
「え?」
誰かドア越しに居たのか。外から誰かの声がした。
『いやー、まさかそんな事があるなんてね。ノエル嬢はお人好しというか破天荒というか······』
どなた?
声の主はゆっくりと中へ入ってきた。そこで初めて私は
「あっ!!」
と声を上げた。
それもそのはず。入ってきたのは隣の王国の王子ブルート殿下だったのだ。我が国とは友好的な間柄で何度か来訪していたが、会うのはこれで二回目。
思いもよらない突然の大物ゲスト登場に私も焦ってしまった。
「ブルート殿下、来てらっしゃったのですか」
「やあ、ノエル嬢。久しぶりだね」
オルガ王子とまた違う美形のタイプで、人懐っこい甘めな顔立ちで、笑うと女の子みたいな可愛らしい感じだ。
「いや~、オルガから面白い話を聞いたもんだからついつい非公式で来てしまったよ」
「面白い話って、まさか······」
「うん。非常に性悪な令嬢が他の女の子を侮辱したり虐めたい放題で、多くの子が泣かされているってね」
なんてこった。私の悪名が隣国の王族にまで届いていたとは。きっと末代まで悪女として語り継がれるだろう。
「あ~、いや~、そのー······それはですね、甘い誘惑に誘われてしまったが故の気の迷いでしてゴニョゴニョ······」
「うん。さっき知ったよ。失礼ながらドア越しに話を聞かせてもらったからね」
ブルート殿下がニコリと笑う。
「オルガも不思議そうにしててね。ノエル嬢はそんな事するタイプじゃないって。それで、直接話を聞いて君が潔白だという事を証明しようって話になったんだよ」
オルガ王子の信頼が嬉しい。流石、従兄弟。
「そもそもノエル嬢には公爵令嬢としての自覚が良くも悪くも皆無で、全く令嬢らしさの欠片も無いって熱弁してね」
「お、おいブルート。それは言わない約束!」
従兄弟この野郎。
まあ、否定はしない。私ほど令嬢として非常識な女は滅多に居ないし。
「ノエル嬢が優しい女性のままだと知って安心したよ。噂を聞いた時は流石に心配になったからね」
「は、はあ。でも私は優しいわけでは······」
エサに釣られただけだしなあ。
「いや。事情は違うけど、君のその自己犠牲とも言える優しさに僕は恩があるからね」
「え?恩?」
妙な事を言ったブルート殿下は優しい笑みを浮かべた。
「覚えてないかい?前に会った時、僕の妹が危うく恥をかきそうになった時の事を」
「え·········あー」
そういやそんな事あったような。
たしか、殿下の妹さんが作法的にまだ食べちゃいけないお菓子に間違って先に手を付けてしまったんだったか。幸い人に見られはしなかったが、そのままでは誰が食べてしまったのかと騒ぎになりそうだったから私がモシャモシャやったんだ。
甘党狂いの女だとは知られていたので、みんな呆れるくらいで済ましてくれたんだったな。
「あー。ありましたね。私もお菓子をたらふく食べられたんで損はしませんでしたが」
「君のそういう所がすごく気に入ってね。妹も感謝してるんだ」
「いえいえ、そんな」
「だから君が悪女だなんて聞いた時は困ったよ。僕も妹も乗り気だったのに噂が真実なら話が振り出しになりかねなかったからね」
「はあ······ん?乗り気?話が振り出し?」
よく分からんワードに首を傾げると、ブルート殿下はオルガ王子に
「なんだ。君、話してくれてなかったのか?」
と眉を寄せて言った。
「あ、忘れてた」
「忘れてたって、あのなあ。ま、いいや。こういうのは自分の口から言うが良いし」
一体なんの話だ。置いてかないで欲しい。
私の願いが通じたのかブルート殿下が振り向いてくれた。
「ああ、ごめんノエル嬢。勝手に話をしてて」
「いえ。それより何の話をしてるのですか?」
「うん。それはね──ノエル嬢。僕と結婚してくれないか?」
「────はい?」
おや。もう耳が遠くなったか。老いるのは早い。
「結婚して欲しい」
聞き間違いじゃなかったっぽい。
「実は僕の家と君の家でそういう縁談が進んでいるんだ。遠からず君もご両親から聞かされるとは思うけど。でもさ、どうせなら当人同士で婚約した方が良いかなって思ってさ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。え?結婚?」
「うん。ダメ、かな?」
ブルート殿下が少し困ったような笑みになる。
「出来れば君自身の返事を聞いておきたくて。もし君がどうしても嫌だと言うなら、僕の方からも父に言っておこう。でも、そうでないなら······どうかな?」
「い、いえ。嫌とかそんなんではないですけど······で、でも」
「悪役令嬢と名高い君との生活なら楽しいと思うんだけどね。きっと回りもビックリするだろう」
「············」
思いもよらない展開に私は口をあんぐり開けるしかなかった。
そんな事があってから早十年。
「『オーッホッホッホ!この穀潰し!卑しいわ~!』悪役令嬢は高笑いしました。でも、騎士様は黙っていませんでした。『ルエーノ嬢!貴女は悪い人だ!出て行ってください!』『キイイーッ!なんですって~!』悪役令嬢は顔を真っ赤にして怒りました」
「わくわく······」
今年で六歳になる私の娘は本当に楽しそうに絵本の話を聞いている。
いずれはこの国の女王になるかもしれない我が子にこんな話を読み聞かせて良いのだろうか。
「『キイイーッ!覚えてなさーい!』こうして悪役令嬢はどこへともなく走って居なくなってしまい、騎士様と女の子の二人は仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
おしまい。と本を閉じると、娘はじっと私の顔を見て言った。
「お母さん。あくやくレイジョーはどうなっちゃったの?」
「さあ、どうなったのかしら」
頭を撫でながら答える。
「多分、どこかの国の王子様と結婚して幸せに暮らしてるんじゃないかしら。それでもって、その人生が妹や沢山の令嬢によって絵本にされたりしてるんじゃないかしら。感謝の意を込めて、その生き様が綴られていたりかもね」
「わたし、あくやくレイジョー好き!」
「あら、そう?」
「うん!」
娘はベッドの上に立ち、手を頬に添えて胸を張った。
「オーッホッホッホ!あなたったらミジメねーっ!」
うーむ。私のように将来苦労しないと良いのだけれど。
────おしまい────
お疲れさまでした。またどこかでお会いできれば幸いです。