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アウトサイダーウィザード  作者: リノエ
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脱出 3

 三人はまだ気づいていない。警戒していた和夏もまだ、知らなかった。


 追うとしている中国軍とそれを止めているチベット軍。その激しい戦闘の中で、一つ、チベット軍の包囲から抜け出してくる影。それは、クルーザータイプのバイクであった。


 そのバイクに乗った男は、顔に包帯を巻き、体もボロボロ。しかし、放つオーラや殺気、怒気は限りなく多くの者を恐怖に陥れてしまえるほどのものだった。


 「殺す、殺す、殺す!!!」


 そのバイクに乗っているのは、なんとコォン・シーザイであった。


 「俺の全てを台無しにしやがってッ!」


 彼は裕福な家庭出身でありながらも、才能も持ち合わせた人間。まさに、この国で将来、最も影響力のある人物になり得た存在であった。だが、それも、もうおしまい。


 任された区の中でも、重要な偽造局を破壊されたうえ、侵入者の捕獲もできず、脱出を許してしまった。


 これで死刑は逃れられない。いいや、死刑で許されれば良い方である。


 家族も、友人も、積み上げた全てを破壊され、もう助かる道はない。中国史で永遠に名が残ることになるだろう、かつてないほどの愚者である、と。


 だからこそ、せめて!


 「ぶっ殺してやる!」


 彼の叫びと共に、魔力が別のエネルギーへと変換される。それは、まるで先ほど和夏が行った絶大魔法のように—


 「絶大魔法!!」


 別のエネルギーとなった魔力は、水を生み出す。そして、


 「〈勢水セイスイ〉!」


 その水はまるで水鉄砲のように勢いよく噴射されていく。だが、水鉄砲を遥かに越えた威力。まさに、弾丸の速度を優に越え、全てを貫かんとするほどの威力であった。


 空気の抵抗さえも跳ね除け、それらはトラックに乗った和夏へと一直線に向かっていく。


 「ッ!!」


 警戒していた和夏は、少し遅くなってものの、その攻撃に気付き、持った巨大な鎌ではじこうとする。


 かなり遠くからの攻撃。威力も、貫通力も、速度も弱まっている。しかし


 「なんて力だよッ!」


 最初から正面で受けきろうとは思っていなかった。力の向きを変え、逸らすつもりだった。


 だが、それすら不可能なほどの水圧。


 「ッ!」


 逸らすことが出来ない。受けとめるしかない。だが、そんな高威力の攻撃を真正面から受け切れるはずもなく、和夏は数百メートルほど強く吹っ飛ばされる。


 またその衝撃はトラック全体にも襲い掛かる。


 「うわぁ!!」


 下級兵はなんとかハンドルを握って頑張るが、結果は倒れてしまい、走行不可能になってしまう。


 「一体、何が起こったんだ?」


 サグメも完全に油断しきっていたようだ。和夏と正面から渡り合えるほどの実力を持っているというのに、何処から、誰からの攻撃なのかも認識していなかった。


 気づけば、強い衝撃が奔り、トラックが転倒していた。


 彼女はすぐさま魔力で肉体を覆い、いつでも戦闘可能な状態に成りながらトラックの中から這い出る。


 すると、彼女を見下ろすかのようにコォンが立っていた。


 「お、お前は―」


 「裏切り者のキサマも始末せねばならんな」


 彼の全身を水が巡っていた。それはまるで生きているかのようで、ぐるぐると。


 その様子を見てかなりサグメは驚いていた。


 「……この数時間で一気に成長したようだね」


 「ああ」


 未だに彼は怒りや殺意を放っているが、サグメのセリフによって別の感情も多少ながら現れ始める。


 それは、喜び。


 これまで自分が訓練を通しても到達しえなかった力を手に入れたことによる感情の昂ぶり。そして、新たに手に入れたその力を試せる喜び。それを以て全力で和夏へと挑もうとする気概。


 まさに、感情がぐちゃぐちゃで、しかし道理が通っているかのような、そんな在り方。


 「私は……いや、俺はこれまでも敗北を味わったことは何度かあった。だが、それは決してプライドを踏みにじられたようなものではなかった。まだ経験も、勉強も、全てが無かった若い頃というのは誰であっても敗北を知ることがあるだろう。また、人には得意、不得意があるのも事実であり、自分は完璧な存在だとは思っていなかった。だが!奴によって初めて思い知らされたよ、本当の敗北というのを!自分の矜持がボロボロになるのを!!」


 一つ、一つと言葉を紡ぐほどに、怒りというのが増していく。この現実を自分の口で言う事で、どんどん理解してしまう。


 もう、自分の栄光の道がないことに。


 もう二度と幸せになる未来など一切ないことに。


 そして、自分は和夏に届き得るほどの、世界屈指に成ったと言っても良いほどの力を得たことに!


 「俺は怒りもある、殺したい気持ちも当然ある。だが、同時に感謝しているんだよ。奴にはな。俺は、魂のその先にある精神に触れたんだよ!俺が一体、何者で、何処から来たのか。いいや、それはおおげさかもしれないな。だが、確実に精神の指向性を理解した!」


 「そうかよ、それで俺を倒そうっていうのか……?」


 そのセリフはサグメではない。


 吹っ飛ばされたものの、ほとんど無傷で戻ってきた和夏の言葉であった。


 「……クッ、クククク!やはり、無事だよな。そうだよなぁ。お前は俺にとって許しがたい存在でありながら、俺を育ててくれた師匠のような存在だからな」


 コォンは魔力を放出し、身に纏う。


 「さぁ、三度目の、最後の戦いにするとしようか!!!!」


 「そうだな、俺もお前の顔を見るのには飽き飽きした」


 すぅ、と鼻で深呼吸をし、彼は巨大な鎌を構え、戦闘態勢に入る。


 「おいおい、私が―」


 サグメが何か言おうとするが、和夏はすぐさま何が言いたいのか理解し、彼女の言葉を遮らせる。


 「この戦闘狂が。戦いたいのは分かるが、コイツは俺との戦いを望んでいるんだ。それに、コイツは俺がここで確実に殺す」


 これまでは、殺す気はなかった。


 だが、ここまで執拗に、それでいてこれほどまでの殺気を当てられれば、話は別だ。


 もう、生かしておく気もない。


 「これで、どちらかが確実に死ぬ。だから、最後に正々堂々の戦いをしようじゃないか」


 コォンは嗤いながら、続ける。


 「俺の名はコォン・シーザイ。魂の色は青、精神の指向性は『乱水らんすい』」


 和夏は自分の名前を言うつもりはなかった。だが、先ほど彼が述べたように、この戦いでどちらかが確実に死ぬ。


 和夏は世界の裏であらゆる任務を遂行してきた人間であり、これからもそうするつもりだ。だからこそ、名前が知れ渡ってしまうとまずい状況になるのだが、ここで負ければ、死。もうそこから先はない。名前が知れ渡ったとしても問題はない。


 勝てば、コォンが死に、喋る者がいなくなるだけだ。


 「俺の名前は雨野和夏あめのわか。魂の色は紫、精神の指向性は『魂』」


 こうして、二人は正真正銘、正々堂々の戦いが始まるのであった。

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