破壊工作 8
二度目の戦いが終わり、すぐにそこから消えようとしているその時、和夏に向かって走ってくる一台のトラックがあった。それを運転していたのは、脅して利用していたあの下級兵であった。
「おーい、大丈夫か!?」
そのように叫んでいるのは、助手席に座っているサグメであった。
和夏は特に驚くことはなかった。というのも、これも事前に決めていた事であった。
それは、偽造局破壊する数分前の話……。
「おい、お前に家族は要るのか?」
「ひえッ!」
和夏は下級兵にそのように尋ねる。
一体、それを聞いてどうするつもりだ?もしかして、家族や友人を使って脅し、さらに俺を利用するつもりか?いや、それぐらいしか考えられない。
だが、それは全く脅しにならない。
なぜなら―
「い、いない!俺の母は俺を生んだ直後に病死したって聞いた。親父も、去年死んだばっかだ!兄弟はいないし、親しい友人だっていない!」
軍というのは大きな共同体だ。戦争などでは勝ったか、負けたかが重要視されるが、もっと小さな単位で見ればそうではない。兵士にとって最も重要であり、全員に共通した目的。
それは生き残ることだ。
そして、それを達成するには一人、一人の強い繋がり、連帯感、そしてお互いの背中を預けあえるという信頼が重要になってくる。
だが、彼にはそんな仲の者さえいなかった。ある程度、喋るほどの間柄の者はいるが、じゃあ信頼しあえているか、戦場で一緒に戦える良い友か、と言われたらハッキリ応えられる。ノーだ。
「そうか……じゃあこのまま俺と来るんだな」
「……は?」
すぐには理解出来なかった。
なんて言った?このままついてこい?
「ど、ど、どいうことですか!?」
「だって、俺に脅されたとはいえ、お前は自国を裏切ったんだ。今はまだバレていないだろうけどな。あちこちを調べれば証拠が見つかって、お前は処罰されるだろうな」
「……」
下級兵は何も言えなかった。
確かに。その通りだ。
近年は魔法によって監視カメラは無駄な存在となりかけている。光の屈折による姿隠しに、電気系統の魔法で監視機器一斉破壊……。
破壊などは魔法で対抗可能なのかもしれないが、光の屈折に関しては防ぎようがない。
姿隠しは誰でも出来る下級魔法だ。対人であれば見抜く術はある。だが、機械の目であれば簡単に誤魔化せるし、今のところ見破る術も見つかっていない。
故に、近年では監視カメラは使われなくなってきている。
だが、そのぶん魔力の痕跡を発見、追跡可能な技術が発展している。
きっと周囲に残っているだろう、和夏が騙すためだけにペンで下級兵に描いた魔法陣から漂うかすかな魔力が。ほかにも指紋や髪の毛と言った痕跡もあるだろうし、裏切り者と言うのがバレるのは時間の問題だ。
もう彼の居場所はここにはない。
「いくつか頼れる奴がいる。そもそも、非公式とはいえ国連内部とも繋がっている人間だからな。お前ひとりぐらい簡単に助けられる。ついてくればの話だがな。さて、これを聞いたうえで、お前はどうする?」
下級兵は。、この国で生まれ、この国で育った。
中国は厳しい社会の国だ。決して平等のある場所じゃない。才能、運、力……。どんな手を使ってものし上がり、社会的に成功をおさめ、金も、地位も、名誉も手に入れるのが全て。正義というのが価値観の文化だ。他人を蹴落とすのも、落とされるのも日常茶飯事だ。
思い入れがないわけではない、この国への忠誠心というのがゼロでもない。
だが、自分の性格では、生きづらい国なのも心の何処かでわかっていた。
彼の返答は。すぐに出た。
「迎えに来ましたよ!」
高速道路でも出さないほどの危険なスピードでトラックを走らせながら言う下級兵。その顔は不安で汗びっしょりなものであった。
だが、これは自分のどうなるか分からない未来に対してではない。
このありえないほどの慣れないスピードで走るのに、事故を起こさないか、何処かぶつけないか、などの心配から来る不安な顔であった。
「グッドタイミングだ!!!」
そのように笑って叫ぶ和夏に対して、サグメも叫ぶ。
「今、追っ手が来るぞ!このまま頑張って荷台の方に乗れ!」
そう言って、スピードを落とすことなく和夏へと接近する。誰がどう見ても、彼の見た目はボロボロ。心身ともに明らかに傷ついている。今も回復術の下級魔法で体の治癒を行なっている最中だが、決して歩くのも簡単ではない。
しかし、それでも和夏は元気に返事をする。
「おう!」
和夏はトラックが自分の目の前を通り過ぎようとしていたその瞬間、そのまま言われた通りに荷台へと上手く飛び乗る。そして、余った勢いでゴロゴロと荷台の床に転がっていく。
はぁ、はぁ、と軽く息切れをしながら、意識をキッチリと切り替え、目の前にある問題のための思考を開始する。
「追ってとの距離は?」
和夏は質問する。
「そうだな、今は見えないが、きっと先回りしている連中もいるだろうし、このまま脱出するにせよ敵兵との正面衝突は絶対に避けられないだろうね。行けるか?」
やはり、サグメも心配だったのだろう。その姿を見ながら返答を待つ。
だが、やはり和夏は「ああ、問題はないな!」と述べる。
しかし、数秒経って「あ、いや」と少し言いよどむ。
「どうした?」
さらにサグメが尋ねる。
「少し寄っていって欲しい場所がある。俺の武器を取りに戻る」