破壊工作
「お、遅いなぁ……」
下級兵はしっかり合流地点だった場所に、時間きっちり戻ってきていた。
既に夜は明け、朝の時間だ。だが、ここが路地裏だということもあり、まだ暗く、冷たい風がヒューと流れ込んでいく。
そして、その場にいたのは彼一人ではなかった。
「本当にこの場所での待ち合わせだったのか?」
そのように言ってくるのは、ローブの者であった。
そいつは何度も腕にはめていた時計を見ながら、下級兵に言う。
それは、別に脅しているつもりもないし、圧をかけている感じでもない。だが、時間がどんどん過ぎていくのにイラついている。下級兵はいつ、怒りの矛先がこちらに向くのか、とびくびくしている。
軍に入って多くのパワハラを見てきた。少しでも機嫌を損ねれば怒鳴られ、間違った意見を述べれば暴力にも合う。上の者たちに気に入られれば、まだ変わった対応がされるが大体はそんなものだ。
このローブの者は案外、心はそこまで狭くはなく、戦闘狂というだけで、別に兵士にパワハラをするような人物ではない。だが、この下級兵がそれを知るはずもない。
「な、何か…あったんで…しょうか、ねぇ」
下級兵はか細く、不安定な声で言う。
しかし、本当に時間になっても来ない。
まぁ、敵地ど真ん中に出て行って、敵兵を掻きまわし、逃げ回っているのだ。まだ兵士から逃げ切れていなかったり、最悪捕まっている可能性もなくはない。
「あと十分だな。それで来なかったら、こちらも行動するとしようか」
「こ、行動ですか……というと?」
「探しに行くなり、巡回兵と捕まえて奴がどうなったか、情報を集めたりするんだよ。ま、我々がまだ裏切ったことに気が付いていないから、捕まえなくても、真正面から尋ねればきちんと教えてくれると思うんだがな」
そのように考えていると、コツコツ、と足音が聞こえてくる。先ほども述べたように、ここは暗いため、相手の姿がはっきりと見えない。だが、服装からして中国軍の兵士のようだ。
「ちょうど聞けそうな奴が来たんじゃないか?」
そうしてローブの者は構えていると―
「なんでここにアンタがいるんだ」
それは中国軍の服を着ている和夏であった。
「おいおい、なんでそんなダサい下級兵の服を着ているんだ。強いお前にふさわしくないぞ」
「俺の任務は戦うことじゃない、潜入任務だぞ。侵入時には私服で入ったが、そのあとはちゃんと敵から服を奪って行動していたさ。まぁ、軍関係者から見れば一発で侵入者ってバレるだろうけど、地元民の目ぐらいは欺けるからな。俺の話は良い、問題はなんでアンタがそこにいるんだよ?」
「だってこれでお前の任務は終わりだろ?」
彼女は懐から拳銃を取り出し、こちらに銃口を向けて構える。だが、引き金を指にはかけていない。戦う意志を表しているだけで、すぐにこの場で、というわけではないようだ。
「いいや、まだだ。というか、お前、俺の任務について言ったのか?」
和夏は鋭く下級兵に向けて睨む。
あれほど裏切ればどうなるか、言っておいたのに……。
「いや!いやいやいやいや!!!俺は何も言ってない、俺は特になんも関与してませんよ!!」
必死に否定する下級兵。
「そうだな、この雑兵はなんも言ってないよ。だけど、偽造局に侵入、写真を撮って、実物も盗む。その時点で何が目的か、大体分かるでしょ」
「お前……」
和夏はもう一度、睨む。
喋っていない、とはいえ、全ての行動が見られているじゃないか。これじゃあ、意図的ではないにしろ、目的を教えているようなものではないか。
まさか、喋らなければいい、裏切らなければいい、などと思っていたのではないのだろうか?
「すいません、すいません、すいません、すいません!!い、命だけはぁぁぁぁ!!」
「……はぁ。ま、脅して使った奴だし、ある程度のミスは許してやるか」
そうして和夏は下級兵の持ってきた手柄をしっかり懐に入れる。
「さて、俺の任務も最後も最後、あと一仕事ってやつだよ」
「まだ何か残っているのか?」
ローブの者は言う。
「ああ、偽造局の破壊だ」