区長 3
コォンは背中を強く地面に叩きつけられる。しかも、なんども地面にバウンドしながら、数十メートルほど吹っ飛ばされ続ける。
その間に和夏は距離を取る。
「クッ、クカカカカカカカ!!」
やられた側であるコォンが何故か笑いながら、なんともないように立ち上がる。彼の体は無傷であった。やはり、その後も素早く的確な魔力操作で身体を守っていたに違いない。
「良いねぇ、さすがだ。単純な魔力量、パワー、反応速度は確実にそちらが上だな。だが、小手調べもここまでだ。ここからは全力で行かせてもらうぞ」
和夏と同様の分析をコォンはしていたようだ。その時点で兵士として、いや、戦士、と言うべきだろうか。戦いの中に身を置く者としてはかなり優秀な者だと分かる。
そうしてコォンは腰につけていた鞘から剣を引き抜く。
だが、それは皆が思うような西洋剣ではない。それは刃の部分がかなり薄く、しなる柔らかい剣……中国剣であった。
和夏はより一層、警戒しながら相手の出方を伺う。
身体全体をより一層、魔力で覆い、構えを取る。それは、誰がどう見ても、突きの構えであった。そして肉体強化をすると、そのまま和夏に向かって全力で、単純に一直線に襲い掛かっていく。
どれほど脚に力を入れていたのであろうか。先ほどまで居た場所には、くっきりと足の形が残っており、蹴っていく地面には強く抉られていく。
その力強さに、ものすごい気迫。
(正面から向かってくるのか!?)
もう少し考えて来るかと思えば、そのまま真正面からだとは。ゆえに、油断した。
避けることは出来ない。時間がない。受けるしかない。
これは、さすがにバリア程度では守りきれない。、結界術の魔法、しかも中級以上の魔法でなければ身を守れないだろう。だが、展開している時間もない。
これは、確実に一撃を喰らう覚悟でいかなければ—
だが、モロに喰らうつもりもない。
まず、和夏は普通にバリアを展開する。これで数秒は時間は稼げるはず。それに、簡単に破壊されたとしても、威力は確実に弱まるだろう。それが、微々たるほどのものであっても。
次に、魔力を右手に集める。それは、全体的に多く、などの話ではない。肉体内部、外部にある魔力。纏ったものも全て、右手に集めていく。
その頃には、すでにコォンは目の前にまで接近しており、剣先がバリアに触れる所であった。
ザクッ、と刃先がバリアに入る。そして、一秒も経たないうちにバリアにヒビが入り、二秒後には完全に破壊されてしまった。だが、想定内だ。
バリアを突破し、もう一メートル距離はない。
そこに、右手を前へ出す。
今度は剣先は、和夏の右手へと直撃する。
「とてつもない魔力量……いや、これじゃ層か!?」
先ほどのコォンと同じだ。右手にしか魔力がないため、その威力を完全に殺し切ることは出来ず、足にも踏ん張りが効かないすぐに強く吹っ飛ばされてしまう。
本来であれば。
(正面から受けず、徐々に力の向きを逸らす!)
バァン!と剣は上へと向く。
「そう来るのか!!」
コォンは驚く。
自分の攻撃が逸らされた、というその結果。考えれば、悔しがる。または怒りなどでも良いかもしれない。だが、喜びの方が強く感じられる雰囲気であった。それは、まるで勉強させられたような、そんな。
だが、感心しているコォンとは違い、和夏は次の行動へと移ろうとしていた。
その多大な……自身の魔力全てが込められた右拳をコォンにめがけて放つ。
コォンも慌てて魔力を狙っている箇所へと集める。だが、魔力を纏っただけで、身を守れるだろうか。
和夏の全部の魔力を込めた拳と、多めとはいえ魔力を纏っただけの防御。
答えは簡単だ。
「グァッ!!!!!!!!」
コォンの魔力を貫通し、拳がコォンの腹部へと到達する。そして、肉の細胞を壊し、一部、骨を砕き、内臓に強烈なダメージを確実に与えていく。
思いっきり口から赤く、あったかい液体が飛び出し、辺りを真っ赤に染め上げていく。
「さ、さすがだな。だがまだ―」
コォンは何かしようとする。しかし
「ッ!」
さらに、腕を引き、もう一度、いや、倒れるまで何度もその拳を打ち入れていく。
一体、何をしようとしていたのか。魔法でも使おうとしていたのか。分からない。だが、こっちは敵を倒すことが任務じゃない。戦闘も長引かせるわけにもいかない。だから、問答無用で叩きのめす。
「ッガ!グッ!オッ、オガッ!」
体を蝕んでいくその激痛。
脳に響く嫌な音。
肉がつぶれる音、ぐちゃり。
骨が折れる音、バキ。
血が流れる音、びちゃり。
それらが、脳に響く。無駄に大きく、地震のように強く。
「ッ—」
そして、とうとう力が尽きたのか。彼は白目を向き、ばたり、と地面に仰向けで倒れる。
「ったく……自分の力を信じすぎだ。それに、アンタ。かなり強い部類の人間だが、同時に裕福な家庭出身だろ?コネかなんか使って少将なんかになったんだろ?弱くはないが、相応の地位じゃないな。もっと自分を客観的に見つめなおすことだな」
聞こえているか分からないが、和夏はそのように述べる。
そうして、武器もなく、応援が来るまでというタイムリミットがある中で、そこそこの強さを持つこの区長であるコォンを倒して見せ、そのまま立ち去っていく。