区長 2
(さて、どこに隠れるものか……)
派手に暴れることで相手の目を逸らすことができたうえに、こうして隠れる時間ができた。とても喜ばしいことだ。だが、今度は一体、何処に隠れれば良いのか。
(またあのばあさんの家に押しかけるのはダメだ。さすがに迷惑のかけすぎだ。この場合のセオリーは下水道なんかだが……もう侵入時に痛い目をみたしな…)
和夏は走りながら、思考する。その最中—
「やっぱりな。そこら辺の兵士じゃあ役に立たんか」
何処からともなく、男の声が聞こえてくる。それと同時に和夏の目の前に魔力球が現れ、こっちに襲いかかる。
敵からの攻撃。全く予想していなかったために、和夏はそれをモロに受けてしまう。
魔力はエネルギーの一種。電気エネルギーや、熱エネルギーなどの分類に入る。つまり、魔法というのは魂から練り上げた魔力を炎にするなら熱に、風を生み出すなら空気を動かす運動エネルギーなどに変換するということである。
つまり、魔力球というのはただのエネルギーの塊であるということ。純粋であり、複雑なものではない。魔力球発生時に用いた魔力量にもよるが、当たったところで人が死ぬほどの威力はない。
だが、その簡易で生み出せ、動きを鈍らせる程度には威力のある攻撃。
「ァッ!!」
体に魔力球が触れた瞬間、ボンッ!とまるで爆弾に直撃したような衝撃が体に駆け抜けていく。また、皮膚の表面状がまるで火傷したかのようにジリジリし始める。
爆発によって土煙が舞う。
和夏はよろよろ、と足をふらつかせる。なんとかその二本の足で体を支えられていたが、どうやらもう限界のようだ。がくり、と地面に膝をつける。
「人一人ぐらい死ぬ量の魔力を込めた一撃だったんだがな。さすがはニュー・ラスール所属の者ということか」
そこに現れたのは、一人の男。だが、胸には階級章。それに同じアジア系の人間というのに、二メートルは軽く超えているだろうその長身。
その佇まいに、雰囲気……かなりの強敵の匂いだ。
「アンタ、何者だ?」
「俺の名前はコォン・シーザイ。このナクチュ地区を任された区長だ。軍の階級は少将だ。だが、それもお前を捕まえて手柄を立てればもっと出世できるだろうがな」
「もう俺を倒せる気でいるのかよ」
「もちろん。別に貴様のことを過小評価しているとは思っていない。ニュー・ラスールの構成メンバー十二人はそれぞれが世界屈指の力を持つというからな」
「さっきからニュー・ラスールってなんだ?」
和夏はわからないフリをする。
相手だって確証はないはずだし、ここまで自分の身分を証明させてしまうような行動、発言はしていない。きっとブラフだ。こうして分かっているんだぞ、と思わせることで自分の口から言わせようとする魂胆なのは見え見えである。
ここでそれに気づかず、認めるのは愚か者の行為だ。
「あくまでも認めないつもりか……。だが、そんなもの、あとで拷問にかければ良い話だ」
そうして、彼は自分の周囲にいくつもの魔力球を出現させる。そして、その全てを一気に和夏に向けて放出する。だが、今回はきっちり魔力を見に纏い、その全ての爆発から身を守る。
また、土煙が多く舞い、それが和夏の姿を隠してくれた。
「なにッ!」
素早く、気づかれないように音を立てず、いつのまにコォンの背後に移動していた和夏。そのまま三発、魔力を込めた右拳をコォンに打ち込む。それは、またもや人間の急所を的確に狙った三撃だった。
だが、効いていないのか。気絶することはなく、また何ともない様子だった。よく見てみると、攻撃した箇所を重点的に魔力が覆われている。
考えられるのは一つ。
和夏の拳の動きから攻撃位置を予測して、身に纏っていた魔力を高速移動。そして、攻撃が到達するころには、攻撃箇所に魔力を多めに纏って完全防御、というところか。
(相手の虚を突いた攻撃だったが、俺に負けないほどの素早い魔力操作!なるほど、俺を倒すとか言えるほどの実力はあるということか!!)
これは一度、距離を取るべきだ。そう判断した和夏は拳を引き、追撃はせずに、バックステップで相手から目を離さずに、それでいて距離を取ろうとする。
だが、そこで逃さないという強い意志で追いかけてくるのはコォンだった。
彼もまた両手に魔力を覆って拳を素早く放ち続ける。
だが、和夏は後方へ下がりながらもそれらを軽く避けていく。
(魔力操作は互角だが、反応速度に、パワーはこっちが上だな!)
和夏はコォンが右拳を放ち、腕を伸ばし切ったその時にコォンの腹部目掛けて思いっきり蹴りを入れる。別にダメージが入るとは思っていない。
和夏の予想通り、腹部を魔力で覆い、防御していた。だが、距離を取ろうとしている最中での突然の反撃。ダメージは抑えられていても、その威力を完全に抑えきれてはいないようだ。
コォンは足の踏ん張りが効かず、そのまま後ろへ蹴り飛ばされていく。