人生には何の役にも立たない知識・思考をつらつらと書くエッセイ集
何の変哲もない、あんぱんの話
あんぱんは、言うまでもなく日本生まれの日本食である。
明治の初め、パンを日本でも売ろうとしたパン屋さんが、なかなか売れないパンに悩み、日本人に受けいれられるにはどうしたらよいかを考えて考えて考えて、編み出したのがあんぱんである。
あんぱんは西洋文化と日本文化の融合したものとして文明開化の象徴とされ、明治天皇にも献上されたという。そのころは和菓子のように桜の葉の塩漬けが入っていたそうだ。
天皇はそれを気に入り、献上品として有名になった。この事が切っ掛けであんぱんは日本に広まっていったとされる。
そして今では、あんぱんは日本人がとても好きなパンの一つだ。
もちろん私も大好きである。
あんぱんには、つぶあんとこしあんがある。私は粒が感じられるつぶあん派だが、舌触り滑らかなこしあん派も多いようだ。だが、つぶあんとこしあん、どちらが好きか・旨いかを語りだすと、きのこたけのこ戦争(注)のように危険な戦いが始まってしまうのでここでは触れない。
あんぱんにはゴマや芥子の実(注)がトッピングされている事もある。読者の方も、あんぱんの上に謎の白いつぶつぶが乗っかっているのを見た事があるだろう。あれが芥子の実だ。
これは見た目でつぶあんとこしあんを見分けるために施されたもので、販売の都合であり味は主たる目的ではない。もちろんゴマや芥子などの粒が乗っている方がつぶあんである。
我が町のパン屋に行くと、桜あんぱんなる白い皮のあんぱんが売っている。
皮がモチモチとした食感で、あんに桜の葉が混ぜ込まれていたり、桜の花の塩漬けが上にトッピングされている。
見た目もおしゃれで特別感があるが、前述のように桜の葉が入っているのは由緒ある本家本元の作り方である。
“桜あんぱん”と名付けられ、皮もおしゃれ感を狙って白くされ、普通のあんぱんと違う変化球扱いにされているのはとても不本意だろう。
桜あんぱんの方も「私の方が陛下にも献上された本家本元のあんぱんなんだからね!」と怒ってるかもしれない。
あんぱんと言えば牛乳。この組み合わせはつぶあん派もこしあん派も間違いなく同意する、鉄板の組み合わせに違いない。甘いあんぱんをかじりそこに牛乳を流し込むと、甘いあんこと牛乳が交じり合い、なんとも幸せな味になる。
牛乳の代わりにコーラでは変な感じだ。かといって和風に合うはずの緑茶も何となく合わない気がする。抹茶あんぱんはあるのに不思議である。
それではと缶コーヒーにしてみると甘すぎてくどくなる。ならばとブラックコーヒーで試してみると今度は苦みがあんこの風味を損なうように思う。
牛乳とのコンビの絶妙さは良き相棒と言ったところだろう。
相棒と言えば、刑事ドラマでの張り込み中に食べるあんぱんと牛乳、これは定番のイメージではないだろうか。
車の中に身を隠してターゲットを見張る刑事が、あんぱんと牛乳を食べる姿は何故かすぐイメージできる。
何故張り込みに牛乳とあんぱんなのか。
そういえば私が子供だった頃は、コンビニどころかスーパーという存在もまだ少なくて、何かを買うというと商店街のお店で買うしかなかった。しかし張り込み中にわざわざ商店街まで買い出しにはいかないだろう。
実は昔は、コンビニやスーパーの代わりにタバコ屋(注)が街中にたくさんあり、そのタバコ屋であんぱんジャムパンメロンパン、駄菓子・アイスなどが売られていた。タバコ屋が今でいう小さなコンビニを兼ねていたのだ。
ペットボトルどころか缶のお茶もまだ無かったので、飲み物と言えば瓶入りの牛乳、ラムネ、瓶のコーラなどしかなかった。冷蔵庫もとても高価だったので飲み物用の小さいものしかなく、冷蔵が必須のおにぎりやサンドイッチも無かった。
昔の刑事にタバコは必需品だ。タバコを補給しに行った刑事がついでにタバコ屋で食料を買おうとする。駄菓子やアイスでは腹は満たされない。メロンパンは車内に粉が落ちるのが気になる。ジャムパンは何となく子供っぽい。
となると、あんぱんくらいしか選択肢がない。あんぱん一択だ。
次は飲み物である。ラムネや瓶のコーラも美味そうだが、栓を抜く際に間違って泡を吹いたら手がべとべとになるリスクがある。
「ラムネのビー玉をプシュッと押してみたい」という欲望を優先してラムネを買って、手をべとべとにして叱られた新人刑事もいたかもしれないが、手を洗いに行っている間に相手に逃げられたら刑事失格だろう。
となると、張り込み中に選択するなら飲み物は必然的に牛乳しかない。
こういう経緯であんぱんと牛乳が定番になったという事だろう。間違いない(根拠なし)。
補給食としてのあんぱんは、スポーツの世界でも認められている。
某日本の巨大掲示板の自転車板(注)では、某メーカーの薄皮な小さい5個入りあんぱんが人気だった。
自転車だけのジャンルで掲示板が成り立つの? と思う方も多いだろうが、スポーツジャンルとしては自転車は実は定番のもの。オフロードを走るマウンテンバイクや、自然を走り時には自転車を担いで走るシクロクロスなどという競技もある。トリッキーな動きを競うBMXも自転車競技の定番だ。
そして、自転車板の最大派閥はロードバイク勢である。ロードバイク勢には一日に100キロ200キロ走破も当たり前にこなすような、ヘンタ……自称アスリートたちが跋扈している。
そして、それだけの距離を走るために、彼らは頻繁に補給食を取る。バナナ・おにぎり・サンドイッチ・コーラ……安くて高カロリー、かつ荷物として重たくないもの、もしくはコンビニでいつでも買えるものが最適とされる。さらにいえば、走りながら口に放り込めることを求める者もいる。
おいおい、走りながら食うだって? バカじゃない?
そう考える方が多いだろう。自転車に乗りながら飯を食うなんて非常識だ。
ところが、ロードバイクに乗っている人の世界では常識が違う。
例えば世界で一番有名なツールドフランスというロードバイクのレースがあるが、彼らは200キロを5時間、平均40キロのスピードで走る。その間、彼らはずっと走りながらサポートカーから飲み物や食べ物を受けとりながら走り続ける。
何せキツイ有酸素運動を約5時間続けるのだ。どこかで補給=食事をしないと走り続けられないが、食事の為に止まったら時速40キロで走る集団から一瞬で置いて行かれる。その結果、走り続けながら食べ、飲み続けるというムーブになるのだ。
ツールなどのプロの長距離ロードレースにあこがれる趣味ロードバイク勢は、食べ・飲みながら走る事を真似する。もちろん自動車の多い幹線道路では危ないのでそんな事はしないが、見通しの良い田舎道なら危険は少ない。そういうところでツールを気取って走りながら食べるのである。
そんなロードバイク勢に人気だったのが、例の薄皮パンのあんぱんだ。
値段は当時100円。5個入って全部で約450キロカロリー。
値段の割にカロリーが取れてコスパが良い。
軽くて運びやすい。
少しだけ食べるのにも小分けにされていて便利。
欲しくなったらコンビニで大抵売っている。
そしてこれも重要ポイントで、運動でのどが渇いていてもあんこの水分のおかげで食べやすい。
色んな条件が好まれ、自転車板では専用のスレッドが立つほどの人気だった。
おっさんであろうロードバイク勢が「今日もあんぱんとともに走った」「あんぱんうめえ」「売り切れしょぼん」などと、毎日のように書き込んでいたのだ。ちょっとキモ……微笑ましい光景である。
あんぱんはスポーツの世界でも人気コンテンツなのだ。さすがあんぱん。
これを書いていたらあんぱんを食べたくなったので、コンビニに買いに行ったら五個入りあんぱんが売り切れていた。仕方ないのであんドーナツと牛乳を買った。美味かった。欲望につられて油で手がべとべとになったので、刑事にはなれそうにもない。
(注)きのこたけのこ戦争
きのこの形をしたお菓子とたけのこの形をしたお菓子。どちらが美味しいかがファンの間で論争になっている事を指す。どちらもクッキーにチョコが乗っかったものなので、形はともかく味の方向性は同じはずなのだが、その美味しさを巡って躍起になる人たちで論争が激しく行われている。
某国大使館がこれに乗っかり、パーティ用にきのことたけのこを同数用意して
「これでパーティの後にどちらが人気だったかはっきりします」
などという投稿をSNSで行ったときは、まさにネットは一触即発という雰囲気だった。
(注:ネタですよ?)
(注)芥子の実
芥子というと小説で良く使われるのは麻薬の原料としてのポジションだが、加熱されているものは麻薬成分が無く、古来より日本では食用として使われる。芥子の実とその粉をふんだんにまぶした芥子餅や、七味唐辛子に入っているので多くの人が食べた事がある。
(注)タバコ屋
昔は個人商店のタバコ屋が多くあり、その店の近くにタバコを売る新たな店を開くことが暗黙の了解で禁じられていた。これは国がタバコ屋運営を戦争未亡人の救済のため使った事に起因する。配偶者を戦争で亡くした方への年金扱いなのであれば、そういう規制も仕方なかったのだろう。現代ではそんな方も減って暗黙の了解も無くなり、コンビニでもスーパーでもどこでもたばこが買えるし、そもそもたばこを吸う人が相当数減ってしまった。
(注)板
某巨大掲示板の中で、ジャンルごとの掲示板を指す言葉。掲示板という場合は「けいじばん」と読むが、某巨大掲示板では〇〇板と書く場合「○○いた」と読むのが慣例。但し、例えば野球板の場合は野球盤にゴロを合わせて「やきゅうばん」、イスラム情勢板は某テロ組織をもじって「タリ板」などと読む。