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Lost Starlight  作者: AYA
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#03 決裁の香り

 鉄製の扉は、人が通る分には少し狭い程度に開けられている。

「くっ……、……ふっ!」

ティアが力を入れて引くと、人が通れる分だけの隙間が生まれる。

「……トンネル……?」

ミスティは言いながら、恐る恐る足を進める。罠だろうと、進むしかない。

 足に掛かる力で、途中からなだらかな下り坂になっているのが判る。しかし、ルーシェの遣い手ながら、足下を明るくするような魔法は使えない。文字通り手探りで進むしか、他に無い。

 何度か、金属質の物体に触れる。少し丸みを帯びている。だが、今はそれに構っている場合ではない。

 「……少し怖いわね……」

そう言ったミスティの隣を歩く少女の手を、白き騎士は思わず握る。

 ……そう、その献身ぶりから大人びた強さが目立つが、少女は黒き騎士と同じで20年も生きていない。それなのに、ボクとこうして2人きりの戦いに身を置いている。

 ……ニヴォーズの戦が、彼女の人生を変えた。その罪を、ボクはどう背負うべきなのか……。

「……ティア……」

黒き騎士を呼ぶ小さな声が、壁に反響する。

「……あたしは、ティアといっしょだから……」

そう続ける少女は、不安に押し潰されそうになっている。それは、声色と握る手の強さが表していた。

 「……」

ティアは、それに答えられるだけの言葉を持ち合わせていない。

「ボクがついてるから」

そう言えれば、少しは彼女も安心するのだろうが……。

 自分への苛立ちを感じたティアは、しかしふと異変に気付いた。……空気の流れが澱んでいない。つまり、行き止まりではない。

「どうしたの?」

「……何処かにつながってる……」

と、ティアはミスティの問いに答える。何処に行き着くのか、その先に何が有るのかは判らないが、行くしかない。

「……行こう」

先にそう言ったのはミスティだった。


 30分ぐらい歩いただろうか。しかし時間の割には、進んだ距離は短い。地上と同じペースなら、半分以下の時間で進めるだろう。

 「……終末思想のために殺戮って……?」

とミスティは問う。

「乱暴に言えば、明日この世界が終わると言っても、それが教祖や代表の言葉なら信者は信じる。そして、教祖や教団にとって最も怖ろしいのは、信者が離れること。だから予言や預言は百発百中……必ず当たらなければならないんだ」

と答えたティアに、ミスティは

「……殺戮することで、的中させる……!?」

と、眉間に皺を寄せて更に問うた。

 「もし、それが真相だとするなら。過程はどうだっていい、的中したと云う結果だけが全てなんだ。的中させれば、それだけで求心力は高まり、更に信者を引き寄せることができるから」

そう淡々と答えたティアは、しかし声色に苛立ちを滲ませていた。

 ……処刑されない条件は、真犯人を殺すことだった。

 半日前、ミスティに手を出そうとした男を2人で葬った。殺意を感じたから、殺されないために応戦した結末だった。だから、自分たちに危害が及びそうならば、そうせざるを得ないだけの話。

 ただ、先刻の口振りからして、恐らくは殺した真犯人を晒し首にする気だ。再発防止のための見せしめとして。そう思うと、殺すことに躊躇いを覚える。それが殺戮の犯人だとしてもだ。

「……人の命を、何だと思ってるの……?」

ミスティは無意識に口にした。しかし、更に口を突いて出そうな言葉を必死に押し留める。微かに、目に冷たさを感じたからだ。

「……」

ティアは何も答えない。

 「ティア……何か言ってよ……」

ミスティは言った。その声で、必死で限界を超えないようにと戦っていることが判る。しかし、

「……待って」

とティアは言葉を遮る。

 寸分前、微かに臭いがした。煙のような臭い。それが、前から向かってきている。

「煙……?」

と呟くほどの声で言った黒き騎士に、白き騎士は

「……えっ?」

と声を上げ、しかしその瞬間顔を顰めた。……確かに煙の臭い。しかし、何か艶めかしいような、妖しいような臭い。ほのかな甘さを含んでいる。普通の煙ではない。香を焚いているのか。

 先刻よりも更に、ミスティの手に力が入る。ティアは少しだけ

「っ……」

と顔を顰めたが、そのまま我慢することにした。彼女の不安を拭ってやれない罰か。

 ふと、ティアのブーツの爪先が何かに当たった。段差か?

「光……」

とミスティが言い、その方向を示す。……高くない位置に光が見える。まるで、隙間から漏れているような。そしてティアの足下は段差が続く。……階段か。だとすれば、その奥にいる連中に見つかると危険な可能性も有る。

「……此処からはテレパシーじゃないと」

「判ったわ」

と、ミスティは脳に直接届く声に答えた。

「……2つの教会を結ぶ地下通路……」

と呟くように言葉を出した黒き騎士は、白き騎士の先を歩く。

 1段のステップが大きい階段を20段近く上がると、シルバーヘアの毛先が天井に触れた。……蓋のようになっているようだ。手袋越しながら恐る恐る触ってみると、鉄でできていることが判る。

 光が漏れる隙間を覗いたブルーの瞳は、木とその端の赤い布を捉えた。……祭壇と、それに張られたクロスか?それはつまり。

「……教会……?」

「……別の教会が有るってこと?」

「……恐らくは……」

と、ティアは答える。崖を経由する隠し通路……しかし何のために?

 何が起きているのかは、この目で見てみるまで判らない。しかし、不穏な予感しかしない。

 ふと声が聞こえた。建物に反響しているが、しかし確かに聞こえる。

「……教団に懐疑的だった連中は、救済されました。平穏な形ではありませんでしたが」

「これでも十分平穏だ。人間としての尊厳が残っているうちに救済されたんだ。真理勝者による救済だ」

「そう、これは殺戮ではない。崇高なる救済なのだ」

3人の男が、次々と言葉を放つ。そして最後に

「我々はこれから、来るべき終末に備えての戦いの準備を始めねばならぬ。真理に背く者には死を」

と聞こえた。

 鋭く差す外の光で少しだけ見えたティアは、奥歯を軋ませていた。

「ティア……」

ミスティはテレパシーではなく、声でそう呼んだ。無意識だった。

 終末論を背景とした聖戦については、今も懐に隠している、先刻拾った経典に書かれていた。だが、そのために教団に不信感を抱く者を殺していいワケが無い。そして、連中は殺戮を救済と云う言葉で正当化している。

「……ボクは悪魔だ……。ミスティが否定しても」

その声が、ミスティの脳に届く。

「ティアは悪魔なんかじゃ……」

「悪魔だよ。連中にとっての」

その言葉に白き騎士は胸を撫で下ろしつつも、自分自身のことをそう呼ぶことを、快く思ってはいなかった。

 「……誰もがボクを悪魔だと呼ぶ。だけど悪魔にだって、悪魔なりの正義は有る。だから、ボクはボクの正義を引っ提げて戦う。……それしか、残されてないから」

そう言葉を贈ったティアの眼差しが、漏れてくる光で少しだけ見える。それは悲壮感に支配されていて、ミスティは見ていられなかった。


 「司祭」

突如、上から声が聞こえた。聞き覚えが有る声だ。

「邪教の女が、この街にいます」

「ルーンノワールか」

「はい。隣にニヴォーズの女も何故か」

その言い方で、2人は同時に確信した。互いの脳に、声が響く。

「……先刻の……!?」

 「……詳しい話は後でな。今から集会が始まる」

と、司祭と呼ばれた男は、残る3人を連れて部屋を出る。ドアが閉まる音が響いた。

 「……どう云うこと……?」

ミスティは思わず口にした。……此処で盗み聞きした話の限りでは、黒き騎士の答えは一つ。

「……最初から、ボクに虐殺の罪を負わせて……救済の実態をバレないようにした」

「グル……だったってこと!?」

その言葉に、驚きと怒りが混ざっている。

 「最初から街の軍……自警団にいる信者なのかな。でも、だからあの場でボクを処刑できなかった。形だけでも、真犯人を暴く機会を与えなければならなかった」

「でもそれって、真相を暴かれるリスクが……」

「真犯人は見つからないと最初から確信していた。でも、だからこそ、できたことでもあるんだ」

「どうして?」

とミスティは問う。ティアは答えた。

「街の人々の反応だよ」

「……」

言葉を失うミスティに、ティアは続ける。

「あのサンドイッチも、ミスティがいたから手に入った。露店の愛想がよかったのも、ミスティだったから」

 ……ミスティは思い出した。

「君が一緒だから、あの子にも売れるんだよ」

と言ったサンドイッチの露店の人の言葉を。ミスティが代わりに行ったから、入手できただけだ。ティア独りだけでは、サンドイッチすら手に入れられない。人としての扱いすら、されていない……。

 「でも、彼処の露店の人たちの愛想はよかったわ」

そう言いながら見せた彼女の笑みに陰りが潜んでいたことを、ティアは見逃していなかった。

 「誰からも、何の協力も得られないまま、2人だけで暴けるワケが無い。手掛かりすら探せずタイムリミットを迎える……。そうシナリオを描いていたんだと思う」

「……でも、計算違いだったのは……あたしたちが此処にいること。そして、今の話を聞いていたこと。……何か、一気に事件の核心に近付いたわね」

と、ミスティの声が脳に響く。

 「……ただ、ボクたちの仕業じゃないとどう証明するか……」

そう言葉を返したティアは、鉄製の蓋を開けてみようとする。しかし、寸分も動く気配がしない。

「くっ……、……ダメだ……」 

ティアは数十秒ほど粘ってリタイアした。

 ……蓋の上に何か置いてあるのか、そもそもこの蓋自体が地下からの進入を想定していないのか。もし後者だとすれば、何故一方通行状態なのか。

「もし一方通行なら……教会から逃げるため……」

とミスティは言葉にした。

 ……教会からこの通路を使って逃げる理由なんて。……有る。ティアは一つの答えを見つけた。

「……司祭や上層部を戦禍から逃すため。恐らく此処は通路を兼ねたシェルター。港のすぐ近くに通じているのも、船で逃げるため。……ただ、逃げるだけじゃない」

「……どう云う……」

そう問うた白き騎士に、黒き騎士は答える。

「先刻触ったものが、多分その謎を……」

 平坦な部分が終わる直前に触れた金属の物体。撫でただけだが、小さくない気がした。

「……戻ろう……」

その言葉に、ミスティは頷いた。


 今度は緩い上り坂になった通路を途中まで戻った2人。

「確か、この辺りに……」

そうテレパシーで呟いたティアの指に、それが当たる。

「……」

少女は目を閉じて、慎重に物体を撫でていく。冷たい無機質な金属に、手袋の布地が擦れる音だけが、岩盤に反響する。

 ミスティは、邪魔しないようそのすぐ近くに立っているだけだ。無論、誰かが来ないように気を張り詰めている。

「……これ、砲台……?」

「……え……?」

「何故此処に……」

そう思ったティアは、何か布に触れた。……魔力は少し戻っているらしい。少女は剣を手にすると

「離れて」

とだけ白き騎士に伝え、2回魔力を使わず振った。張っていた何かが切れる音がして、足下に布切れが音を立てて落ちる。

 ……暗くて不安だったが、上手くいった。剣を仕舞った後で布を拾ったティアは、一度外に出ることにした。此処にいても、真犯人にコンタクトできない。


 太陽の光が目に刺さり、2人の女騎士は思わず手で目を覆った。タイムリミットまで、残り4時間あまり。

「教会と言えば……彼処だったわね」

とミスティは言いながら、遠くを指す。……平屋ばかりのヴァントーズの街では、煙突のように突き出た構造物は目立つ。

 「走る?」

ミスティは問う。ティアは答えた。

「うん」

 石畳の上を、ブーツを鳴らして走る2人。

「砲台って……」

「それに近いのかな」

そう言い、ティアは先刻砲台らしきものから切り取った布を取り出す。ダークブラウンのそれは微かに焦げている。

 「……布……と云うよりは難燃性の革……」

「難燃性……?」

「……恐らく、火球を飛ばすためだと思う。そもそも魔法が使えない時に、こう云う兵器の類は役立つんだ」

と言ったティアに、ミスティは問う。

「……でも、あのトンネルは教団の敷地でしょ?しかもシェルターのような」

「教会から通じるシェルター……、その先にあの兵器。あれも教団の持ち物なら、街の軍と組んでヴァントーズを海賊や侵略者から守るためとは思えない。全ては教団を、神の教えを守るため……。そのためなら、ヴァントーズを火の海にしたって構わない。そうだとしても、不思議じゃない」

そう言ったティアの表情は、怒りの制御に必死……ミスティにはそう見えた。

 この街、ヴァントーズを火の海に。……それが終末、或いはそれに備えた戦いの正体。だから懐疑的な連中を離れの教会に呼び出し、あの形で殺害し、邪魔者の排除に成功した。そしてそうなった以上、先刻の話に出たXデーは近い。

 ……それが全て真実なのだとすれば。

「どっちが悪魔なの……!?」

と、ミスティは無意識に返しながら、何時しか目の前に迫った目的地に意識を向ける。その近くで教会から出てきた数人とすれ違ったが、一様に存在自体を訝るような目をしていることが、白き騎士に苛立ちをもたらす。

 平屋の教会は、大小の建物2棟が隣り合っている。僅かな隙間が有り、合体はしていない。それぞれに扉が有るが、左側……建屋自体が大きい方のそれは立派で、逆に右側はシンプル。だが鉄製のようだ。その小さい建屋は、ステンドグラスの窓こそ有るが、倉庫のようにも見える。

「左が祭壇が有る礼拝堂、だとして右は……何だろう」

「先刻隙間から見えたのは、祭壇のような……」

「だとすると……あの蓋は左側に通じてる……?」

そう言ったミスティの隣で数秒黙っていたティアは、しかし自信有り気に答えた。

 「……右」

「え……?」

ミスティはその顔を見る。初めて見た、彼女の凜々しい表情に少しだけ、心臓の鼓動が早くなる。

「彼処ですれ違った連中、左から出てきた。でも、臭いがしなかった。……今まで集会が開かれていたなら、あの臭いが纏わり付いているハズ……」

「……じゃあ、あのトンネルは先刻ティアが言ってた……」

「他の信者に、あのトンネルへの入口がバレてはいけない。だから祭壇や偶像でカモフラージュするのではなく、そもそも別の場所に用意する……」

「扉も礼拝堂は木で、倉庫が鉄なのは違和感が有るわ。……それもやはり……」

とミスティは言った。

 ……しかし、一つ気になる。香を焚いていたとして、何をしようとしていたのか。

「崇める神に、決裁を仰ぐため……」

とティアは言った。

 ……神も悪魔も、見る人が違えば変わる。神の決裁を仰ぐ……それは悪魔召喚とまではいかなくても、それに似たような仕草の儀式か。そして、神とコンタクトできる存在とされる司祭にとって最も好都合な結末を、神の御言葉として説く。

 「その御言葉次第で、Xデーが決まる……」

そう言ったミスティは、しかし全身に震えが走った。戦慄に怯えているように見える。しかし、それでも戦うしかない、必要ならば。


 あの教会火災事件の真犯人を暴けば、このヴァントーズを追放と云う形で生き延びることができる。ただそれだけだったハズだ。だが、今や街の教団の陰謀に触れ、それと戦わざるを得なくなっている。

 誰からも褒められたり、讃えられたりと云うことは微塵も期待していない。解決しても、ティアが邪教ルーンノワールの人間だからと云う理由だけで追放されるのは、目に見えているからだ。ただ、処刑されるよりは断然マシだ。生きていられるのだから。

 ……敵か味方か。究極の二択で云えば、ミスティ以外全てがティアの敵。黒白の対照的な色を纏う2人の女騎士に、味方は誰一人としていない。だから、ミスティを護りたい。ボクが彼女の、唯一の味方であるためにも。

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