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マッチングアプリ、始めました。

 

「大事な話がある」


 俺は、仕事から帰ってすぐ、リビングのソファーで寝転がってスマホで動画を見ている、高校2年生の妹、苺愛いちあに声をかけた。


「お兄、血相変えてどったの?」

「親が死んで以降、生活が苦しいのは分かっている。けど、これは俺にとって死活問題でもある。だから6千円ほど、個人でお金を使いたい」


 去年、俺たちは、相手の身勝手な行為によって、交通事故で両親を失った。それで俺は、大学を卒業後、高校生の苺愛を不自由なく生活させるため、新卒で入った会社で日々働き、生活費を稼いでいる。


「良いに決まっているじゃん。お兄が頑張って稼いだお金なんだからさ、うちの事ばかり気にしないで、自分の為にもお金を使ってよ」

「ありがとう」


 心優しい、出来と妹の苺愛に、俺は深く頭を下げた。


「それで、何に使うの? ゲームだったら、うちにもやらせて欲しいし、美味しい物なら、少し分けて――」

「この貴重な6千円ほどで、きれいな女性たちと出会って、たくさん話をして親睦を深める」

「ちょい待てや」


 苺愛にものすごく睨まれた。


「いやさ、自分が汗水流して稼いだお金だから、文句は言わないよ? けどさ、風俗に行くために、妹に許可を取りますか?」

「すまん。説明を端折り過ぎた。苺愛、この度俺は、マッチングアプリで、恋人探しをしようと思っている」


 マッチングアプリ。それは、男女が恋人を探すためのアプリ。本気で恋人を探す人もいれば、ただ単に異性との趣味の合う友達を作るために、やっている人もいる。


「大好きな声優ライブが落選して、夜食べないぐらい落ち込んでいたお兄が、何で急に恋人探しを?」

「苺愛、大人の世界に踏み込んだら、色々と大変だ。毎日のように、上司のウザい話を聞かないといけないし、上司のお節介もニコニコしたまま聞かないといけないんだ」


 今日、同期と昼飯を食べていた時だった。目の前に俺の上司が相席した。


「『田中君、彼女とかいるの?』って、この世で一番聞く必要のない、親戚のおじさんが言ってきそうな話を、上司が俺に振って来たんだよ」

「彼女いますって言えばよかったじゃん。配信やテレビで大活躍って言えば、その上司も納得するじゃん」

「俺に、それぐらいの度胸があるなら、愛想笑いなんてしないんだよ」


 ぼちぼち頑張りますと言った時、大学の学科も同じで、同期の親友、大高おおたかが、大学の時から彼女がいるとか言い出して、俺の立場がさらに小さくなり、上司にネチネチと説教され、不味い昼食を食べることになった。


「それで、恋人を作ろうという訳なんだ」

「理由は分かっただろ? という事で、今日から恋人探しを――お、おいっ!」


 自室にこもって、恋人探しをしようとした時、苺愛が勝手に折れのスマホを取り上げて、勝手にアプリを起動させていた。


「マッチングアプリは、既婚者と18歳未満は利用出来ないんだぞ」

「だったら、未成年の妹に相談するなよー」


 苺愛は、惰性で見ている動画を見ているような感じで、俺のプロフィールを見ていた。


「お兄がさ、20代の女性なら、このプロフィールを見て、どう思う?」


 そう言って、苺愛は俺が電車の中で入力した、俺のプロフィールを見せつけた。


「……私の設定……無さすぎ」

「口調まで、20代の女性にならなくても良いから。と言うか、裏声でキモい」


 苺愛は溜息を吐いた後、俺にこう言って来た。


「名前があああああ。プロフィールも年齢だけで、顔写真も無い。こんな適当に作ったアカウントで、誰が興味持つ?」

「いや。むしろその方が、かえって興味を持ってくれると思った訳だ……」

「必死に考えた言い訳が見苦しいよ」


 これだけの情報さえあれば、女性が振り向いてくれると思ったのは、内緒だ。


「あのさ、お兄も言っていたじゃん。恋人を探すためにするアプリだって。真剣で探している人に、このプロフィールは失礼じゃないの」

「……そうだった」


 俺は、苺愛に言われて目が覚めた。俺がこのアプリを始めたのは、上司にうるさく言われたくない為、そして交通事故で亡くなった両親を安心させるため。そのためには、俺も全力で取り組まないといけない。


「苺愛。真剣で向き合ってくるから、暫く部屋に籠る」

「じゃ、出来たらうちに見せてねー」


 苺愛は、再び動画を見始めた。苺愛も、特に反対する事無く、俺の恋人探しを応援してくれるようだ。妹の応援を無駄にしないよう、俺は1時間考え込んで、出来上がったマッチングアプリのプロフィールを見せたら、妹に膝を蹴られた。


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