堕落の縁
「殿下、此処が目的の場所で御座います」
「案内ご苦労、下がってよい」
「はっ!」
案内役を下がらせたレクスは一歩前に出ると、眼前に広がる景色に嘆息する。
「コルト嬢に頼まれて来てみたが……ただの廃屋ではないか」
「此処に殿下の役に立つ物があると言っておられましたが……本当なのでしょうか?」
「さぁな」
側近のアンドレイが疑問を呈すると、レクスはあまり興味がないのか雑な振る舞いで返す。
建物周辺を軽く調べた護衛の内の一人がアンドレイへ近付きその情報を伝える。
「人気は無く扉は閉まっているとの事ですが、中を確認してみますか?」
「……そうだな。こんな廃墟、多少壊したとて誰も困らんだろう」
「では護衛を先行させましょう。おい、中を見てこい!」
「はっ! 行くぞお前たち」
建物周辺を調べていた護衛たちはぞろぞろと集まると家の前に立ち、玄関の扉を蹴破って中へ進んでいく。
しかし、中はもぬけの殻。
コルト嬢の言う殿下の役に立つ物を捜索するもそれらしき物は見当たらず、彼らは不自然な作りの地下室が存在する謎だけを与えられていた。
「コルト嬢は何をしたかったのだ」
レクスは頭を抱えて心の内を吐露する。
「嫌がらせをする方とは思いませんが……意図が読めません」
「私もだ」
「殿下の役に立つ物の真意を知ることが出来ればと思っていましたが、残念です」
殿下の手に渡る筈だったもの、それは既に時生の手によって陣を破壊され消滅。
時生たちによって建物内に残されていた資料は尽くを回収され、彼らはただ立ち尽くす事しか出来なかった。
「せっかく王都を出て来たのにここ有様とは……災難だ」
「お疲れでしたらこのままスリーグルス領にでも足を運んでみますか?」
「……帰るぞ」
アンドレイの余計な一言で学生の頃を思い出したレクスは拗ねた口調で建物の外へ向けて歩き出す。
レクスが抱える婚約者問題。
今でも過去を引きずるレクスに対しアンドレイは過去を振り切るか、又は再度スリーグルス嬢へアタックを掛けてくれればと思っているのだが、その願いは叶いそうにない。
せめてテルリア・フォエス嬢が居てくれればと何度思ったことか。
コルト嬢と関わってからよくない事件が多々起こりつつある。
王国の未来を憂う一人の側近は、今日も悩みを抱えながら主を支えていくのだった。
◆
あれから数日、時生達は何事もなくジェルドの街を後にすると店の中でお菓子を食べながら今後の予定を立てていた。
「例の髪の毛を使って何箇所か門を繋げてみましたが、七割ほどが王都に繋がりましたね」
「つまり、ルデールは王都に居るという事か?」
「ルデールさんかどうかは分かりませんけど、恐らくは」
「レインお嬢様、近く王都で舞踏会が開かれる予定が御座います。利用なさってみては?」
マリーがハルレインへそっと耳打ちした。
「い、いや……王都は、ちょっと」
「でもよレインお嬢様、これを利用すればお嬢様の従者と護衛って形で怪しまれることなく入り込めるのは確かですよ」
ケビンもマリーの意見に賛同し、背中を押すような進言する。
「うっ、でも王都は……色々と面倒が」
時生に協力したいものの、王都に入る口実として舞踏会を利用する事で被害をこうむる可能性についてせめぎ合うハルレイン。
そんな彼女へマリーは悪魔の囁きを届ける。
「きっと、お嬢様の手助けを受ければ彼も喜ばれるでしょうね。そこへお嬢様の美しいドレス姿を見せつければ……」
ハルレインはハッと顔を上げ、あれやこれやと話し合っている時生とサイのをチラリと一瞥するとマリーの方へ振り返り声を顰めて話し合う。
「いけるかしら?」
「大丈夫です。お嬢様ならいけます」
「でも、その……最近お腹の方が少し……」
「舞踏会の日までに絞りましょう」
「そうね……そうよね!店長!」
従者の二人に背を押されたハルレインは立ち上がり時生に提案した。
「店長、王都に行きましょう!」